第11話「非協力的な彼」

「友永さん、初瀬さん」

 こっちこっち、と言いながら柳楽が手招きをする。二人が素直にそちらへ行くと、柳楽はにこりと笑った。三笠もちょこちょこと後を着いてきている。いつ見ても機嫌がよさそうな人だ。ちょっとやそっとでは鳴りそうにない、そんな図太さにもにた何かを感じてしまう。

 そんな柳楽の隣には静かに佐上が立っている。いつの間に、と初瀬は少し驚いた。

「何でしょうか……?」

 友永がそう控えめに訊くと、柳楽は笑顔のまま答えを返す。

「友永さんにも魔術師と組んでもらおうと思いまして……要するにバディです! 最初のうちは先輩方にもサポートを頼みます。初瀬さんもよろしくお願いしますね」

「分かりました」

 初瀬がそう頷けば、柳楽は満足げに頷いた。友永も少し緊張はしているものの、初瀬がサポートすると分かったからか安心した顔を見せている。

(あんまり信用しすぎもよくないのでは)

 そんな心配をしつつ、初瀬は周囲に目をやろうとした。その時だった。

「いやっ、聞いてないし!?」

 ひときわ大きな声がその場の目を集める。流れに乗って初瀬もそちらを見てみれば、富士が誰かを引っ張っている。

「な! おれはちゃんと言ったぞ、ちゃんと事前に連絡したし、さっきもそう言った! てめーが全部無視したんだろうが」

「知らん! 知らんし! 何を言ってるんだよ! 俺は全部否定した!」

 引っ張られているのは黒髪の少年……いいや、さすがに成人しているだろうか。上着に入った蛍光緑のラインが特徴的だ。よく目立っている。あれなら暗い中で歩いていても車に轢かれることはないだろう。そんなことをぼうっと初瀬は思った。

 それを他所に富士は力づくで彼を友永の元へと引っ張ってくる。その間もずっと、彼はじたばたと抵抗していた。

「す、みません……遅くなりました……」

 疲弊した顔を見せる富士に、柳楽は肩をすくめた。

「いえ。事前に色々聞いていましたから」

 青年はやっと抵抗を諦めたのか黙り込んでいる。初瀬からは整えていない後ろ頭だけが見えている。

「おい、津和野つわの。立てって。いつまでもこうしてたって仕方ないだろ。所長が言うならって言ってたじゃねーか」

 どこか無秩序な後ろ頭に向かって富士は話しかけている。彼は黙り込んだまま顔を上げようとしない。

「さっきの勢いはどうしたんだよ……全く」

 やれやれ、と首を横に振る富士の横で友永は気まずそうに視線を泳がせている。

「三笠、あの人どういう人なの?」

 状況を少しでも把握するべく、初瀬は小声で近くにいた三笠に訊いてみた。

「いや……ごめん、僕あの人知らない」

「え? そうなんだ」

「うん。新人ではないと思うんだけど……」

「津和野はお前より先にうちに在籍してたんだよ。何だったらかなりの古株だな」

 そんな二人の会話を見かねたのか富士が割って入ってくる。

 つまり三笠の先輩ということだろう。しかしよく知らないとなれば、完全に裏方に徹していたか、休業していて復帰したなどの事情があるのだろうか。

「え、そうだったんですか?」

 三笠は目を丸くしてそう訊き返す。二人の反応を受けた富士は小さく肩をすくめて、さらに声を落として話す。

「ただ、当人の希望で絶対に前線に出ない約束だった。が、その約束には期限があってな……それが今年の春だったんだよ。それでおれらは約束通り、期限が過ぎたからこうやって引きずり出してきたんだが」

 この有様だ、と富士は小さく呟いた。どうも富士と、この津和野という青年はあまり仲がよくないらしい。これは『富士ほど面倒見がよさそうな人物でも手を焼いている』と見るべきなのか、それとも『ただただこの二人の相性がよくないだけ』と見るべきなのだろうか。

「はぁ……もう、分かったから離せって」

 変な空気の中、津和野はそう言って自分の上着を掴む富士の手を払いのけた。薄っすらと上げた顔は、青年にしては可愛らしい。若竹色の瞳はどちらかといえばぱっちりとしており、角度によっては幼ささえ感じさせる。可愛らしく見えるのはそのせいだろう。

「で? 俺のバディって?」

 あからさまに機嫌が悪そうな彼はきょろきょろと辺りを見回す。見かねた富士が友永を指して教える。

「ん、そっちのお嬢さんだよ」

「ふーん……?」

 少し意外だったのか首を傾げながら津和野は友永の方を見る。

「こ、こんにちは……友永千鳥と言います、警察官です……ええと、よろしくお願いします……」

 びくびくとしながらも挨拶をする友永に津和野は不躾な視線を浴びせる。

「え? もしかしなくても、魔術師じゃ、ない?」

「そ、そうですけど……」

 友永の肯定に津和野は目を丸くした。そして。

「どういうこと? 俺にどうしろと!?」

 くわっ、と言わんばかりに津和野は富士に抗議する。

「どうしろも何も、前に出てもらうって言っただろう。所長と相談して納得してたのは嘘だったのかよ」

「く……俺は何もできないからな……! この女が流れ弾に当たっても知らないぞ」

 気の毒な友永はぎょっとして身を縮こまらせる。

「大丈夫ですよ。友永さんは自分で自分の身は守れます。むしろあなたは大丈夫なんですか」

 そんな彼女を見かねたのか、柳楽が間に割って入った。乱入者も気に食わないのだろう、津和野は眉間の皺を深くして言い返す。

「さぁどうだかね! 俺は戦闘専門じゃないし。自分の身はどうにかして守れるつもりだけどさぁ」

 津和野は友永を一瞥した。すっかり小さくなってしまった彼女は、さらに身を固めて視線を落とす。

「いいよ。別に。俺が死んだらそっちも都合がいいだろ。好きでこんなところいるわけないもんな」

 とんでもない言葉を投下して彼は話を終える。そのまま、ふい、と踵を返して津和野は去っていった。その場にいた人物はただ見送ることしかできない。

「あー…………すみません、本当に」

「これはこれは……想定以上に……」

 苦々しい顔をして頭を下げる富士と対称的に、柳楽はどこか興味深そうに津和野の背を見送っていた。

「は、初瀬さん……な、なんとか、なりますよね!? ていうか大体こんな感じなんですか……!? これが普通ですか!?」

 一方、同じように取り残されたかわいそうな友永は、肩を震わせながら初瀬の方へ向き直る。初瀬はぎょっとしつつも、懸命に言葉を選ぶ。

「ど、どうだろう……三笠は割と聞き分けはいい方だからな」

 困惑した初瀬の言葉に三笠は大きく、何度も頷いて返す。初瀬がこれまで会ってきた敷宮のメンバーはそれなりにできた人だけだったらしい。

(いや、言っても三笠だって最初のうちは……)

 価値観の違いからぶつかり合うことはあったものの、スタートラインには立っていたように初瀬は思う。津和野の場合は手綱を引こうとすれば逆に引っ張っていくくらいの勢いがありそうだ。スタートラインに立てているかどうかすら怪しい。手綱だって上手く付いているかどうか。

(いや、手綱って言い方はよくないのか……って言ってもなぁ……)

 初瀬とて付きっ切りでサポートすることはできないだろう。なにせ今回は捜査範囲が広い。となると、友永一人が彼に振り回される時間も少なからずあるはずだ。

 となるとはっきりと「大丈夫」と言うわけにはいかない。しかし微妙な返事もまた不安にさせてしまうだろう。

「うん、何とかなるよ」

 実際初瀬も何とかなったのだ。大丈夫、そう言い聞かせるように初瀬は頷いた。

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