第13話 相克の王国
リュミエール王国 王都リュミエール 王城内会議室――
リュミエール王国。
建国王の遺志を継ぎ、「
城の壁は魔術に対し高い抵抗力を備える天然大理石で出来ており、それ故に魔術を用いず当時の石工や大工職人が協力して築き上げた芸術品ともいえる城は、なるほど、国是をそのままに体現していた。
王城の室内もまた、贅をこらした調度品がしかし嫌味なく飾られており、どの廊下の1つを通っていたとしても、その美しさを損なわない。
その城の中の一室、会議室と評された大広間には、多くの人間が入り議論を交わしていた。
「ドラゴンを討ち取るべきです!国をあげて兵を出しましょう!用命とあらば、私が指揮を執り前へ出てもよい!」
「私もアンファン侯爵に賛成です。が、戦でしたならば私が……」
「いや、ここはぜひ私に……」
王国は、国王陛下を頂点に据えた貴族制が敷かれている。
司法・立法・軍事・行政といった国体の全ての責任を負う国王の下には、その退位後に次の国王を輩出する王家、王家に有事があった際に国王となる公爵。
そして王国領土を分けて管理する4つの侯爵。4つをさらに細分化して指示をする伯爵。伯爵の手足となり町村の運営を行う子爵・男爵である。
この場に居るのは、王国の運営に対しての発言権を持つ貴族……つまりは伯爵以上の者たちが詰めている。
今後の方針を決める重要な会議の場において、今最も注目されているのは、ほかならぬ……ドラゴンについてだ。
「落ち着くべきです、まだドラゴンを討伐すると決まったわけではありません」
サーモ・カードル・バーゾク伯爵の言葉に、幾人かの伯爵や穏健派の侯爵が頷く。
でっぷりとした腹を貴族服で包み、頭を覆い隠すほどの大きな帽子についた羽飾りを揺らしながら周囲を窘めるサーモ伯爵。
話を聞く限り、ドラゴンはそれ相応の暴力を所有していると思っていい……すべて事実であれば、下手をすれば帝国の軍を相手にした方が楽かもしれない。
そんな相手に弓を引いたとして、勝てるのかどうか……それに帝国との停戦協定が切れる期限も近い……ドラゴンと戦い、よしんば勝てたとして、そのあとに帝国の相手をできるかどうか。
しかし先に討伐を主張したアンファン侯爵はきっと睨む。
「ブルスが多大な被害を被ったのだ!このまま放置すれば、他の都市に被害が出るやもしらぬ!……いや、被害ならばもう出ている!
アンファン・プレジダン・シキャーク侯爵の言葉に、反論しようとしたサーモ伯爵だったが……しかし、言葉が出ずに押し黙る。
周囲を見れば、アンファン侯爵の意見に同意する貴族の数も多い。
侯爵の発言は確かに、その通りなのだ……飛来したドラゴンがブルスを文字通り瓦礫の山にした挙句に、船を一つ沈めている。
沈んだ船のダミアンという船長は命からがら生き残って救助されたが……余程ひどい目にあったのか、うわ言のように「ドラゴン……ドラゴンだ……」と呟くばかりで、廃人と化している。
王国が受けた被害は相当のものだ。
何もしないというのは、民を守り国を発展させる使命のある貴族としてあり得ないし、貴族を名乗る資格もないだろう。
後のことを鑑みると、ここで大きく動きたくはないと考える穏健派であったが、しかしそれは貴族の責務から逃げる惰弱な行為だと討伐派は断じる。
「アンファン侯爵の発言は、もっともだ」
言葉を取り上げたのは、この会議において最も立場が上である存在。
ユーネ・ロワ・リュミエール王太子である。
彼は国王陛下の名代としてこの場に居る。
それ故、会議ではあまり発言・意見を述べないようにしていた(なにせ、彼が黒と言えば議題でいくら白と言えども黒となるしかないのだから)が、白熱し王国の意見が割れるのはまずい。それ故に先にオーキツネン公爵とも話をして、今回の件に限れば、おおむねの方針を王家が打ち立てるべきだと判断したのだ。
王太子が口を開いたことで、再び沸騰しそうになった議場がすっと静かになる。
「だが、討伐するにしろ……そうでないにしろ。まずは情報が必要であろう。ドラゴンの強さ……ブルスが落ちたのだ、強大であることは違いないが、しかしてどれほどの存在であるのか。また、何よりも場所だ。今どこにいるのかも、塒すらもわからぬ相手に戦いを挑もうにも右往左往するだけであろう。調査の後に方針を決めたい。 ……異存はあるか?」
「いえ、ございません」
「はい、そのように思います」
アンファン侯爵とサーモ伯爵も同意する。
これは両者もその通りだと考えていたからだ。
頷く王太子であるが、「ですが」とアンファン侯爵が口を開く。
「ならば、私が調査をいたします」
「ふむ、アンファン侯爵がか?」
「はい。私が管理をしています領土はブルスにも面しております。ドラゴンがあの場に出たのであれば、領民らを慰撫し不安を払拭するためにも貴族が動いている姿を見せる必要がありましょう」
「……なるほど」
「調査は、監督としてフェーブル伯爵をつけ……冒険者を派遣したく存じます。必要があれば私兵も出しましょう」
「わかった。必要な費用については取り纏めて、内務省へ提出するように。……些細な情報でも構わぬ、何かわかり次第報告を上げよ」
「はっ、勿論です」
「よし。ほかに意見があるものはいるか……?」
言葉を発するものはいなかった。
アンファン侯爵、および彼の部下であるフェーブル伯爵が立ち上がり、ユーネ王太子へ深々と頭を下げた。
◇◇◇
ダンケルハイト帝国 帝都ヴァルト 謁見の間
斧と槍が描かれた旗が風にたなびく。
旗が飾られた帝城は、一瞥すると幾何学的な形状をした……あるいは、正方形を組み合わせて作られたような形をしていた。
主に金属を使って建てられたその城は、魔術的な防御は勿論のこと、物理的な手段にも対抗するために作られていることを物語る。
窓の形や配置もまた日常生活のそれよりも、有事の際を見越して作られており……まるで戦場にある砦のような風貌であった。
それらはすべて、国是である建国王の遺志……「
兵士の象徴である槍は勿論のこと、普段は薪を切る斧も、有事には武器として用いるという表現なのだ。
「ふむ。するとブルスの北に光が見えたと?」
「はい、閣下。そちらにはフェーブル伯爵が治めるセーズ村があります」
「見間違い、方角を誤っているのでは?」
「はい、いいえ。閣下。光を見たものは特に視力の高い者です、また昼の時間であり、このときの太陽の位置から方角は割り出しています。こちらが周辺の地図です」
「……なるほど、一致するか」
城塞都市ブルスより情報を持ち帰った帝国兵……復興に携わりながら情報収集を行っていた……の報告を聞きながら、男は瞑目する。
簡略化した鎧を身に纏い、兵士ほどではないが鍛えられた肉体、深い堀りのある顔には黒く短く、整えた髭を生やした大男。
彼こそがダンケルハイト帝国の皇帝、アインス・カイザー・ダンケルハイトである。
帝国は皇帝が全権を握る独裁的な運営がなされる国家だ。
むろん個人では限界があるために元老院と呼ばれる議場は存在するものの、あくまでも「意見を聞く場」であり、決裁権はすべて皇帝が持つ。
だが、皇帝が暗愚である場合あっという間に没落してしまいかねない……それを回避するため、皇位を持つ三家が存在しており、元老院の持つ皇帝位の剥奪権を用いて皇帝を退かせることが可能だ。
無血のまま、あるいは政治的空白のないままに皇帝を挿げ替えることが可能なシステムだが、しかし幸運にも、それは帝国設立以外一度も起きたことはない。
「さて、一度村に調査に向かわせるべきか……」
「……陛下はやはり、ドラゴンだと?」
「当然であろう、それ以外にそんなことが出来る存在など、おらぬだろうしな……そうだろう?」
首を振る皇帝は、傍に控えた文官をちらりと見る。
眼鏡をかけた初老の男性がしかと頷き、皇帝は指を口の前で曲げて考える。
少しして、兵に声をかけた。
「大義であった、将軍を呼んでくれ。具体的にどうするかを詰めたい」
「はっ」
兵は見事な敬礼を返し、謁見の間を後にする。
アインス皇帝陛下は、歴代の皇帝と比較しても、他人の意見を聞き尊重することが多い人物である……現場の意見をしっかり聞きたいと、こうして一介の兵士ですらも謁見の間に通すのだ。
兵は、そのことに感動を覚えつつも、決して表情には出さないよう気を付け、急ぎ将軍のもとへと歩みだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます