第4話 竜が省みる
全身全霊あらん限りの力を振り絞り、全速力で異世界の都市から飛び立ち離脱した俺は、最初に目覚めたあの洞穴へと……位置をしっかり覚えていなかったが、クソバカでかい地割れがあるお陰ですぐに場所が分かった……飛び込むようにして戻った。
うおおおお!!
やっちまった!!やっちまったなぁ?!
そして両腕で頭を抱え、ゴロゴロと地面を転がる。
ズズン、と大地が悲鳴あげるように音をたて、さらにグラグラと揺れだしたが、それを気にすることが出来ない程には、俺は酷く後悔していた。
確かに、少し考えれば解る筈だ。
俺は超絶イケメン勇者になったわけでもTS聖女になったわけでもないし、全魔法が使えるうえに魔法生成ができる賢者だとか、TSエルフに転生したわけでもない。
俺が転生したのはドラゴンだ。
ドラゴンが空からやってくれば、街の人間はそりゃあパニックになって然るべきである。
現代日本だって、町中に熊が出没すれば大騒ぎだろう?
日本人的な感覚で例えて言うならば、羽を生やしたクソデカい熊が都市圏のど真ん中に空から急降下してきたようなものじゃあないだろうか?
俺がその場に居たのならそりゃあもう間違いなく失禁脱糞するし、もう少し気合があっても警官や猟友会なんかを通り越して自衛隊を呼ぶのは間違いない。
怪獣映画よろしく、治安維持活動が見られるやも知らん。
もちろん、この世界はドラゴンが割とポピュラーな存在で、ドラゴンが定期便をしたり航空機代わりに空輸や空の旅をお届けしたりする温かい世界だっていう可能性もあるにはあったが……今回の件を見るにそれはないだろう……慎重に動くべきだった。
いやほんと、出来るだけ遠くから様子を見るとか、雲に隠れて近づくとかさあ……。
異世界の街を見つけて、興奮して思わず近づいてしまったんだ……本当に申し訳ない……すまない……。
しかし、俺の力がヤバすぎる。
いや、ちょっと試しに放った通常攻撃で
本当に加減が効かない……いや、加減すること自体は出来るんだが、最小限にしても人間とかを殺せてしまうし、建物とかを叩き壊してしまう。
人間で言うと、小さな虫を摘まもうとするときの感覚と言うべきだろうか?
指で優しく挟んだつもりでも潰れてしまうんだよ。
そして今回のように反射的に行動しちゃった場合が一番まずい。
弓矢は弾けたけど、人間が出してきたあの火の玉はきっと魔法だろう。
物理攻撃である弓と違って魔法攻撃だと、いくら最強の力を持ってるドラゴンといっても、もしかしたら負傷したり、大ダメージを受けて死んでしまったりするかもしれない。そう思った瞬間には身体を全力で動かしてしまった。
身体が最強になっても、そういう咄嗟の対応とかは思考に染み付いているというべきか……しかも咄嗟な動きだから手加減とか一切考えられずについやってしまうんだ。
その結果……火の魔術から身を守ろうとして咄嗟に尻尾を振るった、ただそれだけの行動の余波で、町が滅茶苦茶になったというわけだ。
いや本当にヤバすぎる……。
はぁ、とため息をつく……今の俺の姿でため息をつくと蒸気のような息が口から出てくる……まったく、これはどうしたものだろう。ただでさえ緊急事態なのに、さらにもう1つ異常事態が発生している。
それは俺の内面、心の話……先ほど、あれだけのことをしたと言うのに、だが妙に俺の精神が落ち着いているのだ。
それこそ違和感を覚えるほどに。
俺のせいで都市が滅茶苦茶に……いや、滅んでしまったって言うのに。
俺に襲い掛かってきて咄嗟に殺してしまった兵士は勿論のこと、きっとそれ以外にも瓦礫とかが吹っ飛んだり、崩れた建物の下敷きになったであろう人たちだっているのに。
まるで、人を殺してしまったっていう実感がない。
……いや、それとは違うか。
正確に言うなら、人を殺しても罪の意識がやってこない、とでもいうべきか。
まるで客観的な視点……テレビニュースなどでよくある、事件や事故の再現VTRを見たような気分。
あるいはオープンワールドのゲームで都市を壊してしまったりNPCを殺したときのような感想。
……ひょっとしたら、だが。
俺の精神は人間のものだったから、人への殺傷とかを気にしているけれども、この身体……ドラゴン的な感覚では、この程度は特に気にするべき点でないのかもしれない。
なんだか、酷く不思議でよく解らない、気持ちの悪い状況だ。
「いや絶対にダメだろ!」と俺の心はそう訴えているのに、頭蓋の中の理性は「で、それが何か?」って突っぱねているようなイメージ。
2つの価値観が同時に流れているんだ。
グルルゥ……
唸る。
俺は……どうするべきなんだ?
正直、こんな事態になってしまった以上、少なくとも人間には関与しないのが正解何だろうと思う。
人里離れた山奥だとか、無人島だとかに引っ越して人間に関わらずに生きて行けば、今回のような事故は起きずに済む。
だけど……、と俺の脳裏に嫌な予感が、憶測が走る。
ドラゴンとしての価値観は、間違いなく俺の中に存在する。
これがこのまま、肥大化していくことがあるんじゃあないか?
なにせ、身体はドラゴンなのだ。
そもそも人の心とは何ぞや、と考えるなら、スピリチュアルな話は色々とあるだろうけれども、此処はひとまず生物を科学的に考えるならば……俺という存在、俺の意思は頭蓋の中の脳味噌に走る電気信号が担保しているわけだ。
そして、その電気信号を走らせる脳はドラゴンのものであり、今後俺の脳に影響を与えるのはドラゴンの身体なわけである。
身体が脳に、つまりは精神に影響を与える……「身体に精神が引っ張られる」なんていうのは語るまでもないわけだろう……身体の成長に併せて、人は皆、中二病に罹患し、とにかく親や大人の為すことがとにかく気に食わないと反抗期に突入し、田舎少年よろしく四六時中スケベなことだけを考え続ける思春期を迎える――大人になるに従い落ち着いてくると、過去の自分を殺したくなるのは何も俺だけではないだろう……何でそうなるのかと言ったら、結局は
ブラックな残業により疲労がたまり脳が機能不全を起こして鬱病になったり、飲酒によって性格が豹変したり、はたまた違法な薬物によって異常行動を取るのも、つまるところ身体が脳に影響を与えて、思考や感情が変質しているためである。
TSした主人公も最初は俺は男だ!って言っているが、女性の身体で数十年も過ごせばしっかりメス堕ちするのも道理であろう。
話が逸れたが。
とにかくドラゴンになった以上、俺の心に影響を及ぼすのは間違いないわけで。
人と関わらずに引きこもっていると、それが悪化して、ますますモンスター化するんじゃあないかという懸念があるわけだ。
結局のところ、他人越しに見ないと自分の像っていうのは解らんからな。
グルルゥ……!
唸る。
人と付き合うと不用意に負傷……いや、死傷させかねないのだが。
しかし人と付き合いをしなければ、将来的に俺が俺でなくなってしまう可能性がある。
仕方がない、いったんこの洞穴やその周辺で、自分の力の加減の仕方とか、あるいは何か手が打てないか試してみるしかない。
先の都市で見た通り、やっぱり魔法らしいものはちゃんと存在するようだからな……剣と魔法のファンタジー世界って聞いていたが、やはり実物を見ないことには確信が得られなかった……ひょっとしたら、何かしら使える魔法の1つや2つは俺も覚えているかもしれない。
もし
よし、やるか。
俺はフーッ、と鼻から蒸気の息を吐きだしながら、意気込んだ。
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