竜が呼んでいる

三二一色

第1話 竜が生まれる

なるほど。


「つまり……俺は……いえ、私は死んでしまったけれど、剣と魔法のファンタジーな異世界に転生することができる。しかも、何かしらの特典チートを所持して……と、いうことで良い、ですか?」


「はい、そのとおりです」


上下左右どこまでも真っ白な空間。

どこが上でどこが下なのか、それすらも解らない空間で、俺は眼の前にいる女神と名乗る女性と話をしていた。


煌めく金髪を地につくほど長く伸ばし、豊かな女性の象徴を湛える肢体を薄衣で包んだその姿は、なるほど女神以外の何者でもない、と思わせる。

ただ、その容姿以上に彼女が女神であることを信じることができたのは、自身の死について確信があるからだ。


特段ドラマティックな事件が起きたわけではない。

かといって聞くも語るも涙な過去があるわけでもない。


階段を踏み外して落っこちた、という我ながら情けないお話である。


単なる獣のうちの一種でありウホウホ鳴いていた人間が言葉を語り、火を起こすことを覚え、狩猟や採取ではなく土地を耕すことを知り、金属を加工することを学び、洪水や津波やらを防ぐ手段を悟り、大地に住まいを作ることを識って数千年という時間が流れ、鉄筋コンクリートの摩天楼が乱立し、空の彼方から続く見果てぬ宇宙へと目が向かおうとも、人間は今昔変わらず階段を1つ踏み外せば落下して死ぬのだ。


月だとか太陽だとか、あるいはそのはるか向こうの高みを目指す前に。

いわんや、海を深く潜り世界の底の底を目撃しようとするよりも先に、足元の数十センチに躓かないようにする方が必要不可欠だと思うんだがね?


まあ重力の定めだと言われればそれまでだが。

人は大地に立たねば生きていけぬのだ。



さて話がそれたが。

ともあれ俺は死んでしまった。



未練は無論あるが、とはいえあれは事故であり完全に自業自得であるので、恨み言を言う相手もいない。

転生できるのであれば、と女神に生き返りを頼んではみたがやはり、それはできないとの返答であった。


こんな突然に息子を亡くすことになった両親には大変に申し訳がない。

生命保険には入っているので、どうか葬式に使った残りで豪遊でもしていただきたい。


孫については兄弟に任せることにする。



それで。



先の質問の話に戻ると、生き返りはできないが異世界への転生はできるという。


何故か?


女神に理由を尋ねたところ意外にもちゃんと返答がもらえたが……正直に言うと良くわからん。

ファンタジー的な概念のような話であれば、俺も現代のゲームに慣れ親しんだ人間としてある程度理解できたかのもしれないのだが、しかし出てきたのは魂がどうとか輪廻転生が云々という話に終わらず、エントロピーが云々と言われても意味を咀嚼することは出来なかった。


まあ端的に言えば、死者の復活をするよりも転生の方が楽だし神様にとってということらしい。



そう、神のだ。

そもそも何で人を異世界に転生させるのかといえば、それが理由だという。



どうも神様というのは、狭義ではごく少数の存在であるらしい。


神様方は天地創造どころか物理法則やら宇宙そのものを無数にお造りになられているが、それら全てに目を光らせ管理するのは、如何に全知全能たる神様とて骨が折れる面倒くさい

それ故に、自身の権能の一部を譲渡した小神管理職を幾つも創り上げ、そのものらに世界を管理させるだけの代決権を付与しているのだ。


今俺の目の前にいる女神様もそういった存在であるらしい。


そうして世界は動いているのだが。

しかし神様も、折角世界を作るのならばと色々と趣向を凝らしているようで。


俺の生前たる現代の地球の様な世界もあれば、科学なり蒸気機関なりが進歩したSFやスチームパンク世界、行き過ぎたポストアポカリプス世界、そして剣と魔法が幅を利かせているみんな大好き中世ヨーロッパ風ファンタジー世界、はたまた魔法が存在する現代社会、あるいはそれらジャンルの複合……と、同人誌即売会よろしく多種多様な世界が存在しているらしい。


そうした中で今、神様たちの間で流行っているのが「異世界転生」なのだと。


死んだ人間を抽選して別の理の世界に突っ込み、世界がどう変わるのかを見るのが娯楽となっているらしい。

世界はいくつもあるから1つや2つなら仮に滅んじゃっても笑い話で済むとかいう、何とも神様的な発想のもとで。


とはいえ世界を積極的に壊してしまおう、と思わない程度には慈悲深さ勿体無い精神があるようで。


転生先に選ばれる世界は何かしら滅亡なり退廃する雰囲気がありこのまま放置すれば悪化が免れないが、かといって直接関与するには、仮に小神だとしても影響力がでか過ぎるので、何かしらの力を与えた人間に対処してもらおうという魂胆もあるらしい。


まああれだな、国家運営的なシミュレーションゲームで、バグみたいなユニットを放り込んだらどうなるの?みたいな楽しみ方なんだろう。

放っておいても滅んじゃうならやってみよう、みたいな。



やられる方は、たまったもんじゃあないが。



まあ愚痴を言っても仕方がない、切り替えていく。

差し当たり気になる点が1つ。


「チートって……どんなものが貰えるんですか?」


特に制限はありませんね。魔法生成するだとか鍛冶屋的な能力だとか、未来予知などでも構いませんし、ハーレムが作りたいならそれでも。

もし私が一緒についてきて欲しいと言われればついていきますよ?」


「あ、それは結構です」



がーん、と口に出す女神……「仕事を同僚に押し付けて人の世でしばらく遊べるのに……」と呟いている……を余所に、俺はうーんと考える。


いきなり言われても、ちょっとすぐには思いつかない……異世界で何をしたいのかなんて、せいぜい寝る前の妄想程度の考えでしかない。

しっかり前もって練っている人はそうはいないだろう。


……あ、思いついた。

じゃあ、こうしよう。



「それなら『最強の力』が欲しいのですが」


「最強の力ですか?」


「そうです、その異世界で最も強い存在になりたいです。例えその世界の軍団がやってきても返り討ちにできるくらいの」


「ふむー」


ほら、言うだろう?

男なら誰しも一度は最強に憧れるって。


まあ、それは置いておいても悪くないチートじゃあなかろうか。


剣と魔法の世界っていえば、まあ端的に言えば、暴力がすべてを解決するマッポーめいたイカレた世界なのだ。

ゲームやラノベの歴史が尽きるまで延々と首をさらし続ける山賊いつもの相手に無双がしたいわけじゃあないし、悪徳貴族やら現地の犯罪組織やら独裁者相手に現代人特有の道徳観をもって積極的に拳骨制裁したいわけではない。


が、パワーさえあれば正義なのだ。強ければ純粋に潰しが効く。


何かしら敵対的な意思を持つ悪意ある者から不意打ち闇討ち毒物劇物を仕込まれ死んだら元も子もないし、不老不死とか願っても素のスペックが低けりゃ意味ないものな。

かといって全知全能とかを求めたら、絶対に知らんで良い知識とかも知ってしまうだろうし、それは俺が俺でなくなりそうだ。


反面、最強の力というのはなんともわかり易い。


転生先で冒険者をするなり騎士になるなり、はたまた鍛冶屋や道具屋を開店したり、一人でスローライフするにしても、とりあえず強けりゃあ、あとから何とでも人生を修正できる。


結論、暴力はいいぞ!



「わかりました、では最強の力を授けて転生させます」


そう言うと女神の周囲から光が溢れる。

俺の視界も、その光に塗りつぶされていく。

視界が真っ白になると。


だんだん


おれのいしきも


うすれて


いって―――………




◇◇◇



そして。

俺は、薄暗い場所に居た。




土や石が壁を覆って……いや、形成している。

カビ臭さに紛れて湿っぽい臭いがするので、そちらに目を向ければ湖が見え、水辺には苔が繁茂していた。


湖は深い様子で底がうかがい知れないが、キラキラと光る水面につられて上を見やれば、ぽっかりと空いた穴から夜空が見え、満天の星々が瞬いている。それらに包まれるように2つの月の姿を確認したならば、なるほど確かにここは異世界なのだろう、と確信させられた。


どうやら、ここは洞窟の中のようだ。


もっとも出口は上に向いているので、洞窟というよりは洞穴といったほうがいっそ正しいのかもしれない。

付近に人影は……あるはずがないか。


本当に洞穴にいるみたいだな。


何はともあれ、俺は確かに異世界に転生したのだ。

少しの緊張と幾許かの未練、そして大きな期待が胸中を騒がせるのが解る。最強の力を手にしたであろう今、俺がこの世界で何者になるか、何を為せるのかという選択肢は無数にあるのだ。


よっし、頑張ろう!

そう思いつつ、俺はぐっと腕を握りガッツポーズを決めたときだった。



視界の端に何かが映る。



はっ!と驚いて見れば、それは鋭い爪だったのだ。

まるで猛禽類のそれを思わせ、いやそれよりも鋭く太い爪が、しかし鈍く光っている。


そんな爪が俺のすぐ目の前に存在していた。


悲鳴を上げる暇もない。


異世界だというのだから、きっとこれは魔物モンスターの爪に違いない。

洞窟なのだ、そりゃあ魔物の1体や2体いてもおかしくない。


俺はとっさに、右腕を振り払った。



グゥォンッ――……!


まるで空間そのものすらを引き裂かんとするその爪が左から右へ素早く移動する。一瞬遅れて音が響き、その爪の速度に空気が搔き出され、真空化した場所へと風が流れ込み、石や土の壁や地面にビシリ!と切り裂いたような跡をつける。

俺は無我夢中で、その爪をとにかく遠ざけようと振り払おうとするが、爪はしかし俺から引き剝がされずに右往左往に動き、洞穴の中は瞬く間に切り裂かれていった。


くそっ!これだけやっても爪の持ち主を引き剥がせないのか?!

そもそも相手はなんだ、姿すら見えない……!


………


………


………?


いや?


俺はふと、振り払おうと振り続けてうた腕を止める。


すると、先ほどまで縦横無尽に暴れまくり洞穴を見事に彫刻せしめていた爪もピタリと動きを止めた。

爪の付け根……つまりは、それが接続されているであろう手なり足なりを見る。

爬虫類を思わる鱗に覆われた手は、俺の身体の方へと延びていた。



グァ?


何か、地を響かせるような低く大きな音が鳴り響く。

だがそれに構っている暇はない。


俺は周囲を見渡し……先ほど見つけた湖へと急ぎ近寄る。

そして水面を覗き込み、そこに映った姿を確認した。




赤銅色の鱗が全身に生え、巨大な口の中には牙が生えそろい。

両手両足には鋭い爪があり、太く長い尾、背には1対の翼。



ドラゴン。



そこにいるのは、まがうことなきドラゴンの姿だ。

それが今、俺のことを睥睨している。



俺は右腕をあげた。水面のドラゴンも左腕をあげる。

俺は左腕をあげた。水面のドラゴンも右腕を上げる。


右腕をあげるふりして左腕をあげ……ずに右腕をあげる。

水面のドラゴンはフェイントに引っかかることもなく、俺と同じ動きをする。



もはや疑うことはできまい。

水面に映ったこのドラゴン。


それが、今世での俺の姿なのだ。



なるほど。


確かにとは言ったが。

、とは言っていなかった。


それ故、最強の力を持つのにふさわしい姿として転生したということだろう。

なるほど。




グォォォアァァァァァ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ッ!!!!!

(ふざけんなぁぁぁぁ――――――――――――――――――っ!!!!!)



俺のあげた悲鳴は、ドラゴンの咆哮となり。

びりびりと空気を震わせ、周囲へと轟き響いた。

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