悪女な公爵令嬢は冷酷辺境伯に溺愛される

桂真琴@『転生厨師』コミックス1巻発売!

第一章 悪女な公爵令嬢と冷酷辺境伯の白い結婚

1 運命の嫁入り先は

 


 わたし、エステル・リヴィエールの結婚相手は、辺境伯クラウド・フォン・トレンメルだそうだ。




 血みどろ伯爵。竜殺し。辺境伯にはいろいろな異名があるそうで。


「どこの馬の骨ともわからない男が、竜を退治しただけで爵位を得るなんておぞましい。その栄誉を讃えるために我がリヴィエール公爵家の娘を花嫁になどと、王は何をお考えか!」




 お母様は怒り心頭で金切声を上げた。


 この方はわたしの本当のお母様ではなく、一つ違いの異母妹・マリアンヌのお母様なのだけど。




「まあまあ、イザベル。いいじゃないか。マリアンヌではなく、エステルで良いということになったのだし」




 お父様がとりなす。お父様はいつもイザベルお母様のご機嫌をうかがっている。


 わたしのことを庇ってくれたことも、気にかけてくれたこともない。


 わたしの記憶にあるかぎり、お母様のことを愛していらしたお父様は、ある時を境に変わってしまわれた。その理由は今もわからない。




 お母様が亡くなったあと、後妻のイザベルお母様の指示で、わたしは屋敷の敷地の隅っこにある小屋で暮らすようになった。食事は残飯、着る物は使用人のお下がり。もちろん、16歳になった今も社交界デビューもしていない。


 わたしはいない子として扱われているから。


 それでも、お父様がそれに異議を唱えることは一度もなかった。




「当然ですわ! マリアンヌには最高の結婚をさせてやるのですから。ね、マリアンヌ」


「お母様ぁ、マリー、新しいドレスが欲しいなあ」


 マリアンヌは上目遣いでおねだりをしながら、ちら、とわたしを見る。


――あたしはあんたと違うのよ。なんだって思いのままなんだから。


 マリアンヌの瞳はそう言っている。




「そういえば、少し先に王城で舞踏会があったな」


「ええ。社交界にマリアンヌの美しさを見せつけるチャンスですわ! 最高のドレスを作ってやりましょう、あなた」


「うむ、そうだな」


「じゃあ、エステルお姉さまにも……って、もうお嫁にいく人は関係ないわね?」




 マリアンヌが意地悪く言う。お嫁にいくいかないではなく、わたしはドレスなんかあつらえてもらったこともない。




 お父様が気まずそうに咳払いした。


「う、うむ。トレンメル辺境伯は、竜退治の功績で莫大な報奨金を王より賜ったと聞いている。エステルは身一つでくればいいということだ。自分の身の回りの荷物だけまとめておきなさい」


「はい、お父様」


「出発は明日の早朝だ」


「明日!?」




 さすがにわたしは驚いた。




「そ、そんな、せめてあと一日ほど時間を――」


「もう馬車を手配してあるのよ!」


 イザベラお母様がわたしの言葉をさえぎった。


「さっさと部屋へ戻って支度をなさい! それとも何か文句あるの!?」




 イザベラお母様が立ち上がった。手を腰にあてている。


 その手が大きく上がるような気配に、わたしは身をすくませた。


「……いいえ、お母様」


 心臓が頭の中で鳴っている。冷や汗が出て、震えが止まらない。




 それでもわたしは震えをぐっとこらえて立ち上がり、一礼して部屋を出た。




『ふん、報奨金を賜るなんて生意気な。報奨金で潤っている家など、すぐに落ちぶれますわ。あの子が辺境の森で飢える姿が目に浮かびます。いい気味だこと』


『まあおまえ、そんなに邪険にするな。エステルには大事な役目があることだし』


『大事な役目ですって?』


『実はな、噂だが、トレンメル辺境伯が賜った所領付近に、質のいい魔石の大鉱泉があるらしいのだ』


『なんですって!?』


『王もそこをお気付きで、それで今回、王家に連なる血筋である我が家から花嫁を出し、血縁をつなげておこうということなのだよ』


『下賤の男が魔石鉱泉の利益を独占するなど……許せませんわ!』


『エステルには、リヴィエール家に利益を流すパイプの役目をしてもらうのだよ』


『ふん、まあ、それくらい役に立ってくれなくてはねえ。そんな器用なこと、あんな暗い、ドンくさい娘ができるとも思えませんけど。まあでも、あの御方の娘ですからねえ。男をたぶらかす魔性を隠しもっているかもしれませんしね?』


『む、むう』


『お父様ぁ、お母様ぁ、もうエステルお姉さまのことはいいでしょお? マリー、ドレスのお話がしたい!』


『ほほほ、ごめんなさいねマリアンヌ。そうね、ドレスの話をしましょう』




 部屋からは、はしゃぐマリアンヌの声とイザベラお母様の笑い声が聞こえてきた。




――そうだったんだ。


 扉の外で、手のひらをぎゅっとにぎりしめる。




 わたしは、お金を王家やリヴィエール家へ流すための贄なんだ。




 特に驚きはない。ああ、やっぱりお父様はわたしを最後までかばってはくれなかった、という諦めだけが胸に広がる。




「それでも、いいの」



 わたしは毅然と顔を上げて、ホコリっぽい自分の小屋へと向かった。




「荷物の仕度をしなくっちゃ」


 そう言ったわたしの声は、我ながら弾んでいる。



 ああダメダメ、気を付けなくっちゃ。今のわたしは理不尽な結婚を押しつけられて悲嘆にくれる娘なのよ?


 期待に胸をふくらませていることを誰にも知られてはいけないんだから!


 

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