花をついばむ鳥
あの娘と出会ったのは春のことだった。春の花が咲く野で出会った。花びらが舞う樹の下に立っていた。花が咲く木を見上げ、手のひらに花びらをのせ、フッと笑った。
声をかけてみようか?
気まぐれにそんなことを思った。
「こんなところで何をしている?」
ビクッと驚いてこちらを向いた。綺麗な金色の髪に青い目をした美しい少女だった。
「私はただ野いちごを採りに来ただけなんです。ここの物を採ってはいけなかったんでしょうか?」
「ダメだというわけではないが、ここに入って来る者は少ないな。野いちご摘みというが、まるで木の花をついばみに来た鳥のようだな」
なにせ王家の私有地だからなと言いかけてやめた。美しい鳥を逃がしてしまいそうだったからだ。この少女の姿をした鳥を捕まえたい気持ちになった。
鳥と言われて、失礼だと怒るかと思ったが、ふふっと可愛らしく笑った。その笑い方に目を奪われる。
「私、確かに鳥かもしれません。遠くから、この花の木が見えて、つい来てしまったんです。入ってはいけない場所なら、すぐでていきます」
踵を返してフワリと帰ろうとする彼女の腕を思わず掴んだ。
「待て!待ってくれ!」
驚いて彼女は振り返る。ザアッと風が吹く。舞い散る花びらが彼女の髪についた。一瞬、刻が止まる。互いの目が合う。
「花びらがついてる」
ついた花びらをとってやる。こちらをみつめる青い目が恥ずかしそうに伏せられる。
「ありがとうございます……私、そろそろ行かなければ……家の人たちに心配されてしまうので離してください」
細い腕だな……と掴んでいて思っていた。言われてハッとして離した。
「急にすまなかった」
「いいえ……」
「また会えないか?」
「え?」
「ここの管理人に言っておく」
まるで鳥の羽根のように花びらが軽やかにフワリと舞っていく。温かく優しい日差しが沈黙を包む。この優しく美しい景色の中にずっといることができたら幸せなのになと思った。
返事をしない彼女。足を止めたまま動かないでいる。
そうだ。まだここから動かないでいてくれ。愛らしい鳥を愛でるように見ていたかった。
だが、ジッとこちらを見て、それから鳥が飛び立つように、背中を見せて軽そうな体で、小走りに去っていった。
もう来てくれないだろうか?こんな一瞬会っただけの娘と別れて、寂しい気持ちになるなど馬鹿げてる。王宮の後宮には自分のための数多くの女性たちがいる。
王である自分のための魅力的で高貴な血が流れる女性たちがいる。こんな素朴な娘に心を奪われたわけがない。
そう思ったのに……。
鳥が一羽舞い込んだが、放っておくように。そう管理人に告げておく。いつ花をついばむ鳥が来てもいいように。
―――鳥会えず。
あれから彼女には会えなかった。美しい鳥は籠に入れられることを察知してしまったのかもしれない。
しかしこの国で手に入れられないものなどない。王たる自分には可能だ。鳥を追い込むことなど簡単にできる。その後、彼女を無理矢理探し出した。城下町に住む平民で、王宮に連れてこられた時、こちらを見て驚いていた。
「王様だったなんて……そんなことって……」
「手荒らに連れてきてしまって申し訳ない。もう一度、どうしても花をついばみに来ていた鳥に会いたかった」
彼女は困るか嫌がるかと思ったが、なんと……微笑んだ。
「私もです。でも怖いという気持ちもありました。もう一度、会ってしまったら、きっと私の心は奪われてしまう気がしたんです」
その言葉にまるで恋をしたばかりの少年のように嬉しくなる。どうか心を奪われてほしい。玉座から立ち上がって、彼女に触れた。鳥を捕まえた。花が好きな鳥の耳に会いたかった想いを囁く。
しかし幸せは長く続かなかった。
―――鳥会えず。
そのまま鳥に会えないままのほうが良かったのかもしれない。そのほうが彼女は長生きし、自由に飛び、舞うことができ、幸せだっただろう。後悔しても今更遅い。
ある日、後宮で彼女は突然亡くなったのだった。
鳥を籠に入れた自分を悔いた。幼い頃、飼っていた鳥が蛇に喰われたことを思い出す。
なぜだ?なぜ、また同じように失った?
喪失感の中、もう何もかもどうでも良くなった。自分が愛したものは失くなってしまうんだ。
「お父さま」
彼女が遺した子どもが、可愛らしい声で呼びかけてきた。この国で唯一の王子。母を亡くし、小鳥のように傍にやってきた。
そうだこの子を守らねばならない。彼女によく似た金の髪と青い目を持つ。ウィルバートだけは残したい。せめて一つだけでも大切なものを守りたい。
でもまた失くしたら?どうする?
この小鳥は愛でてしまってはいけない。自分が大切にしている物はすべて手からこぼれるように失くなってしまうのだから。
「なんだ?おまえにかける言葉などない。母を亡くして慰めてもらえると思ったのか?」
ウィルバートはショックを受けたように、いえ……とだけ小さく呟き、一礼してお付きの者と一緒に去っていく。
愛しているが愛していないように……その死ぬ間際まで、この小さな鳥のために演じよう。
そのうち病に侵されていることに気づいた。小鳥が一人で生きれるようになるまで生きていなければならない。それが自分に残された義務のように感じた。
病床についたとき、その小鳥は冷たい青い目でこちらを見下ろしていた。もう小さい鳥ではなかったが。
「父との最後の面会になるだろうと言われて来ました」
その言葉で、自分がもうすぐこの世界からいなくなるんだなと気付いた。だが……それでもいい……。
「鳥に……会い……に行……く」
鳥?と首を傾げられてしまう。変なことを言うなと思われたかもしれない。
―――鳥会えず。
あの花の鳥に再び会えるなら、命が尽きても構わない。待っていてくれ。もうすぐ会える。きっと会いに行く。
「ねえ、ウィルバート、この木は残すんでしょ?」
王家の私有地の整備をしていると、リアンが尋ねてきた。白い花が咲く大木だった。そんなことにも興味があるのか?
「なんで?」
「綺麗だし、この木の下でピクニックランチとか最高じゃない!」
「まあ、リアンがそう言うなら残しておいてもいいけど」
「じゃあ、王妃の権限で、王妃の木にするわ!私に許可なく切ってはダメよ」
なんだよそれ……とオレは可笑しくなる。時々、リアンは子供っぽいこと言うんだよなぁ。
「あ!見て!鳥が二羽見えない?花をついばんでるわ。可愛い!……ふふっ。花が好きなのかしら?」
指さして笑うリアンの方が可愛い。うん。この木はリアンの笑顔が見れるなら、残しておいて正解だな。そうオレは思った。
母から聞いていた。父とこの樹の下で出会ったことを。そのことを思い出してしまうから、整備するならアッサリ切ってしまおうか?と思っていたんだけどなぁ。
バササッと鳥が飛んでいく。リアンがパッと散った花びらを子どものように空中で捕まえて、ほら、花びら捕まえたわよ!と嬉しそうに見せる。
リアンは相変わらず変なことに、夢中になるなぁ。
鳥が飛んでいった方向を見る。
父は無事に会えただろうか?
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