魔法使いの弟子
@rereretyutyuchiko
第1話 師匠、その薬草は買えません………
王都ウィードリム郊外、”港町ジュリエット”
多くの造船が行きかい人の往来が激しいこの場所はカモメが上を飛び、まるでBGMのようでこの港町の雰囲気を作っている立役者の一人であった。
酒場が無駄に乱立しているのは漁師にやたらと酒好きが多いからであろう。
港町特有の潮のにおいはこの町に住んでいない人にとっては臭いと思っても仕方がないほど独特のにおいを醸し出している。
潮風で粗削りにされたタイル状の街道をずしっと力強く踏みしめていく力強い人間がここには多いようだった。
そんな港町ジュリエットにおいて異色ともいえる二人組がいた。
一人は白い艶やかな髪に黄土色の瞳を持った見た目二十代前半のような女でその容姿は道行く屈強な男達がその胸筋を震わせるほどである。
細いながらもどこかミステリアスな雰囲気を持ったその瞳に震えているのだろう、さらに胸元を豪快に開けたいやらしいドレス衣装に上腕二頭筋までもひくつかせている。そんな目立つ女そばを歩くのはまだ年端もいかないような少年だった。
これといった特徴はなく、唯一ある特徴らしい特徴は瞳の中に木の葉のマークが書かれていることぐらいだろう。服だって女と似たような白色の無地の長袖を着ているだけの普通の少年だ。
「師匠、今日は薬草を買いに来たんですよね胸元を見せにきたわけじゃないですよ」
「………厳しいことをいうじゃないか、なに家にあったのがこれしかなくてな」
「こんなのしかない師匠の美意識の欠落にはさしもの僕もため息をつくしかありません、はぁー、帰りに服屋に寄りましょう」
ため息を深く吐いた後手に持っている薬草が大量に入った袋を持ち直しそう告げる。
「や、そんなの買うくらいなら人間が作った粗悪品の人口植物買った方がましだ」
「なに子供みたいなこと言ってるんですか、いいから行きますよ」
「いーや!絶対に買わない!お金もったいないでしょ!」
少年が師匠と呼ばれる女の手をつかむと女の方は近くにあった石造りの柱にしがみつき、絶対に離そうとしない。
「師匠ってほんとめんどくさいですね」
「クーオルがお母さんすぎるんだ、私はいたって普通のはずだ」
「んもうっ、今日はもう買わなくていいですから、行きますよ」
「………ほんと?」
目をウルウルさせて、少年のすそをつかんだ女は石造りの柱からようやく手を離した。
「はい………」
仕方なくため息をついた少年は歩き出した。
「ほら!早く行こう!薬草が私を待っているんだぁぁぁい!」
さっきの女とは別人のようにはしゃぎ、飛び跳ねながら街道を走っていき、数秒もすれば女の姿はなくなっていた。
「大変な人だな、ほんと………」
上を見上げれば太陽の熱い光が少年の皮膚を刺す。視線に手をかぶせ、太陽からの光を遮る。そして少年は笑いながら走り出す。
・
「師匠、いい薬草は見つかりましたか?」
「あっはー!すごいぞクーオル、新種の薬草が入荷している!」
古びた小屋、がたがきている棚に陳列されている瓶に入っている薬草の数々はそのすべてが師匠を魅了している、舐めまわすように薬草を観察している師匠に若干引いてしまう。
「はっはっはっ!今日も元気だねぇあんたは」
店の奥から身を出してきたのはナプキンを頭につけた、しわが少し目立つ初老のおばぁさん、名前はヤン・トーテ、ここはこのおばあさんが運営している薬草専門店で、僕と師匠がよく利用している店だ。
「ヤン婆、今日も今日とていい薬草を仕入れているね!」
「そりゃそうさ、私が仕入れてるんだからね」
するとヤン婆が近くにある瓶を手に取り、師匠に見せる。中に入っている草は僕にとっては他の薬草との違いが見つからない。
「これは、近くの山で採れた”まぶすだけで料理がおいしくなる薬草”だ、一つだうだい?」
「買った!」
「何言ってんだあんたは!」とノータイムで師匠が懐から出した札束を奪いとる。まったく、この人は油断も隙も無い。
「これ一ついくらなんですか?」
「うーむ、一つ1000メルといったところだな」
「ほらー、今日は”当てるだけで洗濯ができる薬草”を買いに来たんですよ、今の2000メルしかない所持金じゃ無駄金に費やすお金はないんですから」
僕がそうたしなめると、師匠はしょぼんと口すぼめてから渋々近くにあった”当てるだけで洗濯ができる薬草を手に取った。
「これちょーだい」
「1500メルだよ」
「じゃあこれでお願いします」
僕が差し出されたヤン婆の手に丁度1500メルを乗せる。それを握りしめたヤン婆は少し黙り込んだ後「手を出しな」といった。
「ん、なに?」
師匠がよく考えずそのまま手を差し出すとヤン婆はその手の上にさっきの”まぶすだけで料理がおいしくなる薬草”が入った瓶を置く。
「くれるの?」
「あぁ、近々この店も閉めようと思っていたんだ、最近は薬草の売れ行きが悪いからね」
「魔法のせいか………」
「ほんと迷惑なもんだよ、今まで薬草が担ってきた役割を魔法がすべてかっさらっていってしまった、今では”魔力を回復する薬草”と体力を回復する薬草”しか売れなくなった、まぁ薬草は高価だからね」
ヤン婆は近くにあった薬草入りの瓶をなでる。
薬草、それは人知を超えた草だ、およそ1000種類以上に分かれているがまだまだ新種の薬草が発見され続けている。そしてはるか昔女神様が産み落としてくれたといわれている薬草の効能は人間の学習能力によって”魔法”という技術に昇華された。
「魔法は便利だけど、よくないこともあるんだね」
「クーオルは魔法が好きだからね、思うところがあるだろう」
「うん………」
師匠からの言葉に思わず口を噤む。
「すまんね、魔法を否定しようとしたわけじゃないんだ、ただ私は薬草という存在があったんだということを忘れてほしくないんだよ」
ヤン婆は少し俯いてから僕たちの方に向き直り、にかっと快活に笑う。
「ごめんね、辛気臭い空気になっちまった。さぁさぁ行った行った、もう商品を買わないんだったらここを出ていきな」
「はいはい、また来るよヤン婆」
師匠が手をひらひらさせながら薬草を片手に店を出た。
「じゃあまた」
「あぁまたおいで」
ヤン婆の優しい笑みを背に僕も師匠を追いかけ急ぎ早に店を出た。
・
ヤン婆の店を出てから少しばかり無言の時間が流れる。人の喧騒もさきほどよりかはなりを潜め、僕たちの足音がよく聞こえる。
「師匠は魔法嫌いですか?」
「んーどっちでもないかな、本来体外にあるはずの薬草の効能を自らの体内のみで作り出す魔法は薬草の役割を奪ったともいえるし、その技術のおかげで薬草の乱獲を止めているともいえる」
「結局薬草が主体なんですね」
「はっ!はっ!そうだな」
僕がため息まじりに答えるも師匠はそれを吹き飛ばすように豪快に笑った。師匠の白い髪の毛が風に揺れる。
僕はそんな師匠を見かねてもう一度口を開く。
「じゃあ人間は嫌いですか?」
「………嫌い、かもしれないな、あいつらは森を破壊してまで自らの陣地を拡げようと躍起になっているからな」
「魔族よりも?」
「それはない、魔族はカスだ」
魔族の話になった途端、笑みを消した師匠を見て胸をなでおろす。
「ふっ安心しました」
すると、師匠は足を止めて遠くの方を見ているようだった。
「………クーオル、少しここで待っていろ」
「え?」
突然何を言うのかと思ったら、師匠は小走りで前の方へと走っていった。言われた通り立ちっぱのまま師匠の背中を追っていると、大きな木の下で止まった。
なにをする気………
その木の下には顔をはらして大泣きしている小さい女の子の姿があった。
「はぁー」
師匠が何をしたいのかがわかった………。仕方なく僕も師匠の方に近づいていく。師匠からの命令?そんなの違反してこそが弟子でしょ。
「ぐすっ、ぐすっ、お母さんとはぐれたの、私があっちこっちに行っちゃうからお母さんが見失っちゃったの」
少女はとめどなくあふれてくる涙を止めようと掌を使って何度もぬぐうが、こういうときは大体止まらないものだ。
「………そうか親とはぐれたのか、でも大丈夫」
「え?」師匠は少女の目元に懐から取り出した薬草を当てる。
「これは”涙を止める薬草”だ、ほら泣き止んだだろ?」
「え、あれ?ほんとだ………」
師匠が目元につけていた、薬草を離すと見事少女の涙は止まっていた。それを見た師匠は割れんばかりの笑顔を浮かべ「いい子だ」と少女の頭を撫でた。
「ユリー、ユリーどこー?」
そんなとき脇道の奥から誰かの声が聞こえてきた。
「あ、お母さんだ!」
ぱぁっと表情を明るくした少女はその声がする方へ走っていった、子供らしいその短い足を必死に動かす姿を見てつい頬が緩んだ。
「お姉さん!ありがとう!」
「あぁ、よかったな」
お母さんらしい人の元までたどり着いた少女は振り返り手を振っている。師匠は少しだけ笑みを浮かべ手を振り返している。少女と手をつないでいるお母さんがこちらに向けて深いお辞儀をした後、手をつなぎながら来た道を戻っていた。
全くこの人は………
「ほんと、どうしようもないお人よし「なぁクーオル」」
「なんです?」
僕が喋ってる途中なのに。
師匠はドレスの端についた泥をはらいながら立ち上がる。
「さっき人間は嫌いと言ったが、やっぱりあれは嘘だ」
「………そうですか」
「確かに人間は争い命を奪うこともある、自らの陣地を拡げるために草木を伐採することもあるだろう、だがなぜか憎めない、人間がたまに見せるあの優しさや温かさがどうしようもなく愛おしいんだ、なぁクーオル、なぜこんなことを思ってしまうんだろうな」
「それは師匠が人間だからじゃないですか?」
「ははっ、そうか私が人間だからか」
「そうですよ、さっきの”当てると涙が止まる薬草”みたいな嘘をつけるのが人間なんだと思いますよ」
「気づいてたんだ、なんだか照れくさいな」
師匠はぎこちない笑みを浮かべてもう一度歩き出す。
なんだよ、もう歩き出すのかよ。
「まったく、たまにお前の方が私より年上なんじゃないかと錯覚するよ」
「………」
師匠が僕の方を見向きすらせずすたすたと歩いていくことに僕のフラストレーションはどんどん溜まっていく。
なんなんだよこの師匠は、あの子にはやって僕にはやってくれないのか?
「ん?どうした急に止まって」
「………僕のことも撫でて」
頬を膨らませて目で威圧するようににらみつけるが師匠は呆けた顔をするだけだった。
「ははっ、いいぞ」
師匠はあのとき少女に見せた柔らかい笑顔で僕の頭も撫でてくれた。
あぁ小さいのに暖かいこの手で撫でられるのはいつでも気持ちいいな。
これは師匠と僕の物語、この世界を支配する魔王を倒すまでの、どうしようもなくくだらない、ちょぴり切ない冒険譚だ。
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