第24話 廃ビル

「お前、余裕があるのは構わないが、舐めた口はあまり叩かない方がいい。俺たちは金属バットで人を袋叩きにするのには慣れているんだぜ? そこに何の躊躇いもない。それとも、進んで撲殺されたいのか?」


 木下きのしたが呟くように低い声で言う。脅し文句としてはそれで充分だった。


 この連中が金属バットを持ち出して、多人数で人を袋叩きにするのは巷でも有名な話だった。本当かどうかは知らないが、多人数で袋叩きにすると袋叩きにした者を最終的に誰が殺したのかが特定できず、罪が軽くなるらしい。


 眼前に突き出されたナイフを見て、直樹なおきは思わずごくりと喉を鳴らした。


「勘弁してくれ。俺は普通の会社員だ。そんなナイフを見せられると、びびって口がきけなくなる」


「その言葉自体が気に入らねえな」


 木下はそう言いながらもナイフをしまって言葉を続けた。


「いずれにしても痛い目に会いたくなければ、大人しくしてるんだな。言い方によってはだが、お前はこの件に関係がないんだ」


 なるほどなと直樹は思う。流石にリーダー格だと言うべきなのか。言っていることはかなりまともで勢いだけの単なる輩……そのような類いではないようだった。


 いずれにしても抵抗できる状況ではなかった。となれば、この車内で自分ができることは何もないと直樹は思う。その時に備えて腹を括るしかないと直樹は改めて思うのだった。





 直樹と若菜わかなが連れて行かれた場所は予想通り六本木だった。六本木の中心から少しだけ離れた、恐らくは麻布十番に近いと思われる小さなビルの一室に直樹たちは連れて行かれたようだった。


 目隠しの一つでもされるのかと思っていたが、流石にそこまでをするつもりはないらしい。ビル自体は古く静けさで満ちていて、会社などのテナントが入っている様子もない。廃ビルに近いのかもしれない。そんな印象のビルだった。


 その二階にある部屋に直樹たちは連れて行かれた。部屋の中は三人がけの黒いくたびれたソファが二つ。その間に薄汚れたガラスのテーブルがある。それらを囲むようにしていくつかの錆びれたようなパイプ椅子があった。


 部屋自体も広くはない。ソファとテーブル以外といえば、床にゴミが入れられているようなコンビニの袋がいくつも乱雑に転がっているぐらいだった。その様子を見る限りでは彼らが日頃から溜まり場にしているところということなのだろうか。


 空調はまだ生きているらしく、薄汚れた天井付近から鈍い音が聞こえてくる。


「そこに座らせろ」


 木下がパイプ椅子を顎で示す。直樹は結束バンドで手首を後ろ手に縛られたままで椅子に座る。先程から結束バンドが肉に食い込んでいて痛みがある。


「なあ、少しこいつを緩めてくれないか? 痛くてしょうがない。別に抵抗するつもりもないんでな」


「……お前、余計な口を叩くなと言ったよな?」


 木下が直樹に尖った視線を向けてくる。その視線を受けて直樹は軽くて溜息をつきながら若菜に視線を向けた。


 若菜は憮然とした顔ながらも大人しくパイプ椅子に座る。

 大人しく椅子に座った直樹と若菜を見て木下がその前に立つ。


「そこで黙って待っていろ。何もしなければ男の方は大丈夫だろうよ。もっとも多少は痛い目にあうかもしれないけどな」


 多少でも痛い目にあうのは嫌なのだが。そう思った直樹だったが、そんな軽口を言えるような雰囲気ではなかった。次いで木下は若菜に視線を向けた。


「女の方はどうなるかしらねえけどな」


 挑発するかのような言葉に若菜が反抗的な視線を木下に向ける。木下はその反抗的な視線を受けて片方の唇を歪めてみせた。苦笑したつもりなのか、皮肉のつもりなのかは判断がつかなかった。


 いずれにしても絶対絶命を絵に描いたような状況にもかかわらず、変わらずにそんな顔ができる若菜を大したものだと言うべきなのかもしれない。

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