第22話 仄かな期待
「ほれ、人のシマで勝手に金属バットを持ち出したのはこいつの怪我でチャラにしてやる。ポリの連中がくる前にさっさとこいつらを攫っていけ」
仄かな期待があったのだが、どうやら自分たちを助けようとしての行動ではなかったらしい。あくまでも彼らのシマを断りもなく荒らされたことに対する報復といったことのようだった。
あの時に
ただこれで、もしかしたら助けてもらえるかもしれないといった淡い希望はなくなったのは間違いない。
「ハジメ、ポリが来る前に逃げるぞ。てめえら、そこをどけ。ぶち殺すぞ!」
金属バットを手に直樹たちを取り囲んで始まったこの一連の出来事で、野次馬の更なる輪ができつつある周囲に向かって斉藤は怒声をはりあげながら踵を返した。
何事かと集まり続ける野次馬を蹴散らしながら進む途中、斉藤は背後の直樹を振り返った。両手を挙げたままで直樹の視線と斉藤の視線が宙でぶつかる。
「……お前、六本木で片山と一緒にいた奴だな。気が向いたら片山に連絡してやるよ。お前が知らねえ女と一緒に新宿で攫われたってな。どんな騒ぎになるのか少しだけ楽しみだ」
斉藤はそれだけを言うと薄く笑って人混みの中にハジメと呼んだ若い男と一緒に人混みの中へと消えていく。
斉藤の出現で混沌とした場だったが、金属バットを持った男たちは当初の目的を思い出したようだった。彼らは直樹と
車には運転手も含めて四人の男が乗り込んだ。車に乗ると同時に直樹だけは両手を後ろに組まされる。そして、左右の手首を結束バンドで結ばれる。体勢としてはかなり辛い格好だった。攫い慣れているというところなのだろう。若菜だけでも拘束されなかったのは幸いなのかもしれなかった。
「おい、早く出せ! ポリが来ちまうぞ!」
リーダー格なのだろうか。金色の長髪を後ろで縛っている二十代半ばに見える男が運転席に座った男に向かって苛立ったような声をかける。
「は、はいっ。すぐ」
運転席から焦ったような声が上がると同時に車が急発進する。シートに体が軽く押さえつけられる。同時に車の外から急発進に対する非難のクラクションが聞こえてきた。
急発進した社内では三列目のシートの奥に若菜、その横に直樹が座らされ、直樹の左手には金属バットを片手にした坊主頭の男が座っている。
二列目のシートにはリーダー格らしき長髪の男ともう一人、茶色の髪をした短髪の男が座っている。車の中には運転手も含めて直樹たち以外には四人。やはり間違いはないようだった。
隣に座っている若菜の顔を直樹は横目で伺った。少しだけ青い顔をしているようだったが、落ち着いているように見えた。女の身でありながら大した胆力だと思う。金属バットを片手にした男たちに襲われたのだ。普通であればパニックになって泣き叫んでもおかしくはないかもしれないのだ。
二列目のシートに座っている男が、折りたたみ式のナイフを取り出して直樹の眼前に突きつける。この車内では金属バットを振り回すわけにはいかないということなのだろう。
「妙な真似をするな。大人しくしてろ」
金色の長髪を後ろで縛っているリーダー格らしき男が短くそれだけを言った。言われるまでもなく今のところは妙な真似などをするつもりはない。
直樹は無言で頷いた。そして先程から身を乗り出すようにしながら、二列目のシートから背後にいる若菜に向けて不躾な視線を送っている短髪の男に顔を向けた。
「こりゃあいい女だ。ちょっと歳がいってるっぽいがな」
「はあ? 随分と失礼ね。このロリコン」
若菜が吐き捨てるように言う。反論されるとは思っていなかったのだろう。短髪の男は一瞬、虚を突かれたような顔をしたものの、即座に怒りを顔に浮かべる。
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