ビッグ鹿牛
「本日もご視聴ありがとうございました!」
配信と動画を並行しながら頑張っているが、ジワジワと評価が上がっていくと嬉しいものである。
初配信から二週間が経過し、チャンネル登録者数は五十人、昼頃の配信でも同接数が五人から十人の間を行ったり来たりしている。
配信に合わせて広告用として作ったSNSのフォロワーも増えてきており、比較的順調そのものであった。
コメントや反応を見るとゴブリン等のモンスターを美少女が淡々と解説しながら解体するギャップが面白いのと、勉強になると好評で、逆に慌てる様子が無い為、盛り上がりに欠ける事が指摘されている。
「盛り上がりねぇ」
他の配信者はどうなのかと思い、配信のタイトルだけ見ると
【お宝探し! 今日こそ宝箱で当てる!】
という宝箱から出てくるマジックアイテムが、殆ど低価格な不幸属性の女性配信者だったり
【トラップ解除! 罠の安全な抜け方】
解説系でも高レベル故にトラップに引っかかってもほぼ無傷なのを利用した実際にトラップに引っかかる実演を織り交ぜた動画用の配信だったり
【モンスターハウスに突っ込んでみた】
文字通りダンジョンハウスというモンスターが大量に湧いてくる部屋に突撃してモンスターを狩りまくる配信など、確かにインパクトが凄い物ばかりであった。
伸びている配信者は個性がある。
不運属性だったり、強靭な肉体だったり、多数を相手取れる強さだったり···それぞれの個性や強みを活かせれば配信者として伸びることができるのだろう。
私の強みとはなんだろうかと考える。
容姿が整っている···強みとは言えるが、それだけで生き抜けるほど配信者は甘くは無い。
知識量···あくまであるのは初心者から初級ダンジョンの攻略方法までだ。
それ以上やダンジョンボスの情報はほぼ無いに等しい。
「となるとこれだよな」
簡易測定機でレベルを測ると四と表示されている。
「成長力の早さ···これを強みにしたい」
レベルが上がることでどの様な環境の変化が起こるのかということも合わせて配信すれば成り上がりとして人気が出るかもしれない。
日本人はそういうのが好きだし。
とりあえず生活の変化も配信していこう。
一週間ぶりにリトル鹿牛が出現するダンジョンの【ケーナーティオ】に来ていた。
今日も配信の許可を貰いに、ダンジョンの対面にある焼き肉屋に入ると、前回も会ったウェイトレスの女性が私に気がついて声をかけてくれた。
「イブキさんですね! 配信楽しく視聴させてもらっています!」
「おお、リスナーになってくれたのですか! ありがとうございます!」
ダンジョンが開くのに合わせて九時に来たためか、まだお店は空いている。
「少しお伺いしたいことがあるので十七時頃会うことは可能ですか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます! お礼もさせてもらいますので」
「お礼なんて大丈夫ですよ」
「いや、でもSNSにもやしを中心とした節約メニューをアップしていたので···」
「うぐ、それを言われるとお言葉に甘えたくなる」
「こちらからお願いする立場なので一食無料にしますので」
「···お言葉に甘えさせてもらいます」
リスナーに貢がれるとはこのことなのだろうか?
とりあえず夕方に再び会うことを約束し、私はダンジョンに挑むのだった。
アイテム屋で台車を今日も借りてダンジョン【ケーナーティオ】に挑む。
「さてさて今日もリトル鹿牛を狩っていきたいと思います!」
配信を回しながら、今日の目的を話す。
またレベルが上がった事で新しい魔法も覚えることができたため、その試行も兼ねている。
「私が今使える魔法は攻撃魔法のライトアロー、光源を生み出すライト、傷を治癒するヒール、そしてつい先日覚えたサーチです」
そう、サーチ···探索する魔法だ。
家で使ってみたところ人のいる場所がわかったためそういう魔法なのかと思った。
ダンジョンで早速使ってみると半径五百メートル以内のモンスターと人の位置がなんとなくわかる。
レーダーの様にここに何が何体いるみたいな感じではなく、この方向に向かえばモンスターが居るなぁ程度だ。
人とモンスターの区別もなんとなくつく。
便利ではあるが、この精度では話にならない。
これならば新しい攻撃魔法を覚えられた方が有意義だったかもしれない。
まぁ繰り返し使えば精度が上がっていくかもしれないので頑張ることにしよう。
モンスターの反応がある方向に進むとゴブリン達がバウの肉を食い散らかしていた。
どうやら他の探索者に魔石を取り除かれたバウらしい。
ダンジョンに潜るとこの様な食物連鎖みたいな光景を目撃することもある。
急に出てきたグロ映像の為、カメラに蓋を取り付けて、一時的に見えない様にする。
私はゴブリン達を殴り飛ばし、素材の解体を終えて、配信を再開した。
私が殴ることを中心とした戦い方をしているためか殴殺天使という不名誉なあだ名がちらほらとあがっている。
そろそろ本格的に武器を持ちたいが、服代とかの出費で武器代が溜まっていない。
羞恥心に耐えながらも最初は武器に金をかけるべきだったかと少し後悔しながらもモンスターを狩っていく。
「お、今日初のリトル鹿牛が居ました! 狩っていきますよ!」
と前回と同じ手順でも良いが、もう少し工夫をして戦うことにする。
気がついたのかこちらに向かって突進してきたので、ギリギリまで引き付け、最小限の動きで避ける。
避けられたことに気がつくと鹿牛は方向転換をしようと動きが遅くなるので、それに合わせて近づいて首を持つと、ぐいっと上に向ける。
するとリトル鹿牛はコロンと力が抜けて転んでしまう。
そのまま鹿牛の首を上に向けながら、腕と地面を使い、鹿牛の首を圧迫すれば簡単に気絶してしまう。
後は同じ手順で台車に乗っけて完了だ。
一時間で一体はなかなか良いペースである。
台車を転がして次の獲物を探しに向かうのだった。
見せ場というのは唐突にやってくるものである。
草原タイプのダンジョンにはボスが徘徊していると言ったが、この【ケーナーティオ】も例外ではない。
今私の目の前にはリトル鹿牛を大きくしたビッグ鹿牛が息を荒らげながら今にも突進しようと構えている。
「ボスと出会ったら初心者は逃げる事をオススメしますが、私は倒せると判断したため戦っていきたいと思います」
オークのように知能が高いわけではない。
四足歩行の獣のモンスターだ。
しかも魔法は身体強化のみ。
狩れるモンスターである。
視聴者達はリトル鹿牛と比べて···いや仔牛サイズだったリトル鹿牛に対してビッグ鹿牛は八百キロ近くある飼育された成牛よりも更にデカい。
軽くニトンはあるように思える。
まるでトラックのようだ。
ブルルンと身震いしたビッグ鹿牛は勢いよく私に突っ込んできた。
頭を低くし、伸びた角で突き刺すか、その巨体を持って圧殺しに来ている事が容易に想像できる。
「私も余裕は無いので持てる手を全て使わせて倒させてもらいます」
盛り上がっている視聴者にそう言うと、突っ込んできた鹿牛に対してふわりと浮き上がり、攻撃を空中に逃げることで回避する。
続いてライトアローで顔面めがけて放っていく。
バババンとライトアローがビッグ鹿牛に命中するが、あまりダメージが入っていない様に思える。
「あまり効いてないか···となると」
飛びながら私は辺りを見渡して木がある場所に向かって飛んで移動する。
ビッグ鹿牛がこっちに来るようにライトアローを放ちながら誘導し、木が近くなったら浮くのを辞めて地面に降りる。
ライトアローを顔面に向けて連射するが全く勢いが弱まらずにこっちに突進してくる。
残り五メートルと近づかれた瞬間に最大出力のライトの魔法を放つ。
鹿牛はフラッシュにより視界が見えなくなり、回避した私の後ろにある大木に勢いよく激突した。
「ブモォォォォ」
ビッグ鹿牛の悲鳴が響き渡る。
角が木に深々と刺さり、顔面が木にめり込んでいる。
ジタバタと苦しそうにしているので、私は後ろに回り込み、鹿牛の尻尾を勢いよくナイフで刺した。
骨につっかえて切断まではいかないが、私はそこを更に折り曲げた。
ナイフで傷が付いていたためか折れやすくなっていたのか、バキッとビッグ鹿牛の尻尾が折れた。
「ブモォォォォ」
再びの絶叫の後に鹿牛は気絶してしまったようだ。
「ハァハァ···倒せました」
尻尾から噴出した血でツナギが汚れてホラー映像になっているが、この巨体をどうやって運ぶか考えなければならない。
リトル鹿牛のサイズだから台車で運べるのであって、ビッグ鹿牛は大きすぎて運ぶことが困難である。
上級探索者の一部が持つとされる収納とか縮小の魔法、それに近いマジックアイテムを下級探索者の私が持っているハズも無く、どうしたものかと考えると、翼が目に入った。
「もしかして浮かべたりしない?」
片翼でも私の身長並みの大きさがあるのだ。
浮力ももしかしたら想像より大きいかもしれない。
私は台車を持ってきて、そこに乗せていたリュックからロープを取り出すと、ビッグ鹿牛の腹部と翼でサイドをサンドする感じで固定し、距離を取ってみると、バキッと木に刺さっていた鹿牛の角が折れ、そのまま翼がこっちに向かって進んでいる。
ビッグ鹿牛も足が地面に付い引きづられているが、腹部を中心にしっかり浮かんでいた。
「成功です! これで換金することができます!」
動かなければ魔石だけでも回収と考えていたのでこれは嬉しい。
リトル鹿牛二体にビッグ鹿牛一体、ゴブリン五体とバウの魔石三個···大成功である。
コメント欄でも換金予想で大盛りあがり。
お祝いのコメントで溢れており、気がついたら同接が二百人を超えていたのだった。
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