第22話 3:22

 私たちを乗せた馬車は、私の自宅マンションの上空へ到着しました。

 マンションの周りには、相変わらず警察の車両が数台見受けられます。


「ルースヴェンさん、どうしましょう? 警察がまだいっぱいいるっっ」


「そ、そ、そ、そ、そうですねっっ。で、では、え~っと~~…………馬車は空中で待ってもらって……ボクたちだけ窓から……え~っと~……、マンションへ入るとかは~、どうでしょう?」


 めっちゃ歯切れ悪い! どうしたの? ルースヴェンさん?


 私はルースヴェンさんの変わり様に戸惑いながらも、ルースヴェンさんの言う通り馬車を私の部屋のベランダの横につけて、意識のないグスタフと共に私とルースヴェンさんはベランダに降り立ちました。

 当然ですが、ベランダの出入り口の掃き出し窓は閉まっています。

 すると部屋の中から「バタバタ」と走る音が! あ、猫のミナ! ベランダから音がしたので慌てて隠れたようです。


「い、い、い、今の音は、な、何ですか?」


 すっごいオドオドしたルースヴェンさんが私に聞いてきます。当然顔は隠したまま。


「あ、今のはウチの猫です」


「ね、ね、猫!」


 え? ルースヴェンさん猫苦手? めちゃくちゃ動揺してるっっ。でもこのままベランダにいる訳にもいかないし…………


「ルースヴェンさん。申し訳ないんですけど、煙になって部屋の中へ入ってもらって、中から掃き出し窓の鍵を開けてもらえます?」


「え!」


 ここでまた動揺っっ! どうしちゃったの? さっきまでのルースヴェンさんはどこに行っちゃったの?


「だめですか?」


「い、いや、いいいいんですけど……」


「けど?」


「ねねねね猫はきゅ、吸血鬼をひ、ひひどく嫌うん……ですっっ」


「え?」


 そんなの初めて聞いた……知らなかったなあ~……じゃなくてっっ!


「いやいや、お願いしますっっ。さすがにずっとベランダはしんどいですよっっ。ひょっとして猫が攻撃してきたりとかする……とか?」


「い、い、い、いいいや、そそういう訳では……そそ、そうですねっっ。わわわ分かりましたっっ」


 こうしてルースヴェンさんはようやく私の願いを聞き入れてくれて、煙になって部屋の中へ入り、人の形に戻ると明らかにビビりながら窓の鍵を分からないなりに努力して開けてくれました。

 その間もルースヴェンさんは大きな手で顔を隠しています。


 そんなに素顔を見られたくないんだなあ~……なんかちょっと寂しいなあ~……


 そんな残念な気持ちの私は掃き出し窓を開けて、意識のないグスタフと共に部屋の中へ入りました。

 もうめんどくさいからグスタフは床に転がしておきます♪

 その間もルースヴェンさんは顔を隠して、窓のすぐそばでしゃがみ込んでいます。


 私はバスルームへ行き、急いで自分の血を採血の道具で取る事にしました。

 しかし一度血を取ってからまだたいして時間が経っていないので、左手の傷が痛みます。

 本当は二回目なので右手に針を入れたいのですが、私は右利きで左手ではとても上手くできそうにありません。

 なので同じ左手の先程とは少しずらした箇所に針を入れ、何とか血を管からコップへ流して血を分ける事ができました。

 しかし針を抜くのが一人ではとても難しく、少し血をバスに飛ばしてしまいました。

 それでも傷口もふさいで何とか完了です。


 正直、この作業は骨が折れますっっ。


 傷口を右手で押さえ左手に血の入ったコップを窓際で震えているルースヴェンさんに持って行きました。


「あ、あ、あ、ありがとうごごございますっっ」


 ルースヴェンさんは相変わらずのどもりを聞かせながら、コップの中の血を飲み始めました。

 その時、顔にかかっていたタオルが床に落ち、ルースヴェンさんの素顔が目に入ってきたのです。


 火傷が痛々しい……けど、メチャクチャかっこいいーーーーーーーーーーーーっっ! 若い頃のジュード・ロウみたいーーーーーーーーーーーっっ! こんなイケメンに私、守られてたかと思うだけで幸せになるーーーーーーーーーーーーーっっ! でも何でそんなにオドオドしてるのーーーーーーーーーっっ? 残念ーーーーーーーーーーっっ!


 そんな感じで私はついついルースヴェンさんの真ん前にしゃがみ込んで見惚れてしまいました。

 ルースヴェンさんはそんな私を見て、少しびびっています。

 そんな間に飲んだ血の効果で、顔の火傷っぽい傷はみるみる治っていきました。


 治ったその顔の美しさたるや! もう目が離せませんっっ!


「あ、あ、あ、あ、あの……ボボボボボクのか、顔……そそ、そんなに見ない…でくださいっっ」


 やっばい! その照れ方ちょっとかわいい! もう何されても肯定しか出来ないっっ♪


「ご、ごめんなさいっっ。今までずっと仮面をつけてたからつい……」


「ボボ、ボクにとって、あ、あの仮面はじ、自信をつけるた、為のた、た、大切な……モノなんです。ボ、ボク、じ、自信がなくて……」


「え? あんなにスゴい事ができるのに?」


「……あ、あれはボボ、ボクじゃなくて、き吸血鬼の、能力で……ボボボクがすごい訳じゃ……」


「え? いやいや! あれはルースヴェンさん! あなたがその吸血鬼の能力を上手に使ってるんです! だからあなたがスゴいんですってば!」


「え? ……そ、そんなこ、事は……」


 ルースヴェンさんはしきりに仮面を探し始めました。


 仮面は私が普通のお水でキレイに拭いて、採血のバッグの中に入ったまま。

 そしてそのバッグはお風呂場に置きっぱなし。

 別にいじわるでそんな場所に置いたつもりもなかったのですが、ルースヴェンさんのこの困り様を見てると、さすがに申し訳ない気持ちになってきますっっ。


「ご、ごめんなさいっっ! 仮面ですよねっっ。お風呂場にあるから、私取ってきます」


 私は慌てて立ち上がると、クラ~~っと立ちくらみが~~~~~~っっ。


 その時、私の両肩をルースヴェンさんが支えてくれました。


「だだだ大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……」


 やっばいっっ! ルースヴェンさんの素顔が目の前っっ! 瞳も透き通ってて吸い込まれそう~~~~…………


 私とルースヴェンさんはまるで昼メロのようなベタな格好で、動けなくなりました。

 もう私の心臓は心拍数が上がるだけ上がって、もうはち切れそうですっっ! きっと今、血圧を測ったら200オーバー間違いナシ! 私、このままどうなるの? どうするの?


 こんなティーン向けの小説のような展開は、一言でぶち壊されたのでした。


「オレの目の前で何してんだ? テメーらは!」


 あ、グスタフの事、忘れてたわ……

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