第2話 18:56

 私、人違いでこんなモンスターだらけの地獄に連れてこられたのお~~~~~~っっ?


 私が唖然としていると、仮面の男はスッと私から一歩離れてその場で片膝をついて一礼。

 そして華麗に立ち上がると、まるでここが舞台のような大げさに手を振りかざしました。


「おお~~~! 我が愛しのレディよ! こうしてここに来たのも運命です! このルースヴェンの妻となり、共に生きていただけませんか?」


 ええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!

 私、人違いされた上に結婚申し込まれてる~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!


 今年三十八歳の人妻なのに~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!


 あまりの事に、私の頭は混乱に混乱を重ねて、もはや思考能力はありません。

 仮面の男のこのプロポーズに、周りのモンスター達も興奮を隠せません。

 ものすごい歓喜がお城の中庭を包み込んでいます。

 キョトンとしている私の前に来た仮面の男は、あらためて片膝をついて私に言いました。


「どうでしょう素敵なレディ。どうかこの私の願いを聞き入れてもらえませんか?」


 そして私の左手を取りました。

 しかしその左手のすぐり指を見た時に、男は慌てて私の顔を煽りみたのです。


「レ、レディ! あなたはくすり指に指輪をはめておられるではありませんか! 結婚をされているのですか?」


 いやいや、だからあなた達が勝手に人違いして、私を連れてきちゃったんじゃないの!


 こんな事を思っても、怖くて声に出して言えません。


 しかし男のその言葉を聞いた周りのモンスター達が、怒涛の唸り声を上げ始めたのです。

 私はその唸り声に驚いて、この場で腰から崩れ落ちました。


「皆さん! 騒いではいけませんっっ! レディには何の非もないのですっっ!」


 仮面の男のこの言葉も、モンスター達の唸り声はおさまりません。

 仮面の男は片膝をついたまま、私の身体を少し抱きしめました。


「本当にすみません」


 それは小さな声の謝罪でした。


 その時です。


「ルースヴェン! この結婚を認める訳にはいかん! ただちにその女を喰ってしまえっっ!」


 それはまるで、地獄の底から響いているような、異常に低くて多重録音でもしたかのような、そんな恐ろしく大きな声でした。

 私はその声がどこから聞こえているのか最初、さっぱり分かりませんでした。

 しかし仮面の男の目線の先を追うと、どう見ても中央の大きな炎に向かっています。

 その声にモンスター達も大喜び。さらに唸り声が大きくなりました。


「ベリアル様! それはなりません! このレディは、私の部下が間違えて連れてきただけなのです! 結婚を許さないのはまだしも、喰らうのは間違っています!」


「い~やルースヴェン! この女はこの世界に足を踏み入れた! 本来ならこの時点で喰われる運命! しかし貴様が結婚するからと、余は許したのだ! しかしこの失態! 許す訳にはいかん!」


 ルースヴェンと呼ばれる仮面の男は、やはり目の前の大きな炎と話しているように見えます。

 私はこのルースヴェンに抱きしめられながら、大きな炎とのやり取りを聞き、震える事しかできませんでした。


「お待ちくださいベリアル様! このレディに、私は何か運命的なものを感じているのです! ですから、ですから、喰らう事だけはお許しください!」


 ルースヴェンの私を抱きしめる腕に、力が入るのが分かります。


 この人は少なくとも私を守ってくれようとしている……


 私は少しホッとしました。


 そんな中、炎はしばらく静かになると、少しトーンを落としてまた話し始めました。


「……よ~し、分かった、ルースヴェン。そこまでその女を守ると言うのなら、少しだけ時間をやろう。ハロウィンの終わる時間……、夜明けまでに、その女の結婚が解消されたのなら、その女を許し、結婚も認めよう。しかし、朝日が昇ったその時までに結婚を解消し、貴様たちが結婚を成立させた場合は、特例で認めてやろうぞ。しかしそれができなかった場合はその女とルースヴェン、貴様の命はないと思え」


 こう炎は言うと、天にまで届きそうな高笑いをし、その炎は消えていきました。


「分かりました! ありがたき幸せ!」


 仮面の男は炎の消えた台座に向かって一礼をすると、抱き抱えている私にささやいたのです。


「とりあえず時間は稼げました。何としても君を離婚させて、私の妻にしなければいけなくなりました。分かりましたね?」


 全く分かりませんっっ!

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