第7話 ワーウルフ・グレイとの決闘

 身振り手振りを交えながら説明すると、ノヴァはうろたえて不安そうに言う。


「まさか、そんなことで決闘に勝てるって言うのか?! 信じられない……他に方法はないのか? そんな聞いたこともないやり方で、一か八かの賭けにでるしかないなんて……」

「それこそ、戦闘じゃ僕はなんの役にも立てないけど、これは僕の得意分野、専売特許だから絶対に負けないよ」


 僕が力強く訴えれば、ノヴァは半信半疑といった表情で考え込む。

 思案と同時に視線が動き、僕が作った家具など部屋の中を見回している。


「もう、後戻りはできないな……わかった。お前に賭けよう」


 ノヴァは覚悟を決めた顔で呟き、頷いてくれた。


「大丈夫、大船に乗ったつもりで僕に任せて。あとは準備が必要だから、僕は一度スラムに戻って色々と用意してくるね」


 学園に着いて早々だけど、スラムへの戻り仕度を始める。

 ノヴァはせかせかとする僕に疑わしげな視線を向け、覗き込んできた。


「……お前、なんか楽しそうだな」

「え、そう?」

「顔がにやけてる」


 鼻歌が出そうなのを抑えていたのに、ワクワクしているのがバレてしまった。


 ようやく、僕の人間らしさをわからせられる機会がきたのだ。

 合法的に特技が披露できるのだと思うと、笑いが込み上げてきてしまう。


「そりゃあ、またスラムの可愛いみんなに会えるし、うちの子達をコケにするヤツをギャフンと言わせられるんだから、楽しみだよね。くっくっくっくっくっ」


 僕の含み笑いを不気味がって後ずさっていくノヴァが、毛を逆立てて『やんのかステップ』する愛猫みたいで可愛い。


「だから、その不気味な笑い方やめろって……もう、はよ行け!」

「ぷふっ」


 そんなやり取りをしつつ、決闘に向けて準備を進めたのだった。



 ◆



 申請していた決闘の当日。

 学園のコロシアム(円形闘技場)には、劣等種と上位種の対戦を観戦しに、多くの魔族達が集まってきていた。


 観戦者が注目する中、まず初めに姿を現わしたのは、公正な決闘の審査員を務める、聖人学園が誇る教員達だ。

 職員筆頭、審美眼に富んだトロール(巨人)のビューティ、職人気質なドワーフ(小人)のマイスタ、洞察力に長けたピクシー(虫人)のグルーヴ、以上の三名が決闘の勝敗を審判する。


 審査員席に着いた憧れの教員の姿を見て、観戦者は各々に感嘆の声を上げる。


「はぁ、いつ見てもビューティ先生は隙のないお美しさだ」

「マイスタ先生のダンディーな横顔、シビれてしまいます」

「パフォーマンスや美声なら、グルーヴ先生がダントツです」

「先生方のお姿を拝見できるだけでも、見にきた甲斐がありました」


 観戦者席が色めき立っているところ、満を持して本日の主役が登場する。


「……わぁ、あれがダークエルフか。先生方を見たあとだと余計ショボいな。いや、劣等種だからそんなものか」

「あの横にひっついてるのはなんだ? 使い魔か? 人型の使い魔なら珍しいが、どうにも地味でパッとしないな。なんか小さいし」


 看過できぬ言葉が聞こえてきたので、僕は観戦者席をキッっと睨みつけて叫ぶ。


「今、小さいって言ったのどこのどいつだ?! 誰がチビだプチだ、ミニサイズ通りこしてマイクロミニサイズだ、コラー!」

「そこまで言ってない」


 ここは黙っているわけにはいかないなと、声を張って主張する。


「大体、ノヴァをショボいとか目が節穴なんじゃないの? 派手さを競う場ではないのに、何言ってくれちゃってんの? どう見たって、控えめな装いでも隠しきれないこの美貌とか凛とした佇まいとか、うちの子が世界で一番可愛いじゃろがい、コノヤロー!!」

「なんだあの使い魔……親バカか?」

「おい、お前は何を言っているんだ。恥ずかしいから止めろ……」


 僕がうちの子の可愛さを熱弁していると、もう一方の主役・グレイが姿を現わす。

 カースト順位・七位であるワーウルフの登場に、会場全体がワッと湧き立つ。


「おう、逃げずに来たじゃねぇか」

「当然だ。お前に勝って俺達は這い上がる」

「ははっ、いいねぇ。ねじ伏せがいがあるぜ」


 グレイはノヴァと僕を見下ろし、舌舐めずりしながら笑った。


「それで、どんな勝負をするんだ?」

「は? 決闘申請した内容を確認していないのか?」

「ああ、どんな勝負だろうとオレが勝つに決まってんだからなぁ。この場で確認すりゃ済む話だろ?」

「この野郎、舐め腐りやがって!」


 軽く見られ怒りに震えるノヴァをよそに、グレイは飄々と訊く。


「で、勝負内容は?」


 ノヴァの代わりに僕が一歩前へ出て、勝負内容を告げる。


「ペットのトリミング対決だよ」


 グレイの目が点になり、きょとんとした表情で訊き返す。


「……トリミング? なんだそれは? 聞いたこともないぜ?」

「トリミングは人間の歴史をさかのぼれば、古代文献にもわずかに残っている技術だ」


 ノヴァが古代文献に残っているのを確認し、決闘申請してくれた。

 この世界には、ペットをトリミングする文化がないらしい。


「全知全能な人間たるもの、飼っているペットの管理も完璧にできて然るべき。ペットの健康管理や躾だけではなく、美容メンテナンスも重要ということだよ。よって、どちらがペットをより美しく健やかにトリミングできるかを競う対決だ」

「ペットの美容メンテナンス……?」


 首を傾げて唸っているグレイに、さらに付け加えて伝える。


「あと、決闘申請でも提出していたけど、こちらにはペットと呼べる魔獣がいないから、そちらの魔犬をトリミングさせてもらうルールにしたから。グレイの魔犬を僕とグレイでそれぞれ一匹ずつトリミングする」

「僕? ……はぁっ?! まさかダークエルフじゃなくて、この小せぇ使い魔の方がオレの対戦相手だって言うのか?!!」


 予想外だったのか、困惑するグレイは大声で喚いた。


「当然、使い魔の能力も主人の実力の内だからね。僕が対戦相手でも、何の問題もないはずだよ」

「うぐっ、それはたしかにそうだが……」


 言葉を詰まらせるグレイは、たじろいで頷く。


「じゃあ、改めてルールを説明するね。トリミングに使う道具はこちらで用意したから、制限時間内に各々でペットのトリミングをする。主にブラッシング・シャンプー・ドライング・耳そうじ・爪切りといった内容だ。ペットの負担が少ないように手際よくこなせるかも評価点になる。最終的な審判は審査員がして勝敗を決める。以上だよ」

「何かと思えば、ペットを風呂に入れて磨けばいいのか……ははっ、それなら楽勝じゃねぇか!」


 具体的な内容を聞いて簡単だと思ったのか、グレイは自信満々に鼻を鳴らした。


「それじゃあ、一匹お借りするね」

「ああ、いいぜ。ほら、行ってこい、オルトロス」


 グレイは一方の魔犬の背を叩いて、こちらへと送り出す。

 僕は満面の笑みを浮かべ、両腕を広げて待機する。


「おいで、オルトロス♡」

「ガルルルルル! ガウゥッ、ガウガウッ!」


 魔犬は不承不承といった様子で唸りつつも、僕のところまで来てくれた。


「ふわぁ~♡ それぞれの頭で違う鳴き方するんだねぇ~! 間近で見るとやっぱり大っきい~! 大きなモフモフ、可愛い~♡♡♡」

「おい、そんな無防備に手を出したら噛まれ――」


 ガチンッ!


「――って、危なっ!!」


 噛まれそうになった瞬間、ノヴァが僕を抱きかかえて後退し、間一髪で避けた。


「あ、そうだそうだ。言い忘れてたが、オレ以外には懐かねぇから、言うこときかねぇと思うぜ。片方は噛み癖があるから、せいぜい噛み千切られねぇように気ぃつけろよぉ」

「それを早く言え、クソ野郎が!」


 ノヴァがグレイに悪態を吐き、僕に注意を促し振り返る。


「危ないぞ、うかつに手を出すな……って」


 だがしかし、僕はすでにノヴァの腕を抜け出し、魔犬に夢中なのである。


「あは~♡ 毛質硬いねぇ~、ケモノくっさ♡ くっさ、くっさぁ~♡ すーーーー、はーーーー、ん〜くっさぁ〜い♡ 今からキレイにトリミングしてあげるからねぇ~♡ んふふふふ♡」

「お前は何をしているんだ、何を?」


 胡乱な視線を向けるノヴァに睨まれ、ハッとした僕はキリリと表情を引き締める。


「おほん。気を取り直して……制限時間は二時間、先に仕上げた方から審査してもらう。では、決闘を開始する。レディー・ゴー!」


 一世一代の大勝負。僕はノヴァに代って、混ざり者達の命運を賭けた決闘に挑む。

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