第8話 ひと段落着いたけど…
今度こそは、と授業中に意気込んでいた。
壇上前に立つ教師が一旦手を止めたところで、午前最後のチャイムが鳴り。それと同時に授業が終わりを告げた。
クラス委員長の藍沢花那が授業終わりの合図をし、挨拶を終えた直後、高田紳人は廊下に出た。
向かう先はすでに決まっている。
それは幼馴染――中野夢月がいる教室であり、彼女と直接関わるためにも全身全霊で行動しようと思っていた。
行動しない事には何も変わらないのだ。
だからこそ、惜しみなく実行する。
えっと……夢月は……。
紳人は幼馴染の教室に到着するなり、入り口から中を見渡す。
がしかし、彼女の姿はどこにもなかった。
どこに行ったんだろ……。
落胆しながらも悩み込んでいると、遠くの廊下を歩いている夢月の後ろ姿が見えた。
もう教室を後にしていたのかよ。
紳人は彼女の元へ近づくためにも早歩きで移動し、距離を詰めていく。
メールの返答もなく、夢月の心境が分からない状況だった。が、距離が縮まったタイミングで紳人の方から声をかけた。
勇気を持って話しかけた甲斐も相まって、夢月はその場で立ち止まってくれたのだ。
そして、彼女が振り向いてくれる。
「紳人……?」
彼女は不安げな顔を見せつつ、紳人の顔を見ている。それから夢月は体の正面を向けてくれたのだ。
「えっとさ、今から少し話とかっていい?」
「……別にいいけど」
「そ、そうか。じゃあ、ここで話すより、別の場所に行かないか? そこで話したいからさ」
「うん……わかった」
夢月はそこまで表情を変えることなく、淡々とした口調である。
二人は校舎の中庭へと向かうことにしたのだ。
昼休み時間の最中。
二人は校舎の中庭に設置されたベンチに隣同士で座っていた。
お、俺の方から話さないとダメだよな……。
状況はすでに整っている。
万全であり、何も恐れる必要性もないのだ。
紳人は勇気を持って口を動かすことにした。
「あ、あのさ。メールは見てくれた?」
「メール?」
夢月は疑問口調である。
「う、うん」
嫌な気配がする。
「昨日の夜に送ったんだけど」
「そうなの?」
やっぱり、気づいていなかったか。
「ごめん、紳人の方からメールがあったなんて。ごめんね、今から見るから」
そう言い、夢月は制服から取り出したスマホを両手で触り、操作する。
「ほ、本当だね」
夢月は驚いた目をした後。ジッとスマホ画面と睨めっこし、無言のまま文章を目で追いながら向き合っていた。
「あの件って、違うの?」
彼女はスマホを両手で持ったまま、隣にいる紳人の方を見つめてくる。
「そうなんだ。それについて詳しく伝えたくてさ。そもそも、あの子とは全然関係ないっていうか。全然付き合ってないんだ。だから、本当のところ誤解なんだ」
「誤解……じゃあ、恋愛関係でもないってことでいいんだね?」
「うん」
紳人は激しく同意するように何度も頷いていた。
「彼氏彼女の関係でも、正式なデートをした経験もないってことかな?」
「ああ、そうなんだ。そういうこと!」
紳人がハッキリと伝えると、彼女はホッとしたようで胸を撫で下ろしていた。
「私の勘違い……早とちりってことね」
「まあ、そうなるね。俺があの時ちゃんと伝えきれていればよかったんだけど。どうしても、あの状況では厳しくて。俺、あの後も伝えようと思ってたんだけど。都合が合わなくて」
紳人は詳細に説明を施していた。
「よかった――」
「え?」
「んん、なんでもないよ。うん、なんでもないから!」
夢月は首を横に振って、気にしないでと言ってきた。
「そうだ! 今日の放課後って時間あるかな?」
「今日は特にないかな」
「じゃあ、今日の放課後一緒に帰ろ」
「でも、バイトやってるんでしょ?」
「それは休みなの。だから、久しぶりに遊ぼうよ!」
「そうだな。夢月がそれでいいなら付き合うよ」
紳人の言葉に彼女は安堵し、笑みを返してくれたのだ。
そんな彼女に一瞬ドキッとしていた。
心が温かくなる。
一応、夢月が抱いていた誤解が解け、関係性が良好になったと思う。
幼馴染とは昔からの仲であり、唯一無二な友達を失いたくないのだ。
今まで通りの間柄に戻れるなら嬉しかった。
「あ、そうだ、今から用事があったんだ! ごめんね、これから行くところがあるの」
夢月はハッとした顔を浮かべていた。
「じゃあ、またあとで」
「うん、またあとでね。後で私の方からも連絡するから!」
元気よく言い、夢月はベンチから立ち上がると、校舎の中へ走り去って行った。
紳人は一旦落着だと思い、ベンチに座ったまま背伸びをした。
すると、背後から闇を感じたのである。
「……ん」
刹那、人の気配を感じた。
次の瞬間、背後に闇のオーラを纏った存在がいると直感的に察したのだ。
「⁉」
紳人の心は震えていた。
「さのさ、ここで何をしているのかな?」
ピリピリした口調が聞こえてきて、すぐに、あの子だとわかった。
「そう言えば、パンは買ってきてくれたのかな?」
「⁉」
幼馴染の事ばかりを気にしすぎて、陸上部の瀬津夏絆との約束をすっかり忘れていた。
以前、下着を見てしまった件で、最終的にパンを一週間購入するという約束を――
「ご、ごめんッ!」
紳人はすぐさまベンチから立ち上がって、彼女と向き合う態勢になり。その場で思いっきり、頭を下げたのである。
「はあぁ……要するに買ってきていないのね」
「は、はい」
しまった……。
紳人は頭を上げることができなかった。
「はあぁ、約束を破るような人?」
「すいません」
紳人は頭を下げたまま、謝罪を続けた。
「謝罪はいいから」
「今から行きます」
「もう無理じゃない? というか、数量限定だし、もうないんじゃない?」
「そ、そうですよね」
「まあ、いいわ。頭を上げたら?」
彼女からそう言われ、ゆっくりと頭を上げたのである。
「あなた、昼食は?」
「まだですけど」
「じゃあ、今から一緒に行く?」
「はい、い、行きましょうか」
彼女から睨みつけられたまま、その場を後にすることになったのだ。
今、二人は校舎一階の購買部から出た。
二人は各々のお金で購買部でパンを購入したところだった。
目的としていた限定パンは売り切れだった。
午前の授業が終わってから五分程度で売り切れるという噂は聞いていた。
数分でもオーバーすれば、その限定パンを食する事は出来ないのだ。
「今日はしょうがないけど。次から気を付けてね」
「はい。気を付けます!」
紳人はまた頭を下げるのだった。
「……」
夏絆からの視線を感じ、頭を上げた。
「今からグランドに来れる?」
「いいですけど。でも、なんで?」
「練習に決まっているでしょ」
彼女は当然でしょと言わんばかりの強気な口調で言い放ち、廊下を歩き始める。
「ねえ、いつまでそこで立っているつもり? 早く来て」
夏絆はチラッと背後を振り向いて言う。
紳人は彼女の後を追うように、歩き出したのだった。
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