第6話 愛してる

 医師や看護師に見守られ家に帰った三人は、ほとんど無言のまま自席に座った。

 まず、朔が話し始めた。


「勝手に核を入れて悪かったと思ってる。それは本当に申し訳ない。でも何で今日勝手に家から出たの?すっごく心配したんだよ?」

 海は自分が責められたということをとても信じられなかった。自分はどう考えても被害者で、彼の神経を疑いたくなった。


「僕らは海のことが大好きで、それ故やってしまったことなんだ。海も赤ちゃん見たいだろう?もう一回やり直せばいいじゃないか。」

海の心を分かってくれる人は、この家にはいなかった。


 それから海は、自室に篭りがちになった。少しずつ改善していた鬱症状もだんだんと酷くなった。しかし夫二人は海が病院に行くことを許さなかった。

 海が許可なく外出したことを身勝手にも怒っていたし、自分の手の届かないところに海がいるということをもう許せそうになかった。


 海は自室で腹を殴るようになっていった。自分の手で、または家具で。

 海が、可愛くて集めていた缶だったり、近くにあった文房具だったり、机の角に体重をかけて腹を押し潰そうとしたりもした。


 お腹の赤ちゃんへの申し訳なさと旦那への怒り、自分ではどうすることもできない無力感。海のストレスは限界値を超えていた。


 海がお腹を傷つけようとするたび、家中でアラームが鳴った。朔と修斗は家中に監視カメラをつけて、海のことを常に見守るようになっていた。二人とも、申請すれば在宅勤務が許される職場だったため、産前の妻を常に監視し、何かあればアラームを鳴らし、手が空いている方が駆けつける。

 故に海は、自分の腹に浅い傷はついていても、子を殺すほどの深い傷はつけられなかったのである。


 その内二人は、良いことを思いついた。

 海がどうしても子を殺そうとするのなら、殺せないようにすれば良い。すなわち海と子が傷つくことのない、家具は勿論何もない場所に海を移せば良いのである。


 二人は身分の高い家の次男坊だった。特に朔の家は金持ちで、朔の父親は会社経営をしており、国内で最大手の服屋だった。

 両親からの援助や自分で稼いだ金、国からの援助金、すなわち第一子用に貯めていた金を使って、新しく家を買い、その家の部屋の一つとして、壁も床もふわふわで転んでも海が傷つかない安全な部屋を作り上げた。


 それでも海は自分の腹を殴ったり、首を絞めたり手首を引っ掻いたり、何らかの方法で自傷するものだから、柔らかな手錠を作って海につけ、より行動範囲を狭めた。

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