冥々の筺
宮塚恵一
第1話 ピトス
私は、その日の異常に全く気付かず、眠りから目覚めた。
部屋を見回すと、光り輝く箱が、静かに角に置かれていた。この箱は生活の一部だ。
ピトスの用意したモノを使い、仕事をし、趣味を嗜み、静かに眠りにつく日々。
しかし、今日は何かがおかしい気がする。
ただの直感。少しだけピトスの輝きがいつもより明るいような、そんな気がしただけだったが──。結論として、その感覚は間違っていなかった。
突然、ピトスが点滅し、不気味な静寂が部屋に広がった。不安を感じながらも、私はいつものように箱に近づき、その表面をタッチした。
しかし、反応はない。箱は無音で貝のように固く閉じたままだった。
その時だ。外の騒がしい音が私の部屋に響き渡った。窓の外には人々が駆け回り、パニックに陥っている様子が見えた。私は急いで箱を開けようとしたが、そのとき箱の内部から異常な動きが感じられた。
驚いて跳び退くと、箱の中から青い光が漏れ出し、その光は急速に部屋中に広がっていった。
私は絶望的な恐怖に襲われながらも、なんとか光から逃げ出そうと試みた。
私は、部屋を飛び出す。階段を駆け下りて外へ。
──街は混乱の渦に巻き込まれていた。
「助けて!」
「もうお終いだ!」
「息子を! 息子を知りませんか!?」
人々は逃げ惑い、道路は車の残骸で溢れ、遠くからは消防車や救急車のサイレンが聞こえる。それどころか、装甲車や戦車までもが街中を走り回っている。
阿鼻叫喚。その言葉が相応しい混沌とした街の様子に、私は唖然とする。
必死に混乱の中を進む中、私は家族や知人を探し、一緒に安全な場所へ避難しようと試みた。
父や母は大丈夫だろうか。職場の同僚はどういう状況にある?
しかし、どこに行っても絶望と混乱が広がっているだけだった。燃え盛る家の中から助けを求める声。暴走する装甲車に押し潰される断末魔の声。それを見て叫ぶ人々。
ピトスの暴走だ。だが急にどうして──。
突如として、私の頭上に影が落ちる。何事かと上を見上げて、驚愕した。
──ピトスだ。
それは巨大なピトスだった。だが、大き過ぎる。まるでビル一棟はある程巨大なピトス。
巨大ピトスが光り輝いた。その光は街全体を包み込む。光に当てられた人々の身体が、ボロボロと崩れ落ちて行った。そして私の身体もまた──。
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