【28】

オペレーションルームのディスプレイには、霧に包まれた密林から立ち昇る爆炎が映し出されていた。

ソパムの交信装置から流れて来た爆発音の正体は、その爆炎らしかった。


「あの爆発は何ですか」

ルクテロのその問いにルンレヨが答える。

「恐らく先程の攻撃で不発だったものが、今爆発したものと推測されます」


その答を聴いたルクテロは、通信機器に向かって強い口調で問い掛ける。

「ソパム指揮官。私の声が聞こえていますか?

あなたの現在の状況を報告しなさい」

ルクテロの問い掛けに、僅かな間を置いて弱々しいソパムの声が返って来る。


「司令殿…。爆発に巻き込まれて…、全体的に…、かなりの損傷を受けました。

恐らくこれ以上の…、生命の維持は…、困難だと思われます…。

それでも…、後少しの間なら…、意識を保っていられそうです…。ですので…」


通信装置から聞こえるソパムの声は途切れ途切れで、今にも途絶えてしまいそうだった。

言葉の合間に苦しそうな呼吸音が混じる。

それでもその声には、彼の強い意志が込められていた。


「それ以上話すのは止めなさい。直ぐに救援を向かわせます。ですから」

「不要です」

ルクテロの命令を遮るように、ソパムは続けた。


「救援を送ってもらっても…、到着まで保ちそうもありません。

貴重なエネルギーを…、無駄にするだけですので…、止めて下さい。

それより…、もう少し…、話をさせて下さい…。

このままでは…、話し難いので…、頭部武装を…、解除します…。

少し…、お待ち下さい」


「止めなさい。そんなことをしたら」

ルクテロの傍らから、医療武官のイヨンデュンが声を上げた。

しかし通信装置から装置の解除音が聞こえ、その後にソパムの声が続く。

「ああ、随分話しやすくなりました。この星の匂いは…、こんな風だったのですね」


「この星の大気を、直接吸い込んではいけない」

通信装置に向かって叫ぶイヨンデュンを、ルクテロが制する。


「司令。何だかこの星の匂いは、ソタに似ていますよ。

私たちにとっては、あまり、再生したくない、記憶ではありますが」


ソパムのその言葉は、ルクテロの感情に小さな刺激を与えた。

その刺激によって、おそらく最後になるであろうソパムの言葉を聞かなければならないという使命感の様なものが、彼女の中で湧き上がってくる。

彼女の傍らに立つルンレヨたちも、その雰囲気に圧倒されたように沈黙した。


「司令。あまり時間が、残されていないので、余計なことは言わず、言いたいことだけを、言わせて頂きますね」

ソパムのその言葉を聞いて、ルクテロは通信装置の音声を艦全体に流すよう、オペレーターに指示した。

ソパムの最後の言葉を、全部隊に聴かせるためだった。


「私は、この世界は決して公平ではないと、ずっと考えてきました。

AIの能力や適性の判定が、公平だということは、知識としては理解しても、やはり感情として、納得していなかった。

我々は、コジェムは、AIの判断が、絶対だということを妄信して、考えることを、放棄してしまったんじゃ、ないでしょうか」


「何を言うのです。

私たちは日々思考し、任務を適切に遂行しています」

たまらず声を上げたルンレヨを、ルクテロが眼で制した。


「ルンレヨ、科学武官。あなたの、ご意見は正しい。

しかし、私が言いたいのは、そういうことでは、ないのです。

もうあまり、時間がないので、最後まで、話させて、もらえませんか」

ソパムのその言葉に、オペレーションルーム内が再び沈黙に包まれた。


「我々は、社会の制度設計を、AIに任せてしまった。

それは、ある意味、正しかったのでしょう。

しかし、社会というものは、変化して行く筈だ。

私は、AIが、社会を、変化させないように、動かして、いるんじゃないかと、思うように、なったのです」


「…」


「AIが描く、社会は、コジェムの、利益だけを、優先して、います。

その例が、惑星ソタでの、殲滅戦だった。

あの星での、戦闘で、我々は、誰一人、外傷を、負わなかった。

しかし、私の部下の、多くが、心に、傷を負った」


ソパムの言葉が、徐々に途切れ途切れになっていく。

それが意味することを、オペレーションルーム内の幹部たちだけでなく、艦内の全員が理解していた。


「人の心と、いうものは、AIが、考える、ほど、形が、決まった、ものでは、ないと、思うの、です。

生きて、いく、環境に、左右、されて、どの、ようにも、変わって、いく、のでしょう。

その、悪例が、ウジョンの、ような、奴だ。

あいつも、初めは、あんな、風では、なかった、のかも、知れない」


「…」


「だから、我々の、社会も、変わって、行くべき、だと、思うの、です。

いち、戦闘、武官の、私、如きが、言うべき、ことでは、ないの、かも、知れない、のですが」


「…」


「そろそろ、意識が、朦朧と、して、来ました。

ヒクシンが、私の、意識に、入り、込んで、来て、います。

どうやら、こいつは、私の、記憶や、知識を、進化の、糧に、する、ようです。

この、星の、奴らの、進化に、貢献、出来る、なら、私の、人生、にも、意味が、あった、かも、知れま、せんね。

そろ、そろ、です。

司令、私、と、の、約、束…」


その言葉を最後に、ソパムの声が途切れた。

通信機器から流れて来るのは、樹林が風にさざめく音だけだった。

そしてチルトクローテ艦内は、深い悲しみに包まれる。


ルクテロは感情を制御することが出来ず、口を強く結んだままだった。

口を開くと、抑えきれない感情がほとばしり出て来そうだったからだ。

ルンレヨたちもルクテロ同様、誰も言葉を発することが出来ない。


一方艦内は、悲しみの音に包まれていた。

ヨユンを始めとする同僚指揮官たちは、悲嘆を抑え切れず、誰もが声に出して感情を顕わにしている。


ソパムの直属の部下たちは、皆が嗚咽していた。

中でも副官のサムソファは、床に突っ伏して号泣している。


このように皆から愛され尊敬されていた、コジェ星外軍8等級指揮官ソパムは、故星から遥か彼方にある辺境の惑星ネッツピアで、その生涯を閉じたのである。

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