第58話 恩恵

 最初の関門と呼べる高く切立った崖下へ到達すると、他のクラスはすでに崖の上部へ到達しており登頂目前といった様子だった。

 入口で待ち伏せしていた部隊の迎撃に成功したが、戦闘に割かれた時間分移動距離に差が開いたようだ。


「結構差が開いている感じだね、頂上でも待ち伏せされている可能性が高いよ」


 ミズホさんが頂上を見上げながら怪訝そうな表情を浮かべる。

 アルフィオを交えた進行ルートの確認の時に、襲撃を受けるだろうと予測される場所はいくつか絞っていた。


 入口、崖の頂上、森林地帯内部、大きな川の対岸。

 彼の話では、この4ヶ所が待ち伏せが容易で襲撃に適している場所らしい。

 当然、皆も事前にこの情報を頭に叩き込んでいるので油断する事はない。


「僕とデイジーさんとで先行します。皆は周囲を警戒しつつ安全に登ってください」


「えっ! 私も!?」


「別に自力で登っても良いけど大丈夫? デイジーさんくらいの重さなら背負っていけるんだけど」


 デイジーさんは先行登頂の危険度と体力的楽さとが脳内で葛藤を始めているようで、腕を組んで悩み始めた。


「じゃあ私が立候補する!」


「いやいや、ここは回復役ヒーラーのコミミを連れてって」


 ミズホさんとコミミさんがほぼ同時に手を挙げ、そしてお互いの顔を見合わせた。


「はぁ? この場合、私とラルク君で崖上で待ち伏せている連中を一気に制圧した方が早いじゃん!」


「他のグループには斥候スカウトがいるんじゃん? 毒罠とか仕掛けてるかも知れないし、きっと私の方が役に立つね!」


 コミミさんの発言をミズホさんは鼻で笑った。


「はん、そもそもミミは体重が重くてラルク君が大変でしょ」


「はぁ!? そんなことないもん! あ~でも、ミズっちより胸の体積分重いのは認めるよ、あんた平らだからやたらと身軽に動けるもんね!」


「ああん!?」


「あんだよ!」


 お互いに威嚇するような感じの言い合いが始まり、それは良く見かけるスピカとレオの喧嘩に似ていて思わず苦笑する。


「お前らケンカは止めろ! ラルク、デイジーを頼むぞ!」


 ジェイドが喧嘩している2人をなだめ、腕組みしているデイジーさんを僕に押し付けた。

 彼の無言の「行け」という表情を見てデイジーさんは渋々僕の背中に出を回し抱き着いた。

 体重を背中に感じていると彼女は自身を中心に周囲に能力向上魔法バフをかけた。


「行くよ!」


「う、うん」


 僕は上位魔法ハイスペルを使い周囲に雷を纏うと、ロイドが風属性魔法スペルで僕らを上空へと飛ばした。


「ひえぇ!」


 デイジーさんの短い悲鳴と共に強烈な上昇気流に乗って一気に中腹にある足場にたどり着き、そこから更に飛び上がり頂上付近まで跳躍した。


「うう、物理障壁を張るね」


「ありがとう、このまま一気に登るよ。しっかり掴まってて!」


 僕は手頃な岩を掴み、慎重かつ大胆に崖を進んだ。

 頂上付近で立ち止まり周囲の様子を伺う、近くに人の気配は…今の所、感じない。

 僕はゆっくりと頂上へと登り、デイジーさんを引っ張り上げた。


「待ち伏せはいないみたいだね」


「うん、ちょっと意外」


 僕は周囲を警戒し、デイジーさんが崖下の皆に危険は無いと合図を送った。

 アルフィオの予想では、ここで各クラスの第2陣が待ち伏せをしていて僕達の足止めをするという予測を聞いていたので、少し拍子抜けだった。


 特に問題なく全員が崖の上に到達した時、前方の森から巨大な轟音が響き野鳥が一斉に空へと飛び立つのが見えた。


「なんだ? 他のクラスの戦闘か?」


 皆が森の奥に視線を向けたその時、森の奥に大きな火柱が上がった。

 そして木々が薙ぎ倒れるような音が響き、砂煙が舞うのが見えた。

 それに同調するかのように、森の奥から悲鳴や叫び声が響いた。


「何、今のは!?」


 …様子がおかしい、あれは生徒同士の戦闘なんて生易しいものじゃない。

 とてつもない力と力がぶつかったような、そんな感じだった。


 脳裏に嫌な予感が浮かんでくる。

 今まで幾度となく正体不明の黒い獣や、圧倒的な力を持った魔人に襲われた事があった。

 その原因は、恐らくすべて僕にある。

 そう、まさか今回もまた…


「ど、どうする?」


 アルヴェルが皆に意見を求め、そして皆の視線が僕の方へと向いた。

 正直、状況がわからないので判断ができない。


「うわぁぁぁ!」


 その時、森の奥から他クラスの生徒達が叫び声をあげながら、こちらに向かって走ってきた。

 強襲かと思い、皆武器を構えた。


「に、にげろ!! 先生が! 先生がやられた!!」


 黒いローブを羽織った男子生徒達が、武器を構える僕らを押しのけるように横を走り抜けていく。


「ちょっ、ちょっと待って! 何があったの?」


「うるさい、どけっ!」


 ミズホさんの叫びもむなしく、生徒達は切立った崖を滑り降りていった。

 森の奥で更なる轟音と地響きが鳴り響いた。


「ね、ねぇ。なんかヤバイんじゃない?」


 デイジーさんがオロオロとした感じで周囲を見渡している。


「先生がやられたって言ってたね」


「あれは3組の連中だったな…なるほど」


 尋常ならざる事態が起きているのは間違いない。

 皆を危険な目にあわせる訳にはいかない、ここは僕らも避難すべきだろう。


「皆、ここは…」


「ああ、わかってる」


 ジェイドが僕の言葉を遮り、ロイドやアルヴェルが無言で大きく頷いた。


「カイル、オルフェ、俺達で完全防御陣形。アルヴェルとミズホは後方で警戒だ」


「了解だ」

「おっけ!」


 えっ! 行く流れ!?


 僕の考えと真逆の状況に驚き、皆の方に顔を向けるとコミミさんとデイジーさん以外の皆は自信に満ちた表情を浮かべていた。

 先の戦闘で同世代を圧倒した事が彼らの自信に繋がったのかもしれない。


「ちょ、ちょっと待った! 何かは分からないけど、多分あれは危険だと思う。僕らも避難すべきじゃないかな」


 僕は戦闘陣形を組もうとしている皆に焦って問いかけた。


「ああ、そっか…ラルクは知らないからな」


「去年卒業した3年が似たような事をしたんだよ。大規模な幻影魔法を投影して他クラスを騙し避難をさせ、総合1位を奪取したんだ」


 あの目の前で繰り広げられていた光景が幻影?

 そうは見えないけれど…

 昨年の試合を見ていないから僕には判断がつかない。


「とにかく近付いてみようよ、本当に何かあって危険そうなら逃げればいいじゃん」


「…わかった、行ってみよう」


 僕は多少の不安を抱えつつ、森の奥へと足を踏み入れていった。




◇◇◇◇◆◇




 俺様達は学園の廊下から窓を破り裏山の森へと逃げ出した。

 後方には未だ蛇の形を模した門番が地面を這うように追いかけてきていた。


「あいつ門番じゃねぇのかよ! 配置を離れるなんて職務放棄だろ!! おい、先輩。もう脱いでもいいだろう!?」


 レオは足枷となっている【黒猫スーツ】を今にも脱ぎたいと叫んでいた。

 俺様達が元の姿に戻り、2人がかりで戦えば余裕で勝てるだろう。

 しかし、それをできない理由がある。


「だめだ脱ぐな! 辺り一帯に周囲を監視して映像として残す魔導具が無数にある!」


 学園内を偵察しながら見て回っている時に、その魔導具をいくつか見つけた。

 13年前に壊滅したギュノス国の古代機器を模して作ったと思われる代物だ。

 この国は魔法学に特化して発展している分、ある意味本当に厄介極まりない。


「くそがぁ!」


 苛立ちをあらわにしたレオが門番の顔面に蹴りを入れた。

 しかし、身体能力が半分以下となっている現状ではほぼダメージを与えられていない様子。

 俺様も現在使える上位魔法ハイスペルで応戦する。


 炎・雷・風・氷結・土…

 門番は強い魔法耐性を有しているらしく、炎などで傷をつける事が出来ない。

「風の刃」や「土の大槍」などの物理属性を有する魔法スペルは傷をつける事ができるようだが、自己再生能力により傷が塞がり、ダメージが累積されているかは微妙だ。


 魔導具の死角で擬態を解いて「喰らう」か?

 だが、もし俺様達の正体がバレたらラルクがこの国にいられなくなる可能性が高い。

 短気で脳筋のレオでさえ、その事を最優先に考えて戦っている。

 腹は立つが俺様が迂闊な行動をする訳にはいかない。


「うわぁ!?」

「なんだなんだ!?」

「モンスター!!」


 裏山の森を後退しながら門番の攻撃を凌いでいると、突然人間共の声が聞こえてきた。

 安物の武装をしたガキが数名、武器を構え驚愕した表情で門番を見つめている。


 なんだ?

 この学園のガキ共か?


 なんでこんな裏山に……ってそうか!

 ここはラルクが参加する競技に使われている場所だった!!

 偶然とはいえ最悪のタイミングで最悪の場所に追い込まれちまった。


「おい、ガキ共! 早く逃げっ…」


 俺様が叫ぶと同時に全身に強烈な衝撃を感じ、その根源を知る間もなく地面へと叩きつけられた。

 運が良いのか悪いのか、どうやらハルバードの柄の部分で叩き落されたらしい。

 致命傷ではなさそうだが、弱体化した猫の体では耐え難い痛みを感じる。


「見ろ! もう1匹、モンスターと戦ってるぞ!」

「お、おい。あれって5組の特別生の使い魔じゃないか」

「大丈夫、猫ちゃん?」


 1人のガキが俺様を抱き上げ回復魔法を使い、打撲傷を癒す。

 たいした怪我ではないので、すぐに体勢を立て直した。

 油断して無様を晒してしまったぜ。


「皆大丈夫か!」

「なっ、なんだこのモンスターは!?」


 その時、森の各地から中年の人間数名が駆けつけてきた。

 連中はこの学園の教師っぽいな。

 口ぶりから察するにこの教師達も禁書庫の門番は初見なのだろう。


 教師が炎属性の上位魔法ハイスペルを唱え、もう1人がそこに風属性を重ねる。

 2つの属性が相互作用をおこし巨大な火柱を生んだ。

 威力はまずまずだが、あの門番の耐性を突破するほどの威力はないだろう。

 …ってか接近戦をしていたレオもあの火柱に巻き込まれたんじゃないだろうか?


「す、すげぇ!」

「さすが先生達だな」


 2つの上位魔法ハイスペルを見た生徒が驚き、満足そうな表情を浮かべる教師達。

 しかし、その火柱の中央から黒い影がゆっくりと姿を現した。

 燃えた表皮が上昇気流で舞い上がり消え、その部分が自己再生で修復されていく。

 予想通り門番にはたいして効いていない。


「うおおおおぉおぉぉおお!!」


 火柱の中から人型のもう1つの影が現れ、それは獣のような咆哮をあげた。


「あっついだろうがこのクソ野郎共が!!」


 灼熱色の赤髪をした妖艶な女性像、レオニスこと魔人ベ・リアだった。

 火柱に巻き込まれたのを利用して【黒猫スーツ】を脱ぎやがったな。

 それよりも…


 火柱を割って表れたベ・リアは怒りの表情を浮かべ、上位魔法ハイスペルを使用した2名の教師を瞬時に殴り飛ばし1撃のもと地面に沈めた。

 完全に頭に血が昇って攻撃対象が変わっているようだ。


「あの馬鹿、殺してないだろうな…」


 瞬時に教師2名を倒した魔人ベ・リアと、その背後から燃えながら歩み寄る門番の姿を目の当たりにしたガキ共は取り乱し、叫びながら走り去った。


 まぁ、ある意味好都合だ。

 学園関係者を戦闘に巻き込んで、その原因が俺様達だと知れたら何て言われるか…

 とりあえず、門番はベ・リアに任せて俺様は教師の安全確保と回復するとしよう。


「フッフッフ…久々の生身、この解放感。うおぉぉぉ!! 久々に全力で戦えるぜ!!」


 ベ・リアの全身から魔力マナが溢れ、門番がそれに反応し背中から生えた蛇の触手と両腕を大きく広げた。

 どうやら俺様は完全に攻撃目標から外れたようだ。

 俺様は気配を消して木々を縫うように迂回しながら、倒れた教師を回収し木陰に紛れた。


 顔面が腫れて変形しているが脈はあるし、どうやら生きているようだな。

 人間ごときが死ぬのはなんとも思ってなかったが、何故だか胸を撫でおろしている自分に気付いた。

 ラルクと行動を共にして人間種ヒューマンに対する「情」みたいなものを知ったからだ。

 すぐさま回復魔法ヒーリングスペルを使用し傷を癒す。


「うおぉらぁ!!」


 本来の姿に戻ったベ・リアは鬼神のような腕力で触手の1本を引き千切る。

 もう1匹の蛇が大きく開口して迫るが、引き千切った頭部を無理やり押し込み殴りつけた。

 抑圧された力を解放したベ・リアは力任せに暴れ、門番を翻弄する。

 その姿はさながら欲求不満を解消しているように活き活きとしていた。


 俺様が擬態を解かなくても、アイツだけで制圧できそうだな。

 そう考えていたその時、背後に複数の気配を感じて振り向いた。


「おい、あそこに先生が倒れているぞ!」

「あれ? あれってラルクくんの使い魔じゃない?」


「スピカ、スピカじゃないか!」


 巨大な木製の盾を構えた男達の後ろにラルクの姿が見えた。

 そして目と眼が合い、見つめ合う形となった。


「げげっ!」


「…げげ?」


 …最悪のタイミングだ。

 今現在この場所は、ラルクが出場している競技の真っ最中だったのか。

 どうする、どうする、どうする…


「は、はは…」


 俺様はラルクに対して引きつった笑いを浮かべるしかなかった。



◇◇◇◇◇◆



「――以上の書類がサンサーラ教団の布教状況と報告書となります」


 簡易的な口頭報告を終えて、サタ・ナは書類を机に収める。

 黒曜石の机に纏められた書類の束をみて僕は溜息をついてげんなりとする。

 毎日・毎日・毎日、書類に目を通して判を押す、そして気が付くと日が暮れている。

 書類の中身は現在の世界情勢、支配国の財政・人口状況、アビス国全般の情報把握など多岐にわたる。


 僕の情報処理能力は魔人達に比べたら圧倒的に早いが、よりに近しい思考で造られている為か勤勉よりも怠惰へと流れ易いらしい。

 はっきり言って面倒だし、誰かに丸投げできないだろうかと真剣に考えている。


「ねぇ、ラルクの報告書は?」


「…ここ数ヶ月は特に狙われる事無く、平穏な学園生活を送られておりますので不必要かと」


「あ・の・ね、必要だよ! 最重要情報でしょ!」


 サタ・ナは優しく微笑みながら小首を傾げる。

 スタイルが良い美人系が可愛いぶりっ子仕草をした時程、最上級に胡散臭さを感じる。

 まぁ、こいつの場合それを理解した上でしているからたちが悪い訳で…


「では書面に纏めて、改めてご報告をいたします」


「いやいや、口頭で良いから毎日報告してくれない? とりあえず、ここ最近の状況を報告してよ」


「わかりました」


 サタ・ナは伊達眼鏡を「クイッ」と持ち上げ、中空から分厚い手帳を取り出しパラパラと捲った。

 魔人は学習能力が高いから貪欲な知識欲を持ち、無意識に神人の真似事をし始める。

 その現象を”直哉なおや”は「エーアイの残滓」と呼んでいた。


 …最後に話してから、もう何億年たったかな?


 神人と呼んでいる上位存在。

 ”暗黒神ハーデス”こと如月直哉きさらぎなおや、オリジナル世界の創造主の1柱で天よりの使者。

 世界最高の女性魔術師ソーサラーで数多の極大攻撃魔法アルティメルスペルを操っていた。

 その名前は今も伝説に連なり、意識下から離れたアバターも子孫を作りタロス国の中で脈々と息づいている。


 この世界が彼の管理下から独立して数億年。

 僕は彼の忠告を守り、眠りから覚めた後もこの世界の観測者として生きている。

 記憶領域の隅に追いやられていた懐かしい記憶が少しだけ蘇る。


「……さま、……ス様。レイス様!」


 サタ・ナの呼び声で我に返る。


「今完全に別の事を考えていましたよね? やはり書面にしてもよろしいですか?」


「あはは、ごめんごめん。ちゃんと聞くからさ」


 サタ・ナは深い溜息をついて、手帳に視線を戻した。

 そして淡々と学園で起きた事を説明し始める。


 サンサーラ教団とユーイン家、学園入学とアルテナ国で刻まれた隷属の印の誤作動、そして現在開催中の競技祭。


「サンサーラ教団と揉めていた貴族ってユーインってことは、”伊集院咲耶いじゅういんさくや”の血族だったんだ」


 サクヤのアバターの子孫。

 現在家督を継いでいるのは他貴族からの婿養子だが、その娘がラルクと同じ時代に生まれ、今ハイメス国で行動を共にしているという。

 その事実に”運命”的な何かを感じる。

 なんかこう…歯車が嚙み合おうとしているような気がする。


「…うん? 今さ、隷属の印が誤作動して瀕死になったって言ってなかった?」


「はい、言いました」


 僕はサタ・ナのネクタイを力任せに掴み、彼女の顔面を引き寄せた。


「ナニソレ、ドウイウコト?」


 普段冷淡な表情を浮かべるサタ・ナの顔色に動揺の色が見えた。


「…レイス様落ち着いてください。無事です、無事ですから」


「アタリマエダ」


 久しぶりに興奮と怒りの感情が沸いた…

 サタ・ナの色白の頬を一筋の汗が流れ落ちる。


 もし”不死”という特性がなければラルクは死んでいたという事実が僕の感情を揺らしたのだ。

 以前、彼が片足を失って僕を呼んだ時は久しぶりに出会える嬉しさが勝って怒りの感情が沸く事はなかった。

 よくよく考えたら2度も死に近い状況に陥っているじゃないか。


 しかし、怒りの感情を目の前のサタ・ナにぶつけた所で過去が変わるわけじゃない。

 そう考え、感情の高まりを抑える。


「……で、原因は?」


「何者かが封門ゲートに干渉し、その時に術者の血縁者が近くに居た事が誤作動の原因だと推測しています。あの学園には魔法スペルの扱いが得意な者が多く、すぐに治療が行われ、事無きを得たようです」


 隷属の印は術者が発動を望み、魔力マナを込める事で全身の毛穴から血液が全て放出され絶命する…だったかな?

 加護のおかげで死ぬ事はないが、その分意識がある限り永続的苦痛を味わうと思う。

 彼が肉体が弱ければ意識を失う、しかしこの先なまじ強くなればなるほど長く苦痛を味わうだろう。


 僕は、でも彼は違う。

 僕がラルクの事を考えているとサタ・ナが真剣な表情で問いかけてきた。


「ラルク様の安全のため術者を殺しますか? このアビスに拉致する事も可能です。1週間いただければ、私自身が軍を率いて制圧する事も可能です」


 サタ・ナの提案が1番楽で安全で確実な方法だろう。

 隷属の印はこの世界の連中が勝手に造った術だから、”世界のことわり”から外れている。

 すなわち、術者が死ねば解けると思う。


 あえて放置しているのは、高位の術者と繋がりが出来る事で”恩恵”が得られているからだ。

 ラルクの魔力マナが未だ膨大に増え続けているのは、”僕との繋がり”と”隷属を強いている人物”との繋がりが影響している。

 まぁ、”恩恵”に関しては、この世界に暮らす連中は気付いてないようだが…

 誤作動するのは、ことわりの外で造られた不完全なものだからだと思う。

 大事なラルクに隷属の印を刻んだヤツはムカツクけど、恩恵が受けられている内は生かしておこう。

 そもそも大多数の種族が僕を敵視している事自体、微妙に納得がいかない。


 アビス国の最終目標は平和的に全世界を統治する事だ。

 軍を率いて制圧するのも論外だ。


 そう、今はまだ色々我慢だ、彼を信じて未来を見据える。

 僕と彼の能力と膨大な魔力マナがあれば、多分なんだって出来る。

 僕は彼の望みを全て叶えてあげたい。


「全て却下。少し気持ちが高ぶっただけ、彼の成長には不可欠な事だから必要以上に干渉しなくていい…今はね」


「わかりました」


 今は……ね。

 アルテナ国の現教皇だったっけ、いずれ必ず僕の手で魂ごと”消滅”させてやる。

 個人的私怨を心に刻み、冷静さを取り戻した。


「ねぇ、競技祭を観戦にいかない?」


「駄目です。ハイメス国と直接戦争になりかねませんよ?」


 感情に任せて脅すような態度をとったから、少し怖がらせちゃったかと思ったけど、流石にサタ・ナは肝が据わっている。

 僕の意見はあっさりと却下された。


「…ちぇっ、そこは君の外交能力で解決してくれれば良いじゃん」


「無理ですね、それよりもお仕事をお願いします」


「ブー! ブー!」


 僕は不機嫌さを隠すことなく書類に目を通し始めた。

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