第29話 樹海で迷う者達と人生に迷う者達
◆◇◇◇◇◇
-ピトゥリア国 南東の港-
約6日間の船旅を終えて、僕達はピトゥリア国南端の船着き場へと辿り着いた。
この7日間は海が荒れる事も無く、常に快晴という絶好の航海日和が続いていた。
小さめの流氷なら騎士団の3人が
航海中は日々地道な筋肉トレーニングに加え、剣と
1番きつかったのはシャニカさんと剣で対峙しながら、アネッタさんとルーティアさんが後方から
たまにルーティアさんがシャニカさんの後頭部に火炎球を当てて(わざとなのか?)、乱戦となったりしていた。
結果、攻撃を回避する身のこなし方が多少上達した。
特に問題も無く安全な航海ができた事がなによりだった。
・・・っと1つだけ怪現象のような事が起きた。
使われて無い船室のベッドが破壊され、その原因が不明という奇怪な事件だった。
皆一様に首を傾げ、「こんな事は初めてだ。」「出向した時は問題なかったのに・・・。」と口々に漏らしていた。
騎士団の人達が密航者がいるかも知れないので警戒を厳重にすると気張っていた。
翌日からネイが僕を心配して張り付くように行動していたのは言うまでもない。
「・・・妙ですね。」
「絶対おかしいノ!」
セロ社長とシャニカさんが船着き場から森林地帯の方角を見て怪訝そうな表情を浮かべていた。
雪深い国と聞いていたけど春が訪れたかのように雪は溶け、温かな気候が周囲を包んでいた。
もともと雪深く年中溶ける事の無い凍土の国と聞いていたけれど、そんな様子は微塵も感じない。
セロ社長とシャニカさんが不思議そうにしているのは、それが原因らしい。
港の酒場で話を聞くと、ここ最近謎の気候変動のせいで晴天が続き雪が溶けだしていると話していた。
前代未聞の事態が続き、生態系や仕事に支障が出ていると言う。
「取り敢えず、アルフヘイムへ向かいましょうか。シャニカさん道案内をお願いしますね。」
「わ、分かったノ!」
シャニカさんは方位を計る魔導具を取り出し、北東の方角を目指して歩き始めた。
前衛はシャニカさんが務め、側面をアネッタさんとルーティアさんが固め後方の警戒をネイが務める。
しかし、気候変動の影響か道中モンスターに遭遇する事はほとんどなかった。
雪が溶けているせいか地面がぬかるみ、足を取られる。
本来は港に到着した時点で
休憩も含め約2時間くらい森の中を歩いた。
高い山岳地帯を背景に麓から生い茂るように広がる森林地帯に辿り着いた。
シャニカさんの話ではこの森林地帯は「迷いの森」と呼ばれる場所で、この森の中腹に目的の村が有るらしい。
身の丈10メートル以上あるような巨木が無数に聳え立ち、青々と若葉を付けて日光を遮っていた。
周囲を見渡すと同じような風景が広がり、自分の位置を見失いそうだった。
「かなり広範囲に結界が張ってあるな。それに、もう1つ妙な
スピカの表情は見えないが、何か釈然としないような物言いをしていた。
「凄い!スッピー分かるノ?」
シャニカさんは背伸びして僕の頭のスピカを撫でる。
スピカは「シャー!」と言いながら、シャニカさんの手を払い退ける。
「触んな!
頭上から小さな手で側頭部をペシペシと叩かれる。
僕は少しだけ
「お前が頭の上から降りればいいだろう。」
「俺様はお前を守ってんだよ!だからお前も俺様を守れ!」
どういう交換条件だよ。
しかも一方的かつ、無条件でいつのまにか締結された契約なんて詐欺に近いような気がする。
だいたい、単純に動くのが面倒でいつも頭の上で寝ているくせに。
何度か降りろと言ったが、スピカは「ここは俺様の"べすとぷれいす"だ。」とか訳の分からん事を言って動こうとしなかった。
「こっちナノ!」
その後、僕達はシャニカさんの後について薄暗い樹海へと足を踏み入れた。
小柄な見た目から、勝手に子供っぽいと思っていたシャニカさんが今は頼もしく見える。
「副隊長、ラルク君が滑るといけないので手を引いてあげて下さい。私が後方警戒に回ります。」
そう言うとルーティアさんが後方に下がり、ネイが僕の左側面に移動して手を繋いできた。
不意に握られた左手の手袋越しにネイの握力を感じる。
右側面を警護していたアネッタさんが後方のルーティアさんに親指を突き出して何かの合図を送っていた。
そしてルーティアさんも誇らしげに頷く。
あれは騎士団内で使われているハンドサインなのだろうか?
うーん、凛々しく見えてカッコイイな。
森の中では何度かモンスターに遭遇した。
雪原巨大ウサギやホワイトベアと呼ばれる雪国固有のモンスターだ。
気候変動の影響を受けて弱っているのか、タクティカ国の森に生息する個体よりも動きが鈍いように感じた。
僕も戦闘に参加しようとしたが、ネイが頑なに手を離してくれなかったので動く事ができなかった。
実戦に勝る経験はないと思うのだけど、セロ社長と僕を守るのが彼女達の任務なので戦わせてくれないのは当然なのかも知れない。
更に2時間くらい歩いただろうか?
東西南北どこを見渡しても薄暗い森の同じ風景が広がる。
樹海とも呼べる森の奥の方まで来た所で、急にシャニカさんが膝を付き地面に手を付いた。
「お、おい!どうした!?」
突然の事態にアネッタさんとネイが彼女に駆け寄った。
僕もネイに腕を引かれ彼女の様子を見る。
――その時、彼女は衝撃的な一言を発した。
「・・・・迷ったノ。」
「えっ!?」
僕達6人は巨木が鬱蒼と茂った樹海の中腹で途方に暮れる事となった。
◇◇◇◆◇◇
右手に音声を念波に変えて近距離通信を行える珍しい魔導具を持ち、目標の監視を続けていた。
2年ぶりの大きな任務に俺達は少しだけ緊張している。
・・・今回の任務は目標の捕縛だ。
生きたまま捕縛するというのは、正直抹殺するよりも難易度が高い。
したがって、様々な任務を経験してきた俺でも慎重に動かなければならない。
まったく、上司の汚名返上と名誉挽歌がかかっているとはいえ面倒極まりない仕事だ。
『ベリア様、目標は迷いの森内部で再度休憩を始めました。そろそろ
俺は薄暗い森の茂みに身を隠し、直属の上司に通信を繋げる。
脳筋の上司は「いけ!」「さがれ!」や「YES!」「NO!」くらい単純な指示しか出さない。
その為、俺と相棒が主な作戦の立案をおこない、単純な指示を仰ぐというのが通常業務となっていた。
『てめぇ殺すぞ!?俺は
耳元で上司の甲高い声が鼓膜を刺激する。
距離があるとはいえ、茂みに身を隠して目標を監視している状態なのだから声量には注意して貰いたいものだ・・・。
まぁそんな事を言うと更に声量が上がり、森全体に響き渡りそうなので言わない。
俺は無言で音量を下げる、20段階で下から3番目くらいが丁度良いだろう。
『申し訳ありません。リア様、お許しください。』
『リアが名前じゃねぇ!ベ・リアだ!』
上司の名前は魔人ベ・リア。
美しい容姿だけが取り柄の気性の荒い脳筋魔人だ。
理不尽な暴力や暴言が当たり前のブラック上司に対して、俺はストレスが溜まっていた。
俺はいつものように「言葉」で上司に報復をする。
『重ね重ね気安く呼んで申し訳ありません。お許し下さい、ベ様。』
『「ベ」が名前じゃねぇよ!「ベ・リア様」全部で名前だ!!なめんな!』
このように、わざと馬鹿のふりをして上司の苛立ちを貯めるのが日課となっていた。
殴られないギリギリのラインで甘いスイーツでも与えておけばコロッと機嫌が直るので、躊躇する事は無い。
『申し訳ありません!ベ・リア
『ちっっげぇーよ!「ベ・リア」が名前で「様」が敬称だよ!お前絶対に分かっててやってんだろ!』
当然だ馬鹿女め。
もう1回くらいは煽れるだろう。
『・・・それで、猟犬を
『な・が・す・な!』
・・・よし!ここで止めておこう。
これ以上煽れば魔導具を握りつぶして俺を殴りに来るだろう。
あの人の腕力で殴られたら任務続行は不可能になる。
なんたって腕力の強さは右に出る者がいないと噂される程の強者だ。
俺は改めて思う。
何で俺はあの時、この人に着いて行ったんだろうか・・・。
「おい、その辺で止めとけ。こっちに来られたら面倒になる。」
後方から相棒のストラスが小声で話し掛けて来る。
さすが俺の相棒だ、ベ・リア様の怒りの許容量を熟知している。
『分かってるって!あっ!?』
俺はつい魔導具を口元に当てたまま喋る。
『急にタメ口か!?お前・・・』
あ、ヤバイ・・・ベ・リア様からしたら「流すな!」「分かってるって!」的な会話の流れに聞こえたかも知れない。
いや、聞こえたのだろう。
・・・ピッ!
俺は咄嗟に魔導具の通信を切る。
ふぅ・・・逃げるか?
いや、そんな事をしたらティンダロス国から国際指名手配されかねない。
「いまのは不味いんじゃないか?バラム・・・」
相棒が不安そうな表情を浮かべる。
20パーセントくらいはお前の責任でもあるからな、責任を折半・・・っといっても殴られる人数が2人に増えるだけだがな。
「・・・思わず切っちまった。」
俺は右手に握った魔導具を見つめる。
・・・仕方が無い、通信範囲外に入ったとか言って適当に誤魔化すとしよう。
あと、美味しいスイーツの用意も必要だな。
12年前にベ・リア様が国の方針に切れて、魔人デウス様と共にティンダロス国へ亡命した。
それに付いて行ったのが部下になったばかりの俺とストラスだった。
・・・あとデウス様には御付きのメイド魔人シトリーが付いて来ていたな。
俺と同僚のストラスは少し後悔していた。
アビス国でも10本の指に入る実力者で、絶世の美貌を持つ魔人ベ・リア。
崇拝にも似た人気のある美しい魔人の部下に選ばれた時、俺は小躍りしたものだ。
そう、あの時俺は若く、そして未熟だったんだ・・・。
あの時辞退していれば、今もアビス国で安定した仕事に就けていたはず。
小躍りして喜んだのもつかの間、超絶美人上司は噂以上に傲慢だった。
傍から見たら、その傲慢な振舞いは恰好良く見えたものだ。
しかし、いざ配下に入ってみるとその"アタリ"がきつい。
・・・ハッキリ言って、パシリ以下だ。
右も左も分からないまま、ティンダロス国に亡命して実力でそこそこの地位には就いた。
だが、しかし!仕事に対しても文句を言いたい!
知略系業務の得意な俺が作戦立案を行い、下位天候操作が行えるストラスが作戦に合わせて有利な状況を構築する。
そしてベ・リア様が作戦無視をして暴れ出し、俺達がフォローや隠蔽に勤しむ。
・・・といった感じなのだ。
2年前に目標の暗殺に2度失敗し、それをデウス様に咎められたベ・リア様は逆切れして暴れた結果、特製の頑丈な牢屋に幽閉された。
俺とストラスも含めた任務に関与していた連中も減給と降格をくらい、ベ・リア様と同郷の俺達は肩身が狭い状況に追いやられた。
そしてこの2年間、俺と相棒は常に少年の監視・報告をさせられていた。
その間にデウス様はティンダロス国の宰相まで昇りつめた。
上下関係となったデウス様との確執もあり、ベ・リア様はティンダロス国に窮屈さを感じ始めている。
「この仕事がベ・リア様とする最後の仕事になるかもな。」
デウス様が牢から出す時にベ・リア様に対して「最後のチャンスです」と言った。
今回の任務に失敗したら、ティンダロス国に居場所がなくなるかも知れない。
その為、今回の任務は失敗ができない。
――急に俺の中に昔の記憶が蘇る。
当時感じた疲労感と焦燥感・・・苛立ちながらも楽しかった日々の思い出が浮かんでは消える。
あの馬鹿上司の下で働くのは嫌なはずなのに、どこか居心地の良さを感じている。
俺はいつのまにか「ドM」にでもなってしまったのだろうか。
よく分からない寂しいとも思える感情を抱いていると、ストラスが力強く言葉を発した。
「・・・きっと、うまく行くさ。そうだろ?相棒。」
俺は大きな溜息を付く。
あの人の性格を考えると、ベ・リア様はこの仕事を成功させた後その報酬として国を出ると言うだろう。
生活力の無い彼女は当然パシリとして俺達を引きずって行くに違いない。
しかし、もし作戦が失敗して逃亡した場合・・・
ティンダロス国から指名手配され、追われる立場になるだろう。
・・・そんな生活はまっぴらごめんだ!
「・・・ああ、成功させないとな。」
今回の俺達の目標はラルクと言う少年を奪還しティンダロス国へと引き渡す事だ。
2年前は抹殺と言う指令だったが、何故か生きたまま捕縛する事になった。
詳しくは聞かされて無いが対アビス国への最終兵器になると言っていた。
正直言ってどうでもいい。
ただハッキリ言えるのは、あの少年は油断出来ないという事だ。
忘れもしない2年前、あの少年は特殊個体の猟犬を一撃で倒したのだ。
1度目の襲撃ではベ・リア様が「腹減った!」と言い出し、極寒の海でクラゲに刺されながら密漁している間に猟犬が何者かに跡形もなく倒され、少年の姿も見失うという失態で終わった。
2度目の襲撃では、ベ・リア様が魔人アル・ゼ様と遭遇し交戦開始。
その間に強化個体の猟犬を街に放ったがそれも倒され、あのベ・リア様も重症を負って敗退するという結果だった。
そしてティンダロス国の王妃イノグーラ様とデウス様に叱責を受け、ムカツクと言う理由で猟犬13匹を撲殺し2年間投獄されると言う始末・・・。
そして、これがティンダロス国での最後の仕事って訳だ。
成功すればベ・リア様は自由になれるかも知れない。
しかし失敗した場合はどうなるか・・・。
今回は猟犬2匹と大型魔獣:双頭の怪物オルトロスを用意した。
オルトロスは猟犬のように空間転移は出来ないが、肉体が肉体を持った上位の個体となる。
ベ・リア様が出るのは・・・最終手段だ。
あの魔人が本気で暴れ出したら少年諸共、この周辺一帯を壊滅させてしまう可能性が有る。
なんとか3匹の獣を使って、我々だけで作戦を成功させなければならない。
――今回の作戦はこうだ。
まずはオルトロスに向いている戦闘環境の構築。
相棒の能力で周囲を「干ばつ」の状態に変化させる。
広範囲に使用している為か雪を解かす程度しか出来ていないが、それでも十分だろう。
まず作戦第1弾は村に到着する前に猟犬を放ち、連中の戦力を計る。
大規模な軍備増強計画を立ち上げ、強化されたタクティカ国の騎士の強さを見せて貰う。
あわよくば、ここで拉致して逃走中にオルトロスを放って作戦終了だ。
仮に猟犬が討伐された場合、作戦第2段に移る。
夜間の村にオルトロスを放ち暴れさせ混乱に乗じて少年を拉致する。
通常の猟犬4匹以上と対峙できる能力を持ったオルトロスならば倒される事はないだろう。
しかし、この場合はベ・リア様の協力が必要になるかも知れない。
・・・大丈夫だ。
護衛に厄介な騎士団長は居ない。
ヤツの剣ならば、通常個体の猟犬程度なら簡単に倒してしまうだろう。
作戦を脳内でシミュレートしていると相棒が俺を静止した。
「待て、止まったぞ。」
「休憩か?何か落ち込んでいるようだが・・・いや、丁度良いか。」
俺達は黒い正十二面体の宝石を取り出す。
召喚魔導具の劣化版で猟犬を収めておく、言わば簡易的な犬小屋だ。
「よし、行くぞ。」
「おう!」
ラルクと言う少年以外は食い殺して構わない。
そう猟犬への指示を念じながら
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