第22話 5文字刻みを習得した

僕はまず手渡された用紙に書かれたルーン文字を確認する。

「ウル」「ティール」「シゲル」「ソーン」「イング」の5文字。


ウル:荒々しく大きなエネルギー

ティール:実力を発揮し勝利に導く

シゲル:強大なエネルギー「太陽」の象徴

ソーン:勇気を与える力

イング:目標の達成


文字の意味を考えると、無属性の物理戦闘に特化した武器に仕上がる感じだ。

以前造ったルーングラディウスよりも物理的に強くなるのは間違いない。


2メートル弱の巨大な刃にルーン文字を書き連ねる。

グレイス大臣はルーン武器作製を初めて見るのか、興味深そうに作業を眺めている。

剣の刃を半分鞘に納め床に置き、柄の部分を強く握りそして魔力マナを集中させる。

後は一定間隔で魔力マナを流し続ける。

一見簡単な作業だと思えるけど意外と肉体的にも精神的にも疲れる。


例えるなら、片手で1キログラムの重りを持ち上げるのは子供でも出来る。

しかし、それを水平に持ち上げて20時間下ろさず維持し続けるのはかなり辛い。

・・・言ってみればそんな感覚だ。


ルーン文字の効果一覧の書かれた写本を読んでいたレヴィンが質問を投げかけて来た。


「ラルク、集中している所悪いけど質問良いかな?この最後の文字は一体何だい?」


レヴィンは文字欄の最後にを指さして聞いてくる。

それは僕も最初疑問に思ってレウケ様に聞いた事が有る。


「ええとね、名称はワイルド。"新たな可能性を導く力"の意味があるらしい。刻む時は特殊な記号を書くらしんだけど、その記号自体失われた文字らしいんだ。完成したら見た目が空欄のようになるみたい。」


「ほう。どんな効果があるんでしょうね?」


「それはレウケ様も分からないと言っていたから・・・。」


レヴィンは顎に手を当てて、考えるように視線を写本に戻す。

レウケ様が「の師匠なら知っているかも知れない」と話していた。

なんでも、世界中を旅して回っている風来坊のような古代妖精種エンシェントエルフらしい。

いつか、タクティカ国にも来てくれないだろうか。


「時にラルク君、その剣が成功した時の報酬なのだが、1000万ゴールドで良いか?」


グレイス大臣が突然、成功報酬の話を始める。

しかも、思わず2度聞きするような高額報酬を提示した。


「い、いっ・・・1000万!?」


僕も驚いたが、1番驚いて声を上げたのはロジェ先輩だった。

武器1本作製で1000万ゴールド、しかも素体費用抜きで・・・。

もはや武器屋で売買される金額を逸脱している。


僕はどう返事して良いか分からずレヴィンの方に目を向ける。

それに気付いた彼はコクリと頷く。

価値が如何程か測り兼ねるけど、彼の判断を信用しよう。


「はい。そちらで構いません。」


「うえっ!?ラルク、1000万だぜ!?法外じゃないか!?素体を用意したのはグレイス様だぜ?せめて素材分は引くべきじゃないか?」


ロジェ先輩が慌てた様子で僕に喰いつく。

僕もロジェ先輩の意見には全面的に同意する。

想像だけど、素体だけでも300万ゴールド以上はするはず。


「大丈夫ですよ、グレイス大臣はこの国でも有数のお金持ちですから。どうせなら2倍くらい要求しても良いでしょう。」


レヴィンはニコニコした表情でもっと吹っ掛けても払ってくれると話す。

・・・・彼なりの冗談だと思いたい。


「おいおい、ワシの財布の紐はカミさんが握ってるんだ。なけなしのヘソクリを用意して来たんだから勘弁してくれ。」


レヴィンの言葉に対してグレイス大臣がおどけて見せる。

先程まで感じていた威厳が吹き飛ぶような発言に、その場が少し和んだような気がした。


「すみません、冗談ですよ。でも1000万ゴールドなら妥当なんじゃないでしょうか。」


「まぁ、もし成功出来たらそれだけの価値が有るという事だ。遠慮する事は無い。」


面と向かって自分の技術の社会的価値を金銭換算して提示されると信じられない反面、自信に繋がる。

しかし、その事を踏まえるとタロス国で1000万ゴールド級の武器を壊したって事か。

あれってレウケ様の自腹で買ったグラディウスだよなぁ・・・

今更になって少し罪悪感に駆られた。



――3時間経過。


ルーンツーハンドソードを生成し始めて、もうすぐ2文字目が刻み終える。

2文字だけなら2時間弱程度で造れるが、合計5文字となると途端に負荷が加わる。

3文字目以降は本当に進まない。

それこそ以前5文字刻めたのだって、切迫した状況下だったからこそ成功したのかも知れない。

したがって、今回成功する保証はどこにもない訳だ。


「・・・5文字になると作業長でも時間が掛かるんだな。」


ロングソードに2文字のルーンを刻みながらロジェ先輩が訊ねてくる。


「ええ、文字数が増えれば増える程、魔力マナの浸透率が低くなるんですよ。こう、押し戻される感じで。」


「ああ、さっきから感じ始めた、こういう事なんだって・・・。」


ロジェ先輩は2文字で既に圧力のようなモノを感じているらしい。

通常基準で2文字刻みは4時間が平均だけれど、今の先輩の技術では6時間以上はかかるかも知れない。

下手したらその前に魔力マナ不足で気絶する事もある。


「ロジェ君大丈夫かい?少し顔色が悪いぞ。」


「な、なんのこれしき・・・。」


「がはっはっは!男なら根性を見せろ!」


ルーン武器を作成しながら話していると、工房のドアがノックも無く開いた。


「お、ここに居たのか!探したぜ!腹減った!」


そこに現れたのはスピカだった。

いつも夜更かしをしているスピカがようやく起きたようだ。


「やぁスピカ。お邪魔しているよ。」


「おう!にーちゃんか。あとロジェと・・・そっちのおっちゃんは?」


「おまっ・・・!!」


スピカがグレイス大臣の事をおっちゃん呼ばわりする。

そして、その台詞を遮るようにロジェ先輩が叫ぶ。

仮に軍務大臣だと知ってても、多分スピカの態度は変わらないだろう。


「喋る猫か珍しいな。ワシはグレイス、ラルク君に剣の作製を依頼したんだ。」


「そうか、俺様はスピカ。ラルクの世話役だ、宜しくなおっちゃん!」


誰が世話役だ!まったく・・・。

食物をたかりに来といて、どの口が言うのかと問い正したい。


「あわわ・・・」


「先輩、集中を絶やさないでくださいよ。」


そして、ロジェ先輩は軍務大臣という地位を気にし過ぎてる。

スピカの事より、自分の作業に集中して欲しい。


「がっはっは!なんとも可愛いな!」


「だろ?おっちゃん見る目あるぜ!」


グレイス大臣とスピカは互いに大笑いしていた。

性格が似ているのか1人と1匹は、とても意気投合したようだ。


「あ・・・」


「パキッ」っと音を立ててロジェ先輩の造っていたルーンロングソードが折れてしまった。

ほら、集中を欠くから・・・先輩の場合、部屋の隅で孤独に作業した方が成功率が上がりそうだな。

その後、ロジェ先輩は言葉を発する事無く、うつ伏せになり動かなくなった。

工房では寝る事はできないはずだから、"ふて狸寝入り"といった所だろう。


スピカは軽やかなステップで僕の頭部に登り、しな垂れかかる。

そして両手脚と尻尾を使って、僕の頭をペシペシと叩き始める。

この程度では作業に支障をきたさないが非常にうっとおしい・・・。


「こんなのちゃちゃっと造って飯にしようぜ!」


「5文字だから、あと17時間くらいは動けないぞ。」


「マジか!?」


スピカは僕の言葉を聞いて頭の上で力無く溶ける。

部屋の食料保管庫にある保存食を食べれば良いのに・・・。


「スピカ、僕が何か作ろう。何が食べたい?」


「!?・・・肉!!」


落ち込んでいたスピカは途端に顔を上げてキラキラした目でレヴィンに反応する。

レヴィンが工房内の調理場に向かうと、スピカも小走りでそれを追いかけて行った。


「あれはラルク君の飼い猫なのか?」


「僕の世話役らしいですよ?・・・初耳ですけど。」


「わっはっは!仲は良さそうだな!」


それは否定しない、仲は良いと思う。

何だかんだで、スピカは色々と教えてくれたり相談に乗ってくれたりしてくれる。

大雑把で食いしん坊だけど、そこが可愛い所でもある。

調子に乗るから本人には言わないけどね。



――更に5時間経過。


スピカはレヴィンの作った焼肉をモシャモシャと食べ終えてゴロゴロしていたが、飽きたのか僕の胡坐あぐらの窪みで丸くなって寝てしまった。

スピカは僕の頭の上と胡坐あぐらの窪みがお気に入りスポットらしい。


「ラルク、スピカは睡眠無効の魔石は効かないのかい?」


・・・当然の疑問だろう。

スピカは睡眠無効の影響をもろともせず、気持ち良さそうに寝ている。


「いえ、実は・・・」


スピカは魔法スペルで自分自身に結界を張り睡眠無効を無効化し直すという、なんとも無駄な事をしている。

・・・2階で寝れば良いのにと思ってしまう。


「スピカ君は魔法スペルまで操るのか・・・ふむ。」


グレイス大臣は不思議そうにスピカを見つめていた。

その時、一瞬部屋全体が輝く。


「出来たぁぁぁ・・・・ぁぁ・・・ぁ!!!」


ロジェ先輩が叫び声を上げて、そのまま意識を失った。

休憩後、再挑戦していた2文字刻みのロングソードが完成したようだ。

しかし完成と同時に魔力マナが尽きて気絶した。


「2階の空き部屋に寝かせてきますね。」


「すみません。お願いします。」


レヴィンが倒れているロジェ先輩を抱えて2階へと上がって行った。

ロジェ先輩の造ったルーンロングソードをグレイス大臣が手に取り、品定めするように見つめる。


「なるほどのう、こうして完成する訳か。どんな人物であろうと魔力マナが枯渇すれば意識を失い気絶する。戦場であれば確実に命を落とす行為だな。ふむ・・・まさに命懸けの仕事だな。」


2文字刻みのルーンロングソードは、この店で10万ゴールドで販売している。

とりあえず初成功という事で、とてもめでたい事だ。


「時に、ラルク君はどうしてルーン技術を学ぼうと思ったんだ?」


何気無い会話の中でグレイス大臣が僕に問いかける。

きっかけは偶然なんだけどなぁ・・・。

その時、ロジェ先輩を運び終えたレヴィンが2階から戻ってきた。


「ええと、研修者選別の時に魔力マナの測定器を壊してしまいまして、それで社長推薦を頂いた感じです。」


グレイス大臣の顔に疑問の2文字が浮かぶ。

そして、その疑問が次の質問へと変わる。


「・・・測定器を壊した事と何か関係があるのかい?」


「ルーン武器を造るには魔力マナ総量が多い方が有利なんです。僕の魔力マナ総量が測定器の許容量を超えたらしく壊れてしまったんです・・・・あっ!えっと、測定器がかなり古かったって言ってましたけど、それが原因ですかね。ハハハ・・・。」


説明しながら魔力マナ総量が異常だという事を自分で語っていると気付き、軌道修正を試みて微妙に変な感じになってしまった。

正確にはタロス国の最新器で再度測定しなおしたけど、そこでも壊れたので測定結果は正確だったのだろう。


「ほう・・・?」


グレイス大臣は目を細め怪訝そうな表情で僕を見つめる。

ああぁ・・・なにか疑われるような視線が痛い。

僕は思わずグレイス大臣の視線から逃れる為に顔を伏せる。


この街で破壊神の加護の事はネイとスピカしか知らない。

異常魔力マナ総量の持ち主という観点から破壊神の加護が発覚・・・なんて洒落にならない。

ああ、もう僕は馬鹿だ・・・。

僕が混乱していたその時、レヴィンが口を開いた。


「古い魔力マナ測定器は限界測定値が低いと聞きます。彼の魔力マナ総量はA級冒険者以上なのでしょう。」


偶然とはいえ、ナイスフォローレヴィン!

変な疑いをかけられたくは無いからな・・・。


「・・・・そうか。それは冒険者としても上を目指せそうだな。」


グレイス大臣の表情が元に戻り、僕はホッと胸を撫で下ろす。

その後はグレイス大臣の家族の話となり、僕も故郷の事を少しだけ話した。

しかし、さすがに国外追放にされた事は話せなかった。

レヴィンにはいつか破壊神の加護の事を話さなければいけないな・・・。


しばらくすると工房にリアナ先輩が訪ねて来てグレイス大臣に挨拶をしていた。

彼女は店が閉店した事を伝え「では、ごゆっくり」と言い帰宅していった。

・・・もうすぐ20時か。


その後、店舗清掃業務を終えたアーシェ先輩が工房にロジェ先輩を訪ねてきた。

魔力マナ不足で倒れて2階で寝ていると知るとお見舞いに向かった。

そして、30分後に目を覚ましたロジェ先輩と共に工房に戻ってきた。


「いやぁ、気絶してました。前後の事をまったく覚えてない・・・本当、面目ない。」


ロジェ先輩は微妙にへこんでいる様子だ。


「ロジェ先輩、2文字刻みは成功してますよ。おめでとうございます。」


「・・・マジで!?」「凄いじゃないロジェ、おめでとう!」


先輩達は2文字刻みの成功をハイタッチをして喜んでいた。

その後、レヴィンとロジェ先輩とアーシェ先輩が少し遅い夕食を造り皆でいただく。


動けない僕はレヴィンとロジェ先輩に交互に「あ~ん」と食事を口に運んでもらった。

・・・そして、その光景をグレイス大臣とアーシェ先輩とスピカが、腹を抱えて笑うという公開処刑のような羞恥プレイを味わうのであった。

これならネイに食べさせてもらって揶揄からかわれた方が100倍マシだ。


閉店から2時間後に食事の片付けを終えてアーシェ先輩は帰宅して行った。



――更に10時間経過。


この部屋は眠くはならないけれどその分、体への負荷は普通以上にかかる。

時間と共に皆無口になり、ただ僕の剣の文字が刻まれていく様をジッと眺める。

・・・最後の5文字目がジリジリと1ミリずつ刻み込まれていく。


不意に手元の剣が眩く輝く。

総作製時間約18時間、現在の時刻は午前4時55分。

僕は5文字刻みのルーンツーハンドソードを完成させた。


「か、完成しました。」


「うおおぉぉ!すっげー!!!」


ロジェ先輩が驚きの声を上げる。

僕は安堵してホッと胸を撫で下ろす。

そして、完成したばかりの大剣をグレイス大臣に受け渡した。


「・・・素晴らしい。もはや、素体とは別物の剣だな。」


「全くですね。後で試し斬りをさせて貰っても宜しいでしょうか?」


「そうだな。明日・・・いや、もう今日か、後でラルク君達も付き合ってもらえるかな?」


「分かりました。御一緒させていただきます。」


どうやら喜んで貰えているようで安心した。

そして作業を終えた僕達は2階の宿舎を使い休む事となった。

十分な睡眠を終えていたロジェ先輩は、僕達が寝ている間に3文字刻みに挑戦すると息巻いていた。


僕は眠りこけているスピカを抱き、2階へと移動しベッドに横になる。

以前タロス国では約21時間かかった5文字刻みを今回は約17時間で完成させた。


成功した安堵感と5文字刻みを習得した嬉しさを感じながら、僕は深い深い眠りへとついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る