18. 小さな挫折感

「あ、アズサ大丈夫だって〜!」

「うん……」

「えっと……ほら!私の方が魔力多いってことは、アズサが魔術使えなくなっても、私が守ってあげられるじゃん!!」

「……それ逆になったら私、ミール助けられないかもじゃん」

「え、ん、あー……うぅ〜!!!もぉ〜元気出してよぉ〜!!アズサ〜!!」


 体魔力の検査結果に対して意気消沈いきしょうちんしていた私をなぐさめようとミールは声をかけてくれた。

 だが、彼女の気遣きづかいはうまくいかず、結局はどうしようもなくなったミールに両肩をつかまれ、私はなすがままにゆささぶられていた。


 いいでしょ、しょうがないでしょ、今はいじけさせてくれ。

 だって今までの私、ミールに対しては先に立つから任せて!みたいな雰囲気を出していたのに、結局ふたを開けたらこれっていう。

 私は五八〇、ミールは八七〇ぐらい……そりゃ落ち込むよ。不安になるよ。なんか過去の自分のせいで余計よけいみじめに感じるよ、今の自分。


 それに、感情的なあれこれを無視して考えても、やはり不安が先立ってしまう。

 この世界の魔術師は、もしかしたら戦闘面せんとうめんでは補助的ほじょてきなポジションかもしれない。

 それでも、前衛ぜんえいであろう彼女より体魔力が低いという事実を前にすると、もしものリスクを考えてしまう。


 ここで前世の価値観を出すのは筋違すじちがいかもしれないが、大抵たいていのゲームだと、後衛こうえいである魔術師の方が前衛ぜんえい格闘家かくとうかよりも保有ほゆうするするMPマジックポイントが多かったりする訳で。それも、多分魔術師の方が複雑ふくざつな魔術使うから〜みたいな?仕方ない理由?ありそうじゃんこの世界でも。


 お昼の時に見つめ直して明確になったはずの目標。そのギラついたように錯覚さっかくした輝きも、今では遠くで光る小さな豆電球まめでんきゅうに思えてくる。

 いや、やるしかないのは分かってるけど……本当に大丈夫なのか、私。ミールの役に立てるの?お荷物にもつにならない?

 どうしようもないことだが、今はそんなことをぐるぐると考えてしまわずにはいられなかった。


「……さて、みなさん!体魔力たいまりょく検査、お疲れ様でした!」


 気落きおちしている私のことなんか知らないと言わんばかりに、コウレンの声が聞こえた。

 肩を落として猫背ねこぜになりながらも、とりあえずは彼の方へと私は顔を向けた。


「……今回の体魔力たいまりょく検査で皆さんが知った数値すうちは、今後の迷宮探査員めいきゅうたんさいんとしての活動でも重要なあたいとなります。それは、皆さんが極限環境きょくげんかんきょうである迷宮内で生きられる限界値げんかいちであり、同時に皆さんが使える魔術の上限値じょうげんちでもあります」


 生きる上での限界値であり、魔術の上限値。

 ……改めて言葉にされると、ゲームのようには上手くいかなさそうな現実を突きつけられたような気分になってしまう。

 そんなことを思いながらも、コウレンは自身の言葉をおぎなうように話を続けた。

 

「具体的には前衛職ぜんえいしょくの場合、瞬間的しゅんかんてきに大量の魔力を消費しょうひするような術を使いますが、それを連発することはそこまで多くはありません。対して、後衛職こうえいしょくの場合は、極端きょくたんな魔力消費をするような術は比較的ひかくてき少ないですが、継続けいぞくして魔術を使う戦い方である以上、最終的さいしゅうてきな魔力消費量は前衛職ぜんえいしょくよりも多くなる傾向けいこうにあります。一瞬いっしゅん連続けいぞくかの違い、といってもいいかもですね」


 その言葉を聞いた私は、思わずひざからくずちそうになった。

 ふらついた体を誰かが支えた感触かんしょくがする。見れば、ミールが口を小さく開けたままで、上手な言葉を思いつかない様子でこちらを見つめていた。


 ……終わった〜〜〜〜!!ハイ私終わった〜〜〜〜!!!

 始まる前から用無ようなし〜〜〜〜!!!!ミールにこんな顔させちゃった〜〜〜〜〜〜!!!!!!!

 なんだよこれ!!!!!!!!下手に希望きぼうが見えたせいで余計よけいむねが痛いじゃん!!!!!!

 

「となると、皆さんの中にはこう思う人もいるでしょう。『魔力の多い人は全員、後衛職こうえいしょくにすればいい』、と……」


 そうですね!!!!!なんでそうしないんですか!!!?!?!

 あなたが倒錯とうさくしたサディストだからですか!!?!?!鬼!!!!悪魔!!!!ド変態!!!!!!!!

 

「ですが、それは結構けっこう難しいというか……上手くいかないんですよね。というのも、皆さんの体魔力、そして皆さんが空気中から集められる魔力には『魔力の波長はちょう』という無視むしできない相性あいしょうがあるからです」


……魔力の、波長はちょう?あんまり聞き馴染なじみのない言葉に、たかぶていた私の感情はおどろくほどにピタリとしずまっていた。


「たとえば、前衛職ぜんえいしょくの魔術で見られる短期間たんきかんの自身の強化や、魔力放出ほうしゅつによる衝撃しょうげきによる攻撃こうげきといった魔術。これらは比較的せまい範囲はんいに対して強力な影響えいきょうおよぼしますが、これらは出力しゅつりょくこそ強いが離散りさんしやすい『波長はちょうが短い魔力』の特性とくせいかした魔術だからです。対して後衛職こうえいしょくのように、長時間ちょうじかんわたって補助ほじょ効果を与える魔術や遠距離えんきょりでの波状攻撃はじょうこうげきを目的とした魔術。これらは出力しゅつりょく自体はひかえめですが長距離ちょうきょりでも魔力の減衰げんすいが起きづらい『波長はちょうが長い魔力』に最適化さいてきかされています」


 ……なる、ほど?

 正直あんまりピンとこないけど……ようWi-Fiワイファイの電波の違いとかそういうたぐいのものが、魔力にもあるということ……でいいんだよね?

 ファンタジーかと思いきや、変なところでデジタルというか、ロジカルだなぁ……


「つまりは、そもそもの素質そしつによって使える魔術には制約せいやくがあるわけです。そして適性外てきせいがいの魔術を使うには、一度魔力を変換へんかんし直す必要がある訳で……まぁ非効率ひこうりつですし、一瞬いっしゅんおくれが命取りな迷宮においては危険でしかない。なので先日せんじつ皆さんにしてもらった適性てきせい検査は、そういった目的で先んじて行ったわけになります」


 先日の適性てきせい検査にそんな理由があったのか、と少しばかり感心している自分がいた。

 ……が、それはそれとして、自分が魔術師として幸先さいさきが不安である事実には変わりがない。


「結局好転こうてんしてないじゃん。なんやこのクソg……」 

「それに、現時点で体魔力量が少ないからといって、悲観ひかんすることはありません」


 ……おや?おやおやおや?

 悪態あくたいをつきかけていた私の言葉をさえぎるように言いはなたれた彼の一言。それは、今の私にとってはあまりにも魅力的な響きだった。


「当然ではありますが、皆さんはまだおさなく成長過程かていです。そしてその成長には体魔力量も含まれています。皆さんぐらいのとしから魔術の反復はんぷく練習をすれば、体魔力量の増加ぞうか、そして魔力の変換効率へんかんこうりつも良くなっていく可能性はおおいにあります……そういうことで、体魔力量が少なかった方々も気にむ必要はありません!それをおぎなすべも私たちは教えられますから」

「……ねぇ聞いた?聞いた!?ねぇアズサ!!!」


 またもやミールが私の肩をつかみ、グワングワンとさぶってくる。

 ただ、小さな声ながらも聞こえた彼女の声色は明るく、まるで自分ごとのように喜んでいるように感じられた。 

 ……神は私のことを見捨ててなかったんだなぁ。この世界に神がいるか知らないけど。そう思いながらも私は少しだけ気が晴れたような心地ここちで、なすがままにミールの手で頭をさぶっていた。



                  ◇



「んぅ……ふ、ぐッ、んぅ〜……!!」

「……アズサ、その声やめれる?」

「むっ……無理ッ……!!」


 午後の体魔力検査から時間はち、今は夜更け。長屋の自室の中。

 部屋の奥、両角りょうかどそなけられた二つのあかり、光る魔術石まじゅついし行灯とうろうが部屋を均一きんいつな薄いだいだい色に照らしている。


 そんなあたたかな光を背にしながら、私は小上こあがりに腰掛こしかけ、土間どまに向かってうなっていた。

 と言っても、意味もなく変な声をあげている訳ではない。てか私はそんな変態じゃない。


「……っあぁ!!あぁ〜……」

「だからその声やめれる?」

 

 ビシャッ!!っと水がかれたような音がしたかと思えば、そこにはれた私の右手が、手のひらを上にしながら一つあるだけ。

 そのまま足元の土間どまを見れば、手の真下ましたあたりの土が黒くれていた。


「……ねぇ〜アズサ?不安なのはわかるけどさぁ〜……そこまでする?もう水溜みずたりになりかけてるじゃん」


 少しあきれながらも心配そうな声でミールが私をさとしてきた。

 そんな私が今しているのは、ちょっとした魔術の反復はんぷく訓練くんれん。そう、コウレンが体魔力検査の後に教えてくれたものだった。


 内容はというと、詠唱えいしょうを唱え、魔術を発動はつどう。すると属性ぞくせいを持ったたまが出来上がるので、それを維持いじする……端的たんてきに言えば、それだけだ。

 ただ、この魔術はその人が一番使いやすい属性の魔術を自動的に発動はつどうするようになっているらしい。私の場合はそれが水属性だったようだ。

 結果、私の右手は見ての通りびしょれで、土間どま水浸みずびたしになっている訳である。なので私は悪くない。

 

「だって……不安じゃん。今日のこれを怠って、それでミール助けられなかったら、それが一番嫌だもん」

「……むぅ〜〜〜〜、そう言われたら止めづらいじゃん!!分かってて言ってる?」

「分かってて言ってる」

「もぉ〜〜〜!!!!!」

 

 プリプリと背後はいごで怒るミールをよそに、私はまた反復はんぷく訓練くんれんへと戻る。


「四の八千代やちよりし一式いっしきしるべ――」


  ボソボソと、小さな声で教えられた詠唱えいしょうつぶやく。言葉をつむぐにつれ、私の右手の中には水がうずを巻き、一つの塊になろうとその姿をふくらませていく。


「――はかなき月、仮初かりそめとしてち、我が手に玉響たまゆらぎょくせ」


 そして、詠唱えいしょうを唱え終わると、私の手のひらには一五センチほどの水球すいきゅうがふよふよと、その姿をかすかにふるわせながらも浮かんでいた。

 ただし、本番はここからだ。


「……んッ〜〜、ぅうッ……!!」


 この訓練くんれん主題しゅだいはこの水球すいきゅう維持いじ。コウレンから提示ていじされた目標時間は十秒。

 しかし、私の水球すいきゅうは二秒もしないうちにブルブルと強く震え始め、そしてはじけるようにその姿を崩壊ほうかいさせた。


「……あぁっ!!はぁ〜……また失敗した……」


 今の私の最高到達点とうたつてんは三秒。

 魔力の出力量が一定でないと安定せず、多くても少なくても即座そくざくずれてしまうよう設計せっけいされているらしい。

 若干脳筋のうきんじみた内容ではあるが、わかりやすく、り返しやすいこの訓練くんれんを私は結構けっこう気に入っていた。

 

「アズサ〜?やりすぎも良くないよ〜?それに寝ないと明日に響くよ?」

「あと一回……いや三回したら寝るから!」

「はぁ〜……アズサ側の行灯とうろう、アズサが消してね?」

「うん、分かってる」

「……変なところで真面目だよねぇ、アズサって」

後悔こうかいしたくないからね」

「……まぁいっか、じゃ、おやすみぃ〜」


 やれやれと言った具合で背後はいごの左側が暗くなり、布団にもぐ衣擦きぬずれが左後ろから聞こえた。

 ミールのいう通り、やり過ぎも良くないのは事実だ。

 そう思いながらも、自分の不安をやわらげるように、私はまた小さな声で詠唱えいしょうをし始めていた。

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