06.真相編

06-01 最高に決まってる!

 オリーとバラハが生まれた村は魔王領に一番近くて土地の痩せた貧乏村、アルマリア神聖帝国の最果てにある村だ。

 そんな村の領主――と言っても領地は広い。

 一つの町に数千人、数万人が暮らしている都市ならまだしも、このあたりのように一つの村や町に数十人、数百人しか暮らしていない土地ではいくつかの町村をまとめて領地とする。

 領主が暮らすのは領地の中でも最も栄えている町であることがほとんど。今回の目的地であるアーロン・ユーバンク男爵邸もご多分に漏れず、領地の中で最も栄えていて、領地の中で最も王都に近い町に建っている。


「歩いてたら何日かかったんだろうね」


 ようやく見えてきたアーロン男爵邸を馬車の窓から眺めてラレンはため息をついた。

 オリーとバラハと同じ村の出身で、今はアーロン男爵の別荘で働き、十五年前にはアーロン男爵に協力して〝村を襲ったのは魔族〟という嘘の証言をしたアンブリーたち。彼らが用意してくれた馬車に乗って丸一日かけてやってきたのだ。


「……うぷっ」


「ジー君、大丈夫? もうすぐ着くからね。もうちょっとがんばって」


 乗り物酔いをしたのだろう。口元を手で押さえてげっそりしているジーの背中をリカがおろおろとなでる。


「馬車も道も悪過ぎて体中が痛い……」


 クッションはふっかふかで乗り心地も最高の馬車がデフォルトの王族なラレンもジー同様にげっそりしている。悪過ぎる馬車と道しか知らないオリーとバラハは苦笑いだ。


「体中って言うか主にケツ……っ、グフッ!」


「ラレンもジーも王族ですし、ボロ馬車での移動はキツイでしょう。……そういえば魔王領にも馬車のようなものはあるんですか?」


 オリーの顔面に裏拳を叩き込んで黙らせておきながら、悪びれた様子どころか気にする様子もなくバラハが尋ねる。げっそりとしながらもジーは顔をあげるとこくりとうなずいた。


「人族の馬車とほとんど変わらないモノがある。違いと言えば人族の土地にいる馬よりも大きくて屈強なくらいなものだ」


 そう言いながらジーはラレンとオリーを指さした。


「ラレンが人族の土地にいる馬なら魔王領の馬は〝狂戦士化バーサーク〟状態のオリーだな」


「結構な違いじゃないですか」


「ほぼ別物だよ、それ」


「同じだろ。俺もラレンも同じ人間だろ」


 真顔で言うバラハとラレンに真顔で抗議するオリーを見てジーは息をもらした。あいかわらずの淡々とした表情だけれど、どうやらふき出して笑ったらしいとその場にいる全員が理解する。


「なんだかはしゃいでるね、ジー君」


「そうだな、そうかもしれない」


 ニコニコ顔のリカに顔をのぞきこまれてジーは乗り物酔いでげっそりしながらも目を細めてうなずいた。


「父によって連れてこられてからずっと、魔王城から出ることはほとんどなかった。私が知っているのは母と旅をした人族のいくつかの町と魔王城の中だけ。その魔王城の中ですら足を踏み入れたことがない場所が多くある」


「魔王なのに、ですか?」


「魔族の長である魔王なのに、だ」


 バラハに尋ねられてジーは小さくうなずく。心の中では苦い笑みを浮かべているのだろう。

 人族を恐れる魔族たちは魔族と人族のハーフであるジーのことも恐れている。そんな彼ら彼女らに遠慮して子供時代には自分の部屋から、魔王になってからは魔王の間からできるだけ出ないようにして過ごしていたのだ。


「だから、リカたちといっしょにいろいろな場所に行き、いろいろと見てまわれるのが楽しい……のだと思う」


「だと思うってなんだよ。ハッキリしないな」


 フン! と小バカにしたように鼻を鳴らしたのはラレンだ。


「王族なんてそんなものだよ。警護だなんだで手間もかかるし気も使わせる。言われたときだけ出て行って、それ以外は大人しく引きこもっている方がまわりの迷惑にならないんだ。気に病むことじゃない」


 腕組みをしてふんぞり返るとジーをジロリとにらみつけた。


「でも、それはさておき誰かといっしょにいろんな場所に行って、いろんなモノを見てまわれるのは楽しい。少なくとも僕は楽しい。だから断言できる。今の状況は楽しいに決まってる」


「……そうか」


「そうだよ! しかも、推しといっしょ。楽しいし、うれしいし、最高に決まってる!」


 なぜかえらそうに言ってますますふんぞり返るラレンにジーは目を細めた。


「そうか。……そうだな」


 あいかわらず淡々とした表情だけど、心の中ではニコニコと笑っているのだろうジーは深く深くうなずいて答えた。


「幼馴染で親友といっしょで、その仲間たちともいっしょなんだ。楽しいし、うれしいし、最高に決まっているな」

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