04-09 手をつないでいて。

「リカに話しておきたいことがあるんだ」


 星空を見上げていたリカはそう言われてジーに顔を向けた。当のジーは空を見上げたまま。眼帯に隠れていない右側の赤い瞳が不安げに揺れている。


「何? ジー君」


 ジーの不安げに揺れる瞳には気が付かないふりをしてリカはにこりと微笑むと努めて落ち着いた声で尋ねた。

 リカの配慮に気が付いているのかいないのか。


「この目のことだ」


 ジーは眼帯に覆われている左側の目を手のひらで覆ってうつむいた。


「リカと暮らした村を出たあと、私と母は祖母が暮らす村に向かった。その途中で襲われて……気が付いたときには片目を失っていたのだ」


 いつもどおりの淡々とした表情だけれど心の中はギャン泣きなのだろう。小刻みに肩を震わせるジーの横顔を見つめていたリカは――。


「……襲われた?」


 すらりと鞘から神剣を抜いた。


「何事だ、リカ!?」


「落ち着いてください、リカ!」


「ゆ、勇者様!? 何を言ったんだ、魔王!!!」


「落ち着け、リカ。過去の話だ。落ち着け」


 ダダ洩れる殺気にうろたえるオリーとバラハ、ラレンを見てうろたるジーを見てリカは大きく深呼吸を一つ。


「襲ったヤツって言うのはどこのどいつ?」


 抑えきれない殺気をダダ洩れさせつつも神剣を鞘に戻し、引きつった顔で尋ねた。


「正直、あまりよく覚えていない。身なりがよく体格のいい男たちだったということくらいしか。兵士や護衛をなりわいにしているような……そんな雰囲気の男たちだった」


「兵士や護衛をやっていそうな体格のいい男たち……」


「私はこういう性格だから地面に押さえつけられてすぐに恐怖で気を失ってしまった。気が付いたときには目を失っていたから幸か不幸かえぐり取られたときの痛みや恐怖は覚えていないのだ」


 話を聞いているうちに微笑みを浮かべたまま再び殺気立ち始めるリカを見てジーはバルコニーから室内へと戻った。オリーとバラハ、ラレンから距離を取るように。

 ジーの後を追いかけてリカも室内へと入る。


「しかし、母は私を守ろうとしてずいぶん抵抗したらしい。私が意識を取り戻したときには体中、傷だらけでひどいありさまだった。そのときのケガが原因で病気になり、そのまま死んでしまった」


「……ジー君」


「魔族と人族のハーフで、子供だった私には傷が癒えるまで泊まれる場所を探すことも薬を買うこともできなくてな」


 そう言いながらジーはすっかり大きくなった――しかし、かつては小さくて無力だった自身の手を見つめた。


「母が亡くなってすぐに先代の魔王だった父が私を見つけ、魔王城ここに連れてこられた。それ以来、人族の町や村は一度も訪れていないし、人族にも一度も会っていない。オリーやバラハ、ラレンが十五年振りに会った人族だった」


 見つめていた手のひらをジーはリカに向かって差し出した。首をかしげていたリカだったがジーの大きな手が小刻みに震えていることに気が付いて反射的に両手でつかんだ。


「ジー君、震えて……!」


「ああ、震えている。情けないことに心の中ではギャン泣きだ」


 そう言うジーの表情はあいかわらず淡々としているけれど、心の中では自嘲気味に笑っているのだろう。リカがにぎりしめる手は今も震え続けている。


「私は怖い。人族の町や村に行くことが。人族と会うことが。私と母を襲ったあの男たちに出会ってしまうことが……怖い」


「……ジー君」


 ジーの震える手をぎゅっと両手で包み込んだリカは悔し気に唇をかんだ。

 かと思うと――。


「任せて、ジー君。ジー君の敵は僕の敵。ジー君を傷付けた者たちは全力で排除するし、相手のことをはっきりと覚えていないなら可能性のあるすべてを排除するから。ジー君が怖い思いをしないですむように、すべて!」


「……落ち着け、リカ」


「とりあえず十五年前、すでに成人していた人族の男性すべてを排除しようか。あとジー君が泊まる場所を探しているときに断った鬼畜と薬を売ろうとしなかった悪魔も排除しておこうか」


「いや、だから、落ち着いて」


 手をにぎりしめたまま、特盛の殺気をダダ洩れさせてにーーーっこりと微笑むリカにジーはぷるぷると震えた。今までの思い出しぷるぷるとは違う理由でぷるぷると震えた。

 でも、深呼吸を一つ、二つ。ゆっくりと息を吐き出して――。


「そうじゃないんだ。私がリカに頼みたいことはそういうことではない」


 隻眼の赤い瞳で、金色の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 そして――。


「人族の町や村を訪れたとき。人族に会ったとき。もしかしたら私は震えて動けなくなるかもしれない。怖くて動けなくなるかもしれない。そんなときにはこうやって手をにぎってほしい」


 ジーの手を包み込んでいたリカの手をにぎり返した。


「こうやって手をつないでいてほしいんだ」


 ジーはあいかわらず淡々とした表情をしている。でも、心の中では不安で今にも泣き出しそうな顔をしているのかもしれない。

 隻眼の赤い瞳が小刻みに震えているのを見つめ、リカは何かを言いかけて――結局、その言葉は飲み込んで微笑んだ。


「もちろんだよ、ジー君。ジー君が望むのならいつだって手をにぎる。いくらだって手をつなぐよ」


 あるところに長く対立する二つの種族――人族と魔族とのあいだに生まれた二人の子供がいた。ほんの一瞬の邂逅ではあったけれど二人は深い絆を結び、幼馴染となり、親友となった。

 それから十五年の時が流れ、二人は魔王城で再会した。


 片や、人族を守る勇者として。

 片や、魔族を従える魔王として。


 青年となった二人の子供は敵同士として相まみえる――ことはなく。

 ほんの一瞬の邂逅を果たしたあとに別れ、そして二日後に再びの再会を果たし、今――。


「約束する。ジー君の不安や恐怖がすっかり消えてしまうまで僕は絶対にジー君のそばを離れない。絶対にこの手を離したりはしないから」


 長く対立する人族と魔族とのあいだに横たわる問題に手をたずさえて挑むことになった。

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