16 見つけた
( ヒカリ )
何をしているんだ、俺は……。
すぐさま腕を回して振り払うと、しがみつく力もなかったのかそのままボテッと倒れてしまったイシを見下ろし、その襟首を摘まむ。
そしてそのまま持ち上げ、すぐ近くにある川まで持っていくと、ポイッ!と川に放り投げた。
「 これで酔いが冷めたでしょ。
ふざけた事しやがって……気分は最悪だ。 」
そう吐き捨ててその場を去ろうとしたのだが……なんとイシはそのままプカプカと浮いたまま、笹の船の様に川に流されていく。
それをぼんやり見つめていたが、その先に滝があった事を思い出し慌てて川に飛び込んだ。
全く起きる気配のないイシは鼻歌まで歌っていて、腹を立てながらその身体を陸へとあげてやると、何をやっているんだという自己嫌悪と呑気にまだ鼻歌を歌っているイシに対する怒りとで頭の中はぐちゃぐちゃに。
荒ぶる心のままイシを地面に叩きつけ立ち上がると、服はビショビショになってしまっていた。
「 ゆ、勇者様〜!!大丈夫ですか?! 」
「 タオル持ってきました! 」
アイリーンとキュアがタオルを持って走り寄ってきて、更に残りのメルクとルーンは「 こっちに来て温まって下さ〜い。 」と焚き火の側を差し「 着替えた方がいいぜ! 」 と気遣う声を掛けてくる。
またポンポンと勝手に投げてくる石の存在を境界線の向こうから感じながら、フッと足元にビショビショで転がっているイシを見下ろした。
誰にも心配してもらえない中年男。
こいつは俺の様に誰かに何かを投げられる事もないのか……。
そんな事をフッと思うと、自分の側に広がっている広いだけの世界と、境界線の向こう側にいるのに、同じ様な広い世界にいるイシの世界に細い糸の様な橋が繋がった様な気がした。
俺は特に何も考えずにイシをまた摘みあげると、そのまま女共を無視してイシが自分用に立ててくれた簡易式テントの中にイシを放り込み、自分もその中に入る。
そしてそのまま結界を張って外界から完全にシャットアウトしてやった。
中に入ると、とりあえず濡れたままではまずいかと、イシの服を一気に脱がせ、奥に置いてある寝袋の辺りに転がしてやると、そのままモソモソと中に入り込むイシ。
そして────。
グオ────っ……グガ────ッ!
大きないびきを立てながら眠ってしまった。
「 ……よく寝れるよね、こんなビショビショの勇者を置いてさ。
ただの荷物番のくせに……。 」
先程は荷物番のくせに自分を優先しないイシに腹が立ったが、今は不思議と腹が立たない。
そのためソロっ……と寝ているイシに近づいてみた。
間抜けな……でも随分と幸せそうな顔をしているイシ。
でもイシは誰にも必要とされておらず、その境遇は不幸そのもの。
勝手に勇者へのプレゼントにされて故郷から連れさらわれて、勇者の俺には嫌われ、目ぼしい優秀な能力もなかったから ” 厄介者 ” 扱いをされている。
俺が旅立つ日までの約一ヶ月弱は、馬小屋に置かれて囚人と同じ様な食事しか与えていなかったらしいし、あからさまに嫌な態度をとられていた事は、旅立つ日に俺に取り入りたい者達が ” あなたの嫌う厄介者に罰を与えてやりました ” と言ってきた事で知っていた。
その扱いに対し王や一部の神官達が苦言を呈していたが──── ” 勇者が不快に思う存在を排除する ”
それは正しい事だし、勇者の考えに賛同した自分たちは勇者のお気に入りになれると思っている彼らの耳にそれは入らない。
そしてあわよくば旅の後は自身の娘と婚姻を躱し無償で自分たちの管理する領を守って欲しい。
優秀な子孫が沢山生まれれば自身の家はもっと繁栄できる。
そんな欲望にまみれた想いを俺に投げては勝手に夢をみている。
まぁせいぜい勝手に夢だけみていれば?
一切に記憶に残らないそいつらにそう吐き捨て、そんな奴らに嫌がらせされるイシをただジッと見つめた。
何でそんな幸せそうなの?
改めてそれが不思議で不思議で堪らない。
俺はゆっくり手を伸ばし、イシの顔にペタリと手をつけてみた。
そしてそのままペタペタと顔中を触っていると……突然また境界線が前に見えてきて、景色はガラリと変わる。
いつも通り、境界線の向こう側にはイシがいて、俺が蹴った石をキュッキュッと必死に磨いていた。
何だか意識がこっちに向いていない事にムカついて、「 ねぇ! 」と怒鳴るように声を掛けると、不思議そうな顔でキョロキョロ周りを見渡すが、俺の姿は見えてない様子。
それにムカッ!としてイシの方へ歩こうとしたのだが……不意に線が引かれただけの境界線が大きな溝に変わり、下はどこまでも続いてそうな真っ暗闇になっている事に気づいた。
ヒュオォぉぉ〜……。
寂しげに泣く声の様にも聞こえる風の音を聞きながら、真っ暗闇の下を見つめていると…………突然俺は閃いた。
見つけた。
世界に還る方法。
俺はフッと笑いを漏らし、そのままイシに背を向け前に歩き出した。
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