第6話 前言撤回
いまオレは選択を迫られている。
鏡に写った女装姿の自分に動揺し、女装したまま学校を飛び出してしまったせいだ。
オレは猛烈に催しているのだ。ものすごくオシッコがしたい。
学校に戻っていたら間に合わないだろう。
公園の公衆トイレにたどり着いたのはいいが、男子トイレに入るか女子トイレに入るか、迷っている。
公園では多くの子供たちが遊んでいて、その母親たちが周囲にいる。
こっそり男子トイレに入るのは難しい。
だが女子トイレには入れない。というか入りたくない。足を踏み入れてしまえば、大切な何かを失う気がするのだ。
選択肢は3つ。
男子トイレか女子トイレか、漏らすかだ……。
よし、男子トイレに堂々と入ろう――と覚悟を決めたそのとき、多機能トイレがあることに気付いてギリギリのところで難を逃れた。
出すものを出して冷静さを取り戻したオレは学校に戻った。
自分の制服が置きっぱなしの二階の男子トイレに向かうと、山田たちの声が中から漏れ聞こえてきた。
まだトイレにいるのか、あいつら……。
「七海に悪いことしちまったな……」
「あんな嫌がってるとは思わなかった」
「ちょっとやりすぎた……」
班員たちは口々に言う。
「残念だけど、もう見納めだよな」
「ああ、俺は何を楽しみにして残りの学生生活を過ごせばいいのかわっかんねぇよ」
「まったくだ……もったいない」
「あれだけの逸材にはもうお目にかかることはないだろう」
「もっと、もっと七海の気持ちに歩み寄っていれば、こんなことにならなかったかもな……」
意気消沈した野郎どもの溜め息が重なり聞こえてくる。
まさか、こんなにもオレの女装を楽しみにしてくれていたなんて思わなかった。
――まあ、たまにだったら……女装してやってあげてもいいのかも、な……。
「こうなったらもう仕方ないだろう」
その場を代表するように山田が言った。
「とりあえず、七海が戻ってくる前に七海の制服を隠してしまおう」
「おお! ナイスアイディア!」
「さっすが山田!」
「見納めギリ回避ーッ! ふーっ!!」
――前言撤回だ。
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