第24話 帰宅


「できた……っ」


 けれど、やっぱりものすごくいびつな形をしている気がする。

 ママに教わりながら、何度もやり直しを繰り返し、やっとそれなりに形にはなったのだけれど。

 あちこち歪んでいるようで、お店で見たミサンガとは程遠い形をしている。


「うう……っ、もう1回やり直し、かなぁ……」


 なんでこんなに、悲しいほど不器用なのだろう……


「はじめてにしては、十分じゃないかしら?」


 ママがひょいっとミサンガを手に取って、まじまじと見ている。

 見られれば見られるほど、私は恥ずかしくなってゆく。


「ほ、本当に……?」

「試してみる?」

「え?」

「リック!リディアのミサンガ、できたみたいよ~!!」


 ドン、バタン、ガタン、なんだかものすごい音がたくさんして、パパが現れた。

 音が音だっただけに、怪我していないか心配だ。

 ママが小さな声で、ほら、渡してあげて、とミサンガを返してくれた。

 本当にこれを渡して大丈夫なんだろうか……


「パパ、これ……」

「もらっていいのかい?」

「う、うん……あんまり上手じゃないんだけど」

「そんなことない、とっても嬉しいよ!」


 パパは私からミサンガを受け取ると、大袈裟なくらい喜んでいる。


「ね?大丈夫だったでしょう?」

「う、うん」

「じゃあ、リディアにはこれ」


 はい、とママがハンカチを差し出してくれた。

 受け取ると、きれいなお花とかわいいうさぎの刺繍が目に入る。


「これ、ママが……?」

「そうよ。娘ができたら、ハンカチにかわいい刺繍をしてあげるのが、夢だったの」


 また夢が叶ってしまったわ、とママは嬉しそう。


「ここに、リディアの名前も刺繍してみたのだけど、こういう図案は嫌いかしら?」

「ううん、そんなことない、すごく……かわいい」


 ママは私と違って、とっても器用なようだ。

 とても繊細で美しい刺繍で、プロの人が作ったみたい。

 こんなにかわいい刺繍のハンカチを貰ったのははじめてで、嬉しくて仕方がない。


「ありがとう、ママ。大切にするね」

「リディア、僕も大切にするよ、ありがとう」


 嬉しくてハンカチを抱きしめていると、そのままパパにぎゅっと抱きしめられた。

 パパの手首には、もうミサンガがつけられている。


「ところでリディア、願いごとは何にしたの?」

「えっと、パパにあげるものだったから、その……パパとママとずっと仲良しでいられますように、って……」


 言っててなんだか恥ずかしくなった。

 とても子どもっぽい願いごとだったかもしれない。


「それはまた……」

「絶対に叶えないといけないわね」


 パパとママは、また私を強く抱きしめてくれた。




 1つ出来上がって安堵したのも束の間のことで、私は2つ目のミサンガに取り掛かった。

 今度は3本の糸を使うから、パパのを作るよりも難しい。

 できたらジーク様のお邸に戻る前には完成させたいのだけれど、そう簡単にはいかなさそうだ。

 やり始めて間もないのに、もう何度もやり直していて、前途多難である。

 戻るまであと数日……

 ママがそばにいない状態で1人でできる気もしていないし、何より作っているところをジーク様にも見られたくない。

 今のところ間に合う気配は全くないけれど、頑張らないと、と気合いをいれる。


「ジークのところに戻るまでに、完成するか心配?」

「う、うん……」


 ママも無理だって、思っているだろうか……


「完成しなかったら、うちに通うといいわ」

「え?」

「ジークのところから、ここは近いんだもの。いつでも来ていいのだから」

「あ……」


 そっか、どうせ私は日中ジーク様のように忙しいわけではない。

 時間なら、たっぷりある。


「それに、完成したとしても、いつでも私たちに会いに来てくれていいのよ?」

「うん!ありがとう、ママ」


 すっと心が軽くなった。

 気軽に遊びに来られる場所があるというのも、嬉しい。

 このミサンガに込めた願いは、ジーク様がもうご自分の魔力に苦しめられないこと。

 そして、以前私が近くにいる方が気分がいいようだと仰っていたから、私が近くに居なくてもこのミサンガが代わりになってくれる事を祈って、アイスブルーの糸にだけほんの少しだけ、私の魔力も込めてみた。

 だからゆっくりでも頑張って、ちゃんと完成させてジーク様にお渡ししたい。

 私は気合いを入れなおして、ミサンガ作りに向き合うことにした。




 数日後、結局、完成させることはできなかったな……と作りかけのミサンガを見て思う。

 いびつな形ができてはやり直して、を相変わらず繰り返している状態で、どう見ても完成まで程遠い。

 できればパパのよりきれいに作ったものを渡したい、と思っているけれどそれすらできるかわからない状態だ。

 けれど、残念ながら、今日はジーク様のところに戻ることになっている。

 続きは、ジーク様のお邸からここに通ってがんばるしかないようだ。

 完成するまでしばらく通うつもりであることを告げると、パパもママも喜んでくれた。

 お邸にも、また来るからよろしくね、と挨拶をして私はジーク様のお邸に戻った、たくさんの荷物とともに……






 ***


「ジーク様っ!」


 明るい声が聞こえる。

 ほんの数日のことだったはずなのに、もう随分長くその声を聞いていなかったように懐かしく感じる。

 いつも侯爵様、と呼んでいたリディアから、俺の愛称が飛び出したことに、多くの使用人が驚いているようだ。

 俺はそんな視線をいくつも感じながら、馬車から一目散に俺のところへ走って来るリディアを受け止める。


「お会いしたかったです、ジーク様」


 笑みを浮かべて俺の愛称を呼ぶリディアを見て、ああ、悪くないな、と思う。

 たかが愛称1つで、こうも気分が違うとは思わなかった。

 叔母上に対して敬語を使わなくなっていた様子を思い出すと、自分に対しても同様にしてほしいし、様などなくてもいい、と思う気持ちもなくはないが。

 だが、リディアは、未だに使用人に対してでさえ敬語だ。

 エルロード家でもそれは同様で、叔母上たち以外には敬語だったらしい。

 使用人たちは、さぞ縮み上がっていたことだろう。

 だから、変に強要すれば、リディアが萎縮してしまうかもしれない。

 リディアに無理がないのが、何よりも大事だ。


「この荷物の山はなんだ?」

「あ、パパとママが持って行くように、と……」


 リディアが降りてきた馬車から、次から次へと異常なほど箱が出てくる。

 聞けば、全部叔母上が選んだ服なのだとか。

 しかもこれは購入したうちのほんの一部なのだと、どこか疲れたようにリディアが言う。

 女性の買い物とは、なんとも恐ろしい。


「あ、ごめんなさいっ、私も手伝います……!」

「いい、執事たちに任せておけ」


 次から次へと荷物を降ろしていく使用人を見て、リディアが駆けだそうとする。

 あれだけの荷物を運ぶともなると大変だろう、さすがにそんなことをリディアにさせる気はない。


「ちゃんと全部、部屋に運ばせるから心配するな」


 俺がそう言えば、聞こえただろうルイスが頷いた。

 あとはルイスが全て指示するだろう。


「こっちもおまえが居ない間に、いろいろ荷物が届いてるぞ」


 俺はリディアが持っていた小さなトランクを奪う。


「あ……」

「ほら、行くぞ」


 手を差し出せば、リディアはおそるおそる手を重ねた。

 俺はその手を引いて、邸の中へと入った。




「えーっと、これはいったい……?」


 リディアの目の前に置いたのは、箱いっぱいのさまざまな宝石だ。

 全てアクセサリーに加工される前の、原石ばかりである。


「ラルセン伯爵が送ってきた、先日の詫びだそうだ」

「ど、どちらさまでしょう……?」

「先日、突然来訪してきた伯爵令嬢の父親だ」

「あ、あの、お嬢様の……」


 嫌味たっぷりに書いて送った抗議の手紙は、かなりの効力を発揮したようだ。

 この様子であれば、あの伯爵令嬢も父親にたっぷりと叱られたことだろう。


「たくさんある、好きなアクセサリーを作るといい」

「こ、こんなにいりませんよ……!」


 まったく、欲のない……

 ラルセン伯爵家は、宝石の鉱山をたくさん持っていることでも有名である。

 さすがというか、出し惜しみすることなく質のよい原石ばかり送ってきたようだ。

 世の貴族令嬢たちなら、喜んですぐにアクセサリーをオーダーするなり、ドレスに宝石をつけるなりすることだろう。


「それは全ておまえ宛てに届いたものだ、使うも捨てるもおまえの好きにしろ」

「捨てるだなんて、そんな、もったいないことできませんっ!」

「すぐに使う予定がないなら、とりあえずそのまま持っておくといい。どれも質の高い宝石ばかりだ、持っていて損はないだろう」


 いずれ使いたくなる日が来るかもしれないしな、とそう思ったのだが。

 リディアは俺の言葉を聞くと、一番大きな原石を掴み、俺に差し出してくる。


「じゃあ、これはジーク様に差し上げます」

「は?」

「私の好きにしていいんですよね?持っていて損はないなら、お渡ししてもご迷惑ではないかなって……」

「……」


 確かにそうは言ったのだが……

 だから自分で持っておけ、という意味だったんだがな、と手の中の原石を見ながら思う。

 だが、そんな俺の心のうちなど何も知らないリディアは、次に大きめの原石を2つ掴んで立ち上がる。


「これは、ルイスさんに……」

「えっ?」


 珍しくルイスが驚いて、動揺している。


「いつも、お世話になっているのに、私は何も持っていなくて、何もお返しできていなかったから……」


 なるほど、リディアにとってははじめて人に渡せるような自分のものを得た、というところか。

 俺が買い与えたものも、叔母上が買い与えたものも、確かにリディアが使うためのものばかりだったから、誰かにあげられるようなものはなかったかもしれない。

 ルイスが伺うように俺を見てくるので、貰ってやれ、という意味を込めて頷いた。

 どうやら、意図は伝わったらしく、ルイスも頷く。


「ありがとうございます、お嬢様。大切にいたしますね」


 そう言ってルイスが受け取ると、受け取ったルイス以上にリディアは嬉しそうに笑っている。


「それから、こっちはミアさんに!」

「わ、私にもですかっ!?」


 ミアもまた驚いて動揺している。

 貰って大丈夫なのか、不安なのだろう。

 俺とルイスを困ったように交互に見ている。


「ミア、お嬢様のご厚意ですから」


 自分が受け取って大丈夫だったから、ミアも問題ないというルイスの判断だろう。

 それを聞くと、ミアは目をうるませながら、震える手でリディアから原石を受け取った。

 一介の使用人がなかなか手にできるようなものではない、それ1つで高価なアクセサリーがいくつ作れるかもわからないのだから、震えもするだろう。

 使用人として働いていて、仕えている人間からこれほど高価なものをお礼にと受け取る機会は、そうそうあるものではない。


「ありがとうございます、お嬢様、本当にありがとうございます……っ」

「いえ、私もいつも、ありがとうございます」


 受け取った原石を胸に抱き、感極まって今にも泣きそうなミアに、リディアはやはり嬉しそうに笑いかけている。

 リディアはふたたび原石の入った箱の前に座って、原石を吟味している。


「あとは、この間お花を拾ってくださったメイドさんたちにもお渡ししたいし、今日お洋服の箱を運んでくれた執事さんたちにも……、それから、いつもおいしいごはんを作ってくれるシェフの皆さんに、あ!いつもお花をくれる庭師の皆さんにも!それから……」

「うちの使用人全員になりそうだな」

「はい!みなさんにお渡ししたいです!!」


 原石の入った箱を見て、おおよその数を把握する。

 使用人全員に配っても十分に余るほどの量はありそうだ。


「順番に配りに行くか」


 こうなったら、気の済むまで付き合ってやるのも悪くはないだろう。

 そう思って、俺は大量に原石の入った箱を持って立ち上がる。


「ほら、行くぞ!」

「はいっ!あっ、箱は自分で……」

「やめておけ、おまえが思っているより数倍は重いはずだ」


 宝石の原石といえど、所詮は石だ。

 大量に入っていれば当然かなりの重さになる。

 リディアの細い腕で持ち上げるのは、かなり厳しいだろう。

 何より、運ばせないために俺がついていくのだから。

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