第7話
長兄ヘイエル。
王太子である。
18歳の若さながら、王国第一の騎士と名高い。その勇名をもって国境警備に当たり、魔界ににらみを利かせる存在である。
現在は大事な行事のために王都へと帰還している。
融通の利かないところあるものの、曲がったことを嫌う一本芯の通った人格を慕うものは多い。今日もまた、ヘイエル一人での訓練のはずが、大勢を伴っての合同訓練となっていた。
「エイ!」
「ヤアッ!!」
鋼と鋼がぶつかり合う。
真剣を使った模擬戦闘の最中であった。
木陰に隠れ、ケルスはそれを見ていた。
王城近くの森まで帰ってくれば何やら不穏な気配。かつての合戦の記憶もよみがえる。どうやらそれも実戦を想定した訓練ならではのようで、ケルスは気を抜いた。
「備えは必要やしなあ。こういうとこ見ると、平和そうに見えてもその裏でって、思えるわ」
ケルス、ため息つきつつ、そっとその場を離れて城へと帰還……。
「にいたま!」
あかん! ……と、よほどケルスは声を上げかけたのだが、すんでで口をふさいだ。なにせもう、モニカは駆け出していたのである。大きな音に目を覚ませば、大好きな兄がそこにいた。それを見付ければバネ仕掛け。モニカは反射的に飛び出していたのである。止められるものではない。
神出鬼没とはまさにこのこと。
目をむいたのはヘイエルも同じであった。
「何故ここに! どうやって!!」
「ケルスと来まちた」
「ケルス? なんだい、それは?」
「ケルスはケルスでつ」
と、ヘイエルに抱えられたモニカは振り向くも、
「あれ?」
ケルス、隠れて出てこない。
「ケルスゥ……。ケルス? どこ行ったでつか?」
「何かは知らないが……」
さすがにヘイエル、モニカの兄である。
幼女はときに大人の想像を超えたとんでもないことをやらかす。
年の離れたモニカにめっぽう甘いところある兄だが、おてんばなモニカの行動力には肝を冷やすことが多い。慣れられるものでは決してないが、モニカならやりかねないとそこは納得である。
「これはしかし、城のものにはきつくいわなければ……」
「ダメでつ!」
「何故だい?」
「モニカがかってにしたことでつ! みんなをおこらないであげてくだたい。モニカ、それはかなしいのでつ」
「そうか、そうか。それならば仕方ないな」
鼻の下を伸ばすのはまるで、シスコンよりもなお、かわいくて仕方ない愛娘に気に入られたいばかりの親バカのようである。
「このままモニカをここに置くわけにもいくまい」
「帰るでつか?」
「うん。まあ、仕方ない」
「ごめんなたいでつ」
モニカ、殊勝にそこはうなだれた。
「まあ、いい。もうそろそろ切り上げようと思っていたところだ」
すまんと後ろを振り返れば、汗も乾かない、体がまだ火照るままの兵士たちはにこやかにうなずく。モニカの無邪気さは兵士にも知れ渡っているし、それに癒されてもいるのだ。敬愛するヘイエルのシスコンぶりも、本人は隠しているつもりだろうが、すでに知れ渡っている。
「さあ、帰ろうか。……馬を持て」
「おうまたんでち!」
「馬は好きか?」
「おうまたんもすきでつ!」
「そうかそうか、一緒に帰ろうな」
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