第9話

「おかげさんで、あの箱んなか快適やったわ。あんじょう、よう寝させてもろたわ」

「そこをうちのモニカに起こされたってわけ?」

「ま、そういうこっちゃ」

「それはそれは、騒がしい妹でごめんなさいね」

「ええあんばいに傷も癒えたとこやしかまへんけど、ちっとも悪びれてへんやんけ」

「そう? あなただって、うちのモニカには振り回されてるみたいだけど」

「ワイは別に……」

「あんまり関わらないで欲しいんだけどなあ」


 リジェルの声が、それまでとは違う鋭さを放った。


「あほな」


 ケルス、一言のもとに否定。


「関わってくるのはあのお嬢ちゃんのほうやないけ。ワイのこと、ひとっつも怖がらへん。けったいなやっちゃ」

「でしょうね。あの子は怖いもの知らずだし。そこが怖いところなんだけど」

「そやろ? そやさかい、危なっかしいもんで……」

「あら? 守ってくれてたんだ」


 面倒見の良さは意外だっただろう、リジェルも初めて驚きの顔を見せた。


「結果的にや。あのお嬢ちゃん、平和の象徴みたいに大事にされとるやろ? さっきの兄ちゃんの態度でも分かるわ。そんなん、なんかあったら、ワイに火の粉が降りかかるわ。ワイはもう、争いはごめんや。ひっそり隠居としゃれこみたいんや」

「本音……、と、取ってもいいわけ?」

「どうとでも取ったらええわ。ワイは別に、人間にどう思われようが何とも思わん」


(ふーん……)


 リジェル、値踏みのように、ケルスを見下ろす。


 両者の間に無言の時が流れる。緊張感に森がまるで膨れ上がったようにも感じる。鳥も、けものも、木々さえも息を詰めているようだ。


 先に口を開いたのはリジェルであった。


「信じてあげる。てか、信じるしかないわけだけど」

「フン。どうでもええっちゅとるやろ」

「あなたもまた、わたしを信じるしかないわけ」

「どういうことやねん」


 ケルスがいくらにらみつけようとも、逆に挑発するように、リジェルの顔からは余裕の笑みが消えない。


「わたしが例えばあなたのことを悪く告げ口したら……」

「オイオイ……」

「そうなるのがいやなら」

「おどすんかい、ワイを?」

「おお、こわい、こわい。伝説の魔獣様にそんなこと……」

「ふざけんな!」


 ケルス、ついに吠えた。

 難を避けようと、鳥たち、けものまで、一斉に逃げ出していく。


「フフ……。そうそう、それそれ」

「なんや?」

「ボディガードにはうってつけじゃない?」

「なんの話やねん」

「あの子の面倒、これからも見てもらえない?」


「はあ?!」


 先ほどの咆哮よりも大きな、ケルスのあきれと驚きがないまぜになったすっとんきょうな声であった。

 なんと突拍子もないことをいい出すのか、この魔女は。


「そこまで驚くことでもないと思うけど」

「いやいや、待てや。さっきとゆうとること、真反対やないけ」

「いいじゃない、細かいことは」


 リジェル、ウィンク。

 先ほどまでの緊張感みなぎるやり取りなど、それ一つで吹き飛ばす。


「ちょ、ちょ……」

「あの子はあなたのことを気に入ってるみたいだしぃ。あなたがあの子のこと見てくれるなら、わたしも楽出来るしぃ。いやあ、肩の荷が下りるわ」


 唖然とするケルスを置き去りに、リジェルはくるりと反転、城のほうへと空飛ぶほうきを向けた。


「じゃ、たのんだわねん」


「ちょ、……っ」


 呆気にとられるケルスを残し、返事も待たず、さっさと飛び去って行ったリジェルであった。


「なんやねん、あいつ。いんや、あの姉妹は……」

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