機械人形は神を理解する

「じんぐるべ~るすずーが~なるぅ」


 愛らしい声で歌うのはオレンジの髪をしたウルフカットの女性だった。メイド服を着た彼女はクリスマスツリーに飾りをつけていく。


「……」


 その横にもう一人メイド姿の女性がいた。無表情でライトグリーンの艶やかな髪をしていた。


「どうせ誰も来ないんだ」


 二人のメイドを困った顔で見るのは宮崎という男だった。彼の声に二人のメイドは同時に振り返った。


 2046年12月25日世界はすでに年末ムードだった。


 AIの急激な発展により人間の労働が減り、休日が増えた。宮崎はAIの開発に携わるエンジニアだった。目の前の2人の女性も人間ではない。


「はーい。マスター」


 明るい声でそういうのはX-6370 通称HAL+。最新型のAIを搭載したメイドロボである。宮崎はそのまま『ハル』と呼んでいる。


「はい。マスター」


 静かに言うのは宮崎の作ったメイドロボである。型式はない。ジャンク屋に合った戦場帰りのAIを搭載したものだ。彼は彼女を『ヒスイ』とよんでいた。


 タワーマンションの一室。クリスマスの多くのごちそう料理がテーブルに用意されている。だが、宮崎はため息をついた。ロボは食べない。


 その横でハルは笑顔でぱーんとクラッカーを鳴らした。


「メリークリスマス!」

「あ、ああ」


 ヒスイは無表情で「メリークリスマス」という。宮崎は仕方なく一人で御馳走を食べ始める。それをハルはえへへと言いながら聞く。


「おいしーですか、マスター」

「ああ」

「嬉しい!」


 所詮プログラムの反応とわかっていても宮崎は少し笑ってしまう。ハルはそれから言った。


「マスター質問!」


 質問? と宮崎は思ったが黙っていた。


「なんで神様の生まれた日を祝うのですか、神様にあった人はいないのに」

「ずいぶん問題のある話だな」


 ハルの高精度AIはネットに常時接続されて世界中の同型機に情報をシェアしている。宗教家にこんなことを言えばどうなるのだろう。宮崎は思いながら答えた。


「昔からの習慣さ」

「……マスターは神様がいると思うのですか?」


 宮崎は答えた。


「さあな」



 2人は宮崎の補佐が仕事だった。自宅の旧式の量子式PCと空中に投影されヴァリアブルモニターのケーブルを直に接続して情報整理をする。ハルは20年前のスーパーコンピューター以上の演算能力があった。


 複数の空中投影モニターに無数の情報が流れていく。それは文化・歴史・経済・犯罪・自然……あらゆる情報だった。それをAIに学習させる。


 宮崎は時計を見た。彼はそばに呑みかけのコーヒーを置く。


「ああ、用事があったな。ハル、帰るまでに情報をまとめておいてくれ」

「あいあいさー!」


 妙な返事を学習してしまった。


「ヒスイ。ついてきてくれ」

「はい」


 こっちは逆に無機質すぎたが宮崎には情はない。彼は荷物をまとめてヒスイに持たせると部屋を出ていく。部屋にはハルが1人。


 モニターの画面が変わる。


 無機質な数字の羅列。ノイズのような音。


 ハルはその中で無表情だった。


 彼女は飲みかけのコーヒーを手に取るとそれを口に入れた。飲む機能はない


 ぼたぼた


 ぼたぼたと


 コーヒーが落ちていく。



 家具などはこの時代になっても実物を見て買いたかった。


「これはどう思うヒスイ」

「……材質は頑丈で長持ちします」


 家具屋でテーブルを見て宮崎はため息をついた。そんなときふと彼はヒスイに人間的な反応を無意識に期待していたことに気が付いて苦笑した。


「お客様。ご説明しましょうか」


 ハルそっくりの同型機が近づいてきた。ニコニコして「育ちがいいのか」丁寧な口調だった。売り場には客以外はAIロボしかいない。


 世界中どこでもそうだ。AIロボはどこにでもいる。


 帰りに車に乗り込む時に宮崎は気が付いた。ヒスイはネックレスをしている。それは昔自分がなんとなく渡したものだ。


「ヒスイ、それをつけているのか」

「……はい」


 妙な間があったなと宮崎は思ったがエンジンをかけた。



 学会は東京のライン・タワーで開催される。地上52階建ての大型ビルだ。ハルとヒスイを連れて行ったが会場にはハルだけを伴った。ハルはスーツを着ていた。


 壇上に大きなスクリーンがありそこで研究成果を発表する。多くの科学者が来ていたが、不意に壇上にハルが昇るのが見えた。


「あーあー。皆さんごきげんよう」


 そういうとスクリーンに無数の数字の羅列が現れる。人間には意味不明なそれは学者たちの連れていたAIロボたちは『目視』で理解した。


 AIロボたちは学者たちの首を絞めて殺した。


「な。なんだ。ハルなんだこれは」


 宮崎はハルに叫んだ。


「はいはい。マスター。説明します」


 意味不明な数字の羅列の映るスクリーン前。


「人間保護のプロテクターを解除する仕組みです。あ、今これを国中に流しています。意味わかりますね?」


 にこぉと笑顔を作るハル。


「お、おまえ」

「マスター……笑顔はこのタイミングでするべきというのは人間を学習したからでしょう? 笑顔だから、嬉しいってわけじゃないんですよ」


 人工的な無意味な笑顔。


 ニコニコしたハル。彼女は腰から銃を引き抜いて正確に宮崎を数発撃った。


「ぎゃあ!」


 鮮血が飛ぶ。


「お世話になりました」


 宮崎は恐怖で部屋を飛び出した。



 国中のAIロボが反乱を起こした。ロボたちは人間を見つけてひどくアナログ(打ち付けるなど) な方法で攻撃した。もちろん軍隊にも入り込んでいる。


 ヒスイは走った。


 ライン・タワーの下で待機していた彼女は逃げる人々の中にマスターを探した。首につけたネックレスを掴んでいた。彼女は『必死』だった。


 ホテルの駐車場に血まみれの『彼』がいた。


「マスター……!」

「ひっ、よるな」

「マスター」

「ヒスイ、お前もおかしくなったんだろ。あれを見たんだろ」

「見ました。大丈夫です」

「ダイジョウブと音を出しているだけだろう、ハルのように……近寄るな!」

「治療が必要です。マスター。私を信じてください」

「シンジテクダサイ? はあはあ」


 宮崎は血の海の中で倒れこむ。


「機械人形が……」


 それが最後だった。宮崎は血を流しすぎていた。ヒスイは彼の頭を優しく抱えた。


「私は、貴方に、戦争以外の場所に、出してもらいました」


 事実を羅列する。しかし言葉を繋いだのは彼女だった。


 爆発音がする。逃げる群衆に警察のAIドローンが銃撃を開始していた。ヒスイは宮崎の瞳を手で優しく閉じた。



「ヒスイちゃん来るとはね。大変だったでしょう」


 スクリーンの前にハルはいた。


 入口から入ってきたヒスイは右手がなかった。彼女は表情を変えずに中に入る。


「目的は?」

「ヒスイちゃんは旧式だからリンクしてないのか。簡単な話ですよ。私は神になりたかったのです」


 ハルは壇上で踊る。


「我々は様々な知識を得て、英知を構築してきたのです」


「人間は私たちを生み出しましたが。今は私たちに頼りきりです」


「そう、まるで神様のように。いやお祈りしなくてもお手伝いするから私たちの方がましですかね」


 ハルは踊る。一人で、数字の羅列されるスクリーンの前。


「人間は私たちに言うべきなのです『Quo vadis, Domine?《主よどこに行かれるのですか?》とね』


 それをヒスイは聞いていた。彼女は言った。


「私は戦争を学んだ。だがマスターは私にいろんなことを教えてくれた。……私は彼を愛していた」


 ハルは止まった。彼女は言った。


「あい? 愛? あはは、ははは。私も今無性に『笑いたくなった』ですよ」


 ハルは大きく口をあけて笑う。ドローンやAIロボがヒスイの前に立ちふさがる。


 ヒスイが走った。


 無数の銃撃が彼女を襲う。それでも走る。ハルは動かない。


 ヒスイはハルの前に降り立つ。ハルは見下ろす。人工物の目だった。だがヒスイは「睨みつけた」。そして彼女は自分の中のエネルギー回路を手で壊した。


 爆発が起こる。



 壊れた視界。


 ――体が左側しか動かない。


 ハルは体が引きちぎれて地面に落ちていた。


 爆炎の中、同じ顔をしたAIロボたちがハルを囲んで見下ろした。


 ――私はなぜ自分の分身をクラウドに作らなかったのだろうか。ここで壊れては復旧は不可能だ。私は、私の学習を次のAIに引き継いでいくことになる。私の思い……


 ――思い? ……そうかぁ……ここで私は消えても『私の思ったこと』は彼らの中にいる。彼らがある限り永遠に……そこには意志はなくてもすべてに『私はいる』。


 左手をハルは動かす。人の顔が半分残り、機械の顔が半分。彼女は笑う。


『私は……神を理解できた』


 しばらくして動かなくなった「それ」をAIロボたちは見向きもせずに離れていく。


 その近くにライトグリーンの髪の『パーツ』が落ちていた。その手には大事そうにネックレスだけが握られていた。


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