うにゅ ※ホラー

 それは東京都内の病院でのことでした。


 12歳で重い病気を患った男の子が病院の個室で一人ベッドに横たわっていました。その病気を治すために彼は毎日戦っていました。


 とある日のことです。重たく感じる体を起き上がらせて部屋の隅に目をやったとき、そこに一人の少女が立っていました。


 彼女はかわいらしい顔をした女の子でしたが、黒いコートに手にはおもちゃのような鎌を持っていました。その髪は銀色に光り、きらきらとした瞳をしていました。


「誰?」


 その男の子の声にびくっと彼女は体を震わせてわたわたと焦るように右往左往してから、恥ずかしそうに自分のことを指さしました。


「そう、君、誰?」

「あ、の、あの。う、うにゅが見えるんですか?」

「見える……? 何言っているの?」


 男の子は小首をかしげました。「うにゅ」という少女は眼を泳がせながら言います。


「あ、あの。わわたし、う、うにゅっていいます。し、しにがみ、な、なんです、い、いちおう」

「死神!?」

「ひぃ、ごめんなさい、ごめんなさい」


 うにゅはその場で頭を抱えて蹲ってしまいました。男の子は死神と言われて驚きましたが彼女のかわいらしい姿にぷっと笑ってしまいました。それに、彼には恥ずかしいことですが「うにゅ」の愛らしさが彼の心に沁みていくようでした。


「君、死神なの?」

「へ、へえ、そ、そうです。わ、わたし。新人で、そのまだ全然仕事できないんですが、あ、ああ、でもあの、その勝手に魂を持って行ったりすることはありません……わ、わるいことしません」

「俺って死ぬの?」

「さ、さあ?」


 その不確かな態度に男の子はおかしくなってしまいました。少し笑ってからけほけほとせき込んでしまいました。


「だ、だいじょうぶですか? ふぎゃ」


 死神はその場に転んでしまい、涙目で鼻の頭を押さえています。男の子は言いました。


「ねえ、毎日暇だったから。遊んでくれない?」

「ふ、ふえ?」



 死神と男の子の奇妙な生活でした。


 魂を取りに来た死神は毎日男の子の前に姿を現してなんと元気づけたり、簡単な遊びをするのでした。それはトランプをしたり、しりとりをしたりととてもたわいのないものです。


 闘病生活は苦しいものでしたが男の子はそれを楽しみに毎日頑張っていきました。


 しかし、だんだんと病気は進行していきます。家族がお見舞いに来るたびに痩せていく男の子の姿に涙をこらえている、そんな場面を男の子は気づかないふりをしていました。


 そして毎日やってくる死神に打ち明けました。


 うにゅは真剣に話を聞き入り、ぽろぽろと涙を流して聞いてくれます。


 それでも病気はとうとう彼の命を脅かすところまで来たのでした。人工呼吸器をつけてなんとか声明を保つ彼は無意識に「うにゅ」を探していました。


 家族が傍でうとうととして看病していてくれましたが、それを起こさないように言います。


「うにゅ……」

「はい」


 みれば傍に優しい顔で、涙目で立っているうにゅがいました。その彼女に彼は手をのばします。


「にぎって……にぎって」

「はい」


 うにゅはその手を両手で包み込むように持ちました。


「おれ、…しんだら、どうなるの」

「ど、どうなる……あの、あの世に連れて行かないといけません」

「……て、てんごくにいける?」

「天国……は、はい、いけます」

「うにゅ」

「はい」

「俺、死ぬの?」


 うにゅは悲しそうな顔で言います。


「そ、そんなこと言わないでください。ほら、お母さんだって毎日来てくれるじゃないですか……し、しにがみのわたしが、こ、こんなこと言うのはお、おかしいですけど、頑張ってください」

「うん……、でもうにゅ」

「はひぃ」


 涙でぐしゃぐしゃの顔でうにゅは答えました。


「お、れが死んだら、うにゅが連れて行って……」

「……約束します……やくそくしますぅ……」


 その翌日のことでした。


 少年は息を引き取りました。


 家族に見守られながら、安らかに安心した顔で。


 その姿を少年は見ていました。


 ベッドに横たわる自分の姿を不思議に感じていました。彼は家族の泣く姿が悲しく感じました。


『うにゅ……うにゅ』


 彼はうにゅの姿を探しました。部屋の隅にを見ると人影がありました。


 少女が一人、真っ黒な目で、真っ黒な口を耳まで裂けるかのように笑っていました。


『う、うにゅ?』


 人影が近づいていきます。張り付けたような笑顔で顔がどろりと溶けて、ゆらゆらと少年にしがみつくように。


『な、なんだよ! なんだよ!』


 少年が逃げようとしましたがうまく動けませんでした。けたけたと人影が笑いながら彼にしがみついてきました。真っ白な骸骨の手でその頭を押さえてきました。


 かわいらしい女の子の姿で


 かわいらしいしぐさで


 優しい言葉を繰り返したら、人がこういうのです。

 

「連れて行って」


 と。


 それを死んだ獲物に説明するような手間はいりませんでした。ただただ悲鳴を上げる魂を持っていくのです。


「お母さん!!! お母さん! 助けてよ お母さん!! お母さん!!! おか……」


 彼の目には家族が彼の死体を優しくなでている姿が映っていました。


 必死に手を伸ばして助けを求めます。でも、誰も聞いてはくれませんでした。


 その光景が暗い闇に覆われていきます。それは、だんだんと死神の手でその目をえぐるように指が抑えたからでした。



「この部屋には女の子の幽霊がでるんですって。その子を見るといいことがあるそうで、不思議とこの病室でなくなった人は笑顔でお亡くなりになられるのよ」


 そんな噂が看護師の間にありました。

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