ラブコメがわからないっ!~友人A視点で見るヒロインレースのススメ~

小鳥遊 千斗

これが僕らの日常風景

 高校生になったら、何をしよう。


 子どもの出口。大人の入り口。

 その中間に位置する、最も美味しい・・・・三年間。

 人生で一度きりのそれを、最大限良いものにしたい。

 多くの少年少女がそうである様に、僕、【清瀬友春きよせともはる】もまた、そう願う一人だった。


 これまで運動部一本だったし、文化部にも入ってみたいな。

 文化祭では、何か出し物とかしてみたい。バンドなんていいかも。

 仲間内で泊まりの旅行とか、これまで許されなかった遊びもしたい。

 あーでも、何をするにもお金がいるな。せっかく解禁されるんだから、バイトもやってみよう。

 あとはまぁ、彼女なんていれば、言うことないよね。うへへっ。


 入学式の前日に、やりたいことを箇条書きにしていたら、いつの間にか夜が明けていた程度には、華の青春に夢を見ていた僕。

それが、どうだ。


『待てやゴラァァァ! このクソガキ共ォォォ‼』


 夜の新宿、歌舞伎町。

 キラキラした青い春とは真逆の、ギラついた大人の歓楽街で。

 僕は強面のお兄さんたちを相手に、必死の逃走劇を繰り広げていた。


 もちろん、こんなのをやりたいことリストに書いた覚えはない。

 物語の主人公みたいな青春が送りたい、と思ったことはあるけど、それはあくまで日常系とかラブコメの世界だったらという話で。

 誰が好き好んで、こんなヤンキー漫画みたいな状況に身を投じたいと思うものか。

 ……いやまぁ、それを厭わない奴が身近にいるから、こんなことになってるんだけど。


「颯吾てめぇ、話が違うじゃねぇか! 証拠押さえたら穏便に話をつけて解決、って計画はどこ行った!」


 後ろから聞こえる怒声に肝を冷やしながら、並走する相棒をなじる。

 しかし息苦しい。顔を隠すために着けているサングラスとマスクが、こうなると非常に邪魔だ。


「やー、まさかケツ持ちがいたとは。流石に見通しが甘かったな、失敗失敗」


 小柄な僕より二回り近く大きい身体で悠々と駆けながら、そいつは緊張感の欠片もない調子で笑った。


秋津颯吾あきつそうご


 我が家の左隣に住んでいる幼馴染で、生まれてこの方、高校2年生現在に至るまでの時間を、共に過ごしてきた親友だ。

 その人と成りを一言で表すなら、みんなの兄貴分。

 容姿端麗。頭脳明晰。運動神経抜群。

 基本の三拍子に加えて、性格までいい完璧超人である。

 困っている人がいたら放っておけない、面倒見のいい性格で、見ず知らずの相手のため奔走することもしばしば。

 学内での人気は男女問わず高く、非公認のファンクラブまでできている。

 まさしく、漫画かドラマの主人公の様な男だ。


 そして、この状況を作り出した元凶でもある。


「お前はいつもそうだ! 頭いいクセに段取りが大雑把で、いつだって僕がその割を食うんだ!」

「まぁでも、『運は天にあり~なんたらかんたら~手柄は足にあり』って言うだろ。考えるよりまずは行動ってことで」

「都合の悪いとこだけ端折んな! 流石の謙信公も鎧を着るくらいの準備はしとけって言ってるわ!」


 ギャースカ言い合いながら、新宿東宝ビルの前に差し掛かる。

 と、そのタイミングで数人の追手が正面に現れた。

 ホストと半グレの混成軍。普段なら、街で見かけても絶対目を合わせない相手だ。ちびりそう。


「んげっ、先回りされてる!」

「構うな、大通りまで突っ切れ!」


 颯吾に促され、ビルの前から伸びるセントラルロードを、南へ向けてひた走る。

 ヤ、ヤバい、障害物のない直線になったからか、背中に浴びせられる怒声が近づいて来てる気がする……!


「な、なぁ颯吾。今からでも、話し合いで解決する方向に修正できないかな? あちらさんの言い分も聞いて、譲歩するべきところは譲歩する感じで」

「譲歩するかはともかく、話し合いをすること自体は構わないけど……」


『生きて帰れると思うなよガキ共!』

『ヤキ入れるだけじゃ済まさねぇからな!』

『特にチビの方! ひん剥いて動画撮って、その手の層に売り捌いてやるからな!』


「……あっちがなぁ」

「イヤァァァァァァ!」。


 ナンデ⁉ ナンデ僕に対してだけ私刑の内容が具体的なの⁉

 身の危険を感じて、速度を上げようとするものの、全力疾走で疲れ切った足には力が上手く入らない。

 すわ、僕の貞操もここまでか。

 そう諦めかけたところで。


 ピーっ! ピピピ、ピィーッ!

 不意の警笛音に顔を上げる。

 進行方向、セントラルロードの入り口付近に、数人の警官の姿があった。


「そこの一団、止まりなさい!」


 天下の公権力の登場に、強面のお兄さんたちは『ヤベっ』と口々に言いながら、来た道を引き返していく。


「ゼェっ、ゼェっ、ゲホッ……こ、これは?」


 追手がいなくなったのを確認して、颯吾に尋ねる。


「この辺りで喧嘩騒ぎが起きてるって、事前に通報しておいたんだ。いざという時のための、エスケープゾーンってわけ」

「おまっ、そうならそうと、先に言えよな……」


 ちゃんとリスクヘッジも考えてたんだな、こいつ。サスガダァ。


「ま、できれば使いたくない、本当の最終手段だったんだけどな」


 ……? 何故だろう、一番安全な作戦じゃないか。


「君たち、ちょっといいかな」


 僕が首を傾げていると、警官の一人が声をかけて来た。


「あっ、お巡りさん! 危ないところを助けていただき、ありがとうございました! このご恩は、いずれ必ず出世払いで……」

「あー、うん。そういうのはいいから。僕たちもこれが仕事だし。それはそれとして……」


 ガシッ。

 不意に掴まれる、僕の腕。

 警官が優しい声音で、しかしガッチリと拘束しつつ、尋ねる。


「君たち、見たところ高校生くらいだよね? ちょっと、お話聞かせてもらってもいいかな?」


 現在時刻は、23時07分。

『東京都青少年の健全な育成に関する条例』によれば。

 18歳未満の少年少女の深夜徘徊は、補導の対象となる。らしい。


「…………………………うっす」

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