第51話

(……ハクアさんを無力化するには、どうすればいいだろう)



 人間を殺さずに拘束する、などということを、流歌はしてこなかった。ダンジョンで探索者狩りに遭遇したときには、相手を殺せばいいだけのことだった。だから、そのための剣術を、今は持っていない。そういう発想も持っていなかった。


 拘束の力が必要になった今、そのための力を作り出す。



(無力化するだけの剣術。そう難しいことじゃない。例えば……剣を突き刺した相手を封印する、みたいな技でいい)



 流歌は想像を広げて、剣術を創造する。


 幻想剣術を使いこなすには、イメージ力と情熱が重要だ。より強くイメージしたもの、より強い情熱を持って生み出した剣術が、強力な力を発揮する。



(たとえば、異世界で勇者と魔王が戦って、だけど二人共、単なる悪ではなくて……。お互いに、相手を殺したくないと思ってしまう。そんなとき、勇者は、魔王を殺すのではなく、封印することを願う。そんなときに活躍する剣術だといいかな……)



 流歌はさらに想像を膨らませる。


 異世界の誰かの話ではなく、自分がメルと戦う必要が出たときのことを想像する。


 戦争は、理不尽に起こってしまうもの。もしかしたら、流歌はメルと戦わなければならない日が来るのかもしれない。


 そのとき、流歌はメルを殺そうなどとは考えないだろう。魔族で、魔王軍幹部と言いながら、その中身は少しお茶目で、心優しい。そんな相手を、流歌は殺せない。


 殺せないから、封じる。


 戦争が終わり、やがてまた、人間と魔族が手を取り合える日が来るその日まで。



(……メルさん。もし、私があなたを封じる日が来たとしても……私は必ず、あなたが当たり前に生きていける世界を作る。そして、封印を解く)



 不意に、流歌は支部長の言葉を思い出す。



『人って年齢を重ねると変わっていくものなの。今はまだ、自由に探索していたいのかもしれない。でも、もう五年、十年すれば、自分のことより周りのことに関心が向くかもしれない。もしそうなったら、私に声を掛けてちょうだい』



 自分の好き勝手に生きたいという気持ちは、確かにある。


 でも、メルを封じなければならない日が来てしまったならば、自分のことばかり考えて生きることも、ないかもしれない。


 見知らぬ誰かのためには頑張れなくても、大切に思う誰かのためになら、頑張れる気がする。世界を変える、なんて大きなことのために、尽力できる気がする。



(……支部長の言っていたのは、こういうことかな。まぁ、そのときになってみないと、わからないけど)



 ともあれ。


 流歌は、新しい技を作り上げた。


 メルのおかげで明確なイメージを付与できて、情熱も込められている。



「殺してはいけない戦いというのは、なかなか難しいものですね。ハクアさんになかなか手を出すこともできませんでした。でも……そろそろ、この戦いも終わらせます」



 流歌の宣言に反応するように、白雪は掲げた杖に大量の魔力を込め始める。


 直感的に、その魔法が発動すれば自分は死ぬだろうと、流歌は思った。


 このままでは、新技を披露する前に負けてしまう。二度と復活できない、死を迎えることになる。


 死の気配が間近に迫ってなお、流歌は恐怖を感じない。思考が鈍ることも、体が動かなくなることもない。


 メルに恐怖を忘れさせてもらえたのは、命をかけた実戦において、本当に有用だ。



(……ハクアさん。この勝負は、私が勝たせてもらうよ)



 流歌は氷竜を切り刻み、バラバラにする。その再生には一秒も掛からないが、一瞬でも隙があればいい。


 流歌は最大速度で白雪の元へ飛ぶ。


 大規模な魔法を使おうと力を溜めているせいか、白雪は流歌の接近に対応できない。



(……幻想剣術、封印の剣)



 流歌は白雪の腹部にエクスカリバーを突き刺す。


 それと同時に、白雪の体を幾重もの光の帯が巻き付く。その激しい輝きに、流歌は目を細める。


 光は白雪だけでなく、周囲の魔力さえも吸収し、包みこんでいく。氷竜も、周囲を覆う雪や氷も、次第に消滅していく。


 封印の影響か、激しい風も吹き荒れる。


 その風もやがて鎮まり、白雪の体から力が抜ける。目や口から溢れていた黒い霧が途絶え、白雪の表情に変化。


 白雪は、薄く微笑んでいた。



「……お義姉さん。とめてくれて、ありがとう……」



 一言だけ漏らし、白雪は気絶した。倒れそうになったその体を、流歌が支える。



「……ハクアさん?」



 返事はない。やはり、気絶している。エクスカリバーがその腹部を貫いたままで、剣を抜かない限り、白雪が目覚めることもない。



「……ひとまず、ハクアさんの鎮圧は成功ですね。力は封じましたが、死んではいないので安心してください」



:お疲れ様、ウタちゃん!


:ありがとう、ウタ! ハクアちゃんを救ってくれて!


:相変わらず何をしたのかわからないけど、とにかくすごかった! ぶわぁああああ、ってなってた!


:ウタさん、お疲れ様です。かっこよかったですよ! 早くダンジョンに連れて行ってあげてください!



「そうですね。ダンジョンに連れて行って一度殺すまでがお仕事です。ハクアさんを殺すのは気が進みませんけど、元に戻すためなら仕方ありません」



 流歌は白雪の体を横抱きにし、ダンジョンへと向かおうとする。


 そこで、不意に殺気を感じ取る。


 流歌はとっさに前に飛び、その気配から逃れる。



「痛っ」



 流歌は首に鋭い痛みを感じる。触れてみると、首の左側に裂傷を負っていた。致命傷ではないが、血が流れている。



「おいおい、今のを避けるのかよ。完全に気配は消してたはずだぞ?」



 男の声がした。流歌は声の方に視線をやる。誰もいない。正確には、誰もいないように感じる、だろうか。



(高度な隠密スキルを持った敵がいる。そして、私を殺そうとしていた。……私たちに転移トラップを仕掛けた奴、かな)



:どうしたどうした?


:ウタちゃん、首から血が出てる!


:何が起きた?


:ウタさん、気をつけてください。隠密スキルを持つ誰かに狙われています。



「おい、女。そいつを離すなよ? お前がそいつを放置すれば、俺は真っ先にそいつを殺す。地上で死ねば、もう生き返ることもない」


「この状況で狙ってくるなんて、本当に性格が悪いですね。そんなに私を殺したいですか?」


「ああ、そうだな。お前は邪魔だ。ここで死ね」



 流歌の能力でも、相手がどこにいるのか感じ取れない。その接近もわからない。


 ただ。


 敵が流歌を仕留めようとするその一瞬だけ、流歌は敵の気配を感じ取る。


 流歌は敵の攻撃を避けて横に飛ぶ。右腕に傷を負った。



「やるじゃないか。あのトラップから生き残っただけのことはある。だが、いつまで避けられるかな?」



 敵の一方的な攻撃が続く。流歌はただ、敵の攻撃を避けることしかできない。

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