第37話 こいずみるか
流歌にはいくつもの奥の手がある。
消耗が激しかったり、使用に制限があったりで、使う機会は少ない。
その中でも、これを使うのは特に稀。
「……流れる歌に身を任せ、心のままに舞い踊れ。こいずみるか」
流歌の前に現れた少女は、流歌の幼い頃の姿によく似ている。似ているどころか、本人と言って差し支えない。
るかが流歌の魂そのものであることを考えれば、同じ容姿をしているのも当然のこと。
るかは純白のワンピースをはためかせながら、目一杯走り回る。るかが通り過ぎた場所で、色とりどりの花が咲き乱れる。その花はどんどんと広がっていき、階層中を花畑が覆っていく。
当然ながら、ただ階層中に花畑を作るだけの技ではない。
花畑が生まれると同時に、上空の火球が少しずつ小さくなっていく。
「これは……?」
メルが困惑している。
るかは構わずにはしゃぎ、歌い、好き勝手に舞い踊る。
流歌はもうすることがないので、脱力して地面に寝転びながら、メルに話しかける。
「……これは、端的に言うとこの場にいる全ての人から、戦意を喪失させる技です。しばらく、誰も攻撃魔法や攻撃系のスキルを使えません。ついでに言うと、この技は既に剣に込めた魔力を消費するので、私の魔力がゼロでも使えます」
「……戦意を喪失? つまり、魔法無効化などとは違い、あくまで魔法を使う者に働きかけて、攻撃魔法を使わせなくするということですか」
「そういうことです。相手を傷つけるという行為ができなくなります。実際、あなたももう、私と戦おうという気持ちにならないでしょう?」
「……そうですね。あまりにも気持ちが穏やかで、戦闘の継続は困難に思います」
「これ、自動発動のトラップとかは防げないんですけど、魔物や人間を相手にするときには、ある意味最強の技なんです」
使用条件は、流歌がダンジョン愛を溢れさせること。
きっかけは色々あるが、今回の場合、メルが未知の魔法を連発した上、流歌を圧倒してみせたことで、流歌はこの上なく興奮した。それがダンジョンに対する愛に繋がり、この技の発動を可能にした。
ちなみに、原型は剣の解放という技だった。こちらでは、自分が武器とスキルを使えなくなる代わり、敵も武器とスキルを使えなくなる効果があった。これはこれで有用だったけれど、素手での戦いは継続可能。一方、こいずみるか、と名付けたこの技は、武器の放棄などは関係ないが、お互いの戦意を喪失させるため、そこで戦闘は強制終了だ。
「……勝ち負けを
「そうなります」
「……引き分けでは、この階層から出ていくことはできませんよ?」
「じゃあ、説得されてください。私、色々と技をお見せしましたよね? あくまで魔法を破壊するのに使いましたが、実際、メルさんを狙えば、メルさんに勝つこともできたんです。私の勝ちでしょう?」
「それはお互い様です。わたくし、あえてあなたに抵抗する時間を与えながら戦ったんです。天災級の魔法を発動しつつ、究極級の魔法で追い込んでいたら、あなたはもう死んでいましたよ」
「では、もう一押し。私、とにかく急ぎやるべきことがあるんです。それを果たすためなら、どんなことでもしますよ。るか、ちょっと来てください!」
「はーい」
るかが戻って来る。流歌も立ち上がって、メルを羽交い締めにする。
「……お二人で何をなさるおつもりで? お互いに攻撃できないのでしょう?」
「そうです。でも……戯れることはできます。るか、頼みます」
「任せて!」
るかがメルの脇腹をこしょこしょし始める。
「わ、ちょ、やめてください! わたくし、そういうの、弱いんです!」
「ああ、良かったです。人間型だったので、こういうのも効果的ですね」
メルがびくんびくんと暴れる。流歌は必死で押さえつけ、逃げられないようにする。
これは攻撃ではない。単なる戯れである。
「や、やめて! らめです! いやぁああああああ!」
「ほらほら、やめてほしかったら、負けを認めてください。それで楽になれますよ」
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ」
「あひゃ! うみゃ! りゃ、りゃめ、うみゃああああああああ!」
メルが何歳なのか、流歌は知らない。おそらく自分よりは年上で、百歳くらいは余裕で超えているかもしれない。
そんな女性が、流歌とるかの戯れによって泣きわめく。
るかは的確にメルの弱いところを探り出し、くすぐりまくる。
メルはだんだん成人指定みたいな声を出し始め……。
「わ、わかりました! もうわたくしの負けでいいです! やめてくださぁああああああああい!」
流歌は、地下九十八階の主に勝利した。
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