第15話 到着

 * * *


:鬼丸とかいう探索者、普段は自分が最強みたいな雰囲気出してるくせに、速攻で死んでて笑うわ。


:Sランクって意外と大したことないんだな。俺でもなれそう。


:いえーい、鬼丸信者たち、見てるー? 鬼丸は最強とは程遠い普通の探索者だったよー? 証拠映像もあるよー?


:鬼丸って、配信中はなんかいい人ぶってるけど、実際のところは亭主関白のクソオヤジだと思うわ。


:偉そうに指示出してるけど、それどうなん? ってのも多いよな。


:やっぱり最強はハクアちゃん一択だろ! ハクアちゃんなら、あの場面でも一瞬で敵を全滅させられたわ。


:いやいや、神代君だって、あの場面でちゃんと敵を壊滅させられたって。炎をどーんと一発かまして終わり。


:ヨルちゃんだって、あの程度の敵には負けない。


:つか、鬼丸が弱すぎ。なんであんな程度の敵にあっさりやられてんの?


:鬼丸推しって誰なんだろうな? 筋肉フェチの変態さん?


:おい、なんか、鬼丸の死体回収のために、Sランクの探索者全員に招集がかかったってよ。


:え、マジ? 最強決定戦できちゃう?


:ああ、もしかして、最強決定戦のきっかけ作りのために、鬼丸はあえて死んでみせたってわけ?


:それは感謝。でも、死に方はダサかった。


:仲間を逃がして自分が敵を引き付けるとか、少年漫画の見すぎじゃね?


:そういうなよ。男が憧れるシーンじゃん。中二病とかを越えても、三十路病ってのもあるんだよ。


:あのおっさん、もう三十四だけどな。


:男の子はいつまで経っても男の子なんだ。許してやれよ。ただ、Sランクの称号は返上してほしい。


:それなー。



 * * *



「……やれやれ。優秀な人間がちょっとつまづいたとき、どうしてもこういう馬鹿な連中は現れるんだな」



 電車移動の最中、流歌はまだ継続している鬼丸の配信を確認していた。画面に動きはないのだが、リスナーによるコメントは増え続けている。鬼丸に好意的なコメントも散見されるけれど、鬼丸をこき下ろすコメントの勢いが強い。



「まぁまぁ、流歌さん。人間は嫉妬深くて意地の悪い生き物だからさ。他人より上に立ちたくても立てない人は、そうやって憂さ晴らしするしかないんだよ。人が社会生活を営む上での宿命かな。何も言わない死体の方がまだ可愛いよね」



 流歌の隣の席に座る愛海も、呆れ混じりに言った。


 なお、愛海の交通費については自腹である。仕事ではないので当然だ。



「……こういうのを見ると、他人のために頑張る、自分を犠牲にする、なんて行為がものすごく滑稽に感じる。私はやっぱり、自分のためだけに探索活動を楽しんでいたい」


「それも一つの自衛手段だね。他人のために頑張って、ろくに見返りもなければ感謝もされない、さらには文句を言う連中まで沸いてくるんじゃ、やってられないよ。心を閉ざすのも、自分の心を守るためには悪くないね」


「……でも、きっと、鬼丸さんはこういうコメントを見ても、あんまり気にしないんだろうな。根っからの善人というか、お人好しというか……。みっともないところを見せてすまん、ちゃんと認めてもらえるように精進する! とか言いそう」


「……流歌さん。やけに鬼丸さんの肩を持つね。やっぱり鬼丸さんのことが……」


「鬼丸さんがなんだよ……。別に異性としての興味はないぞ? 単にその人間性を尊敬しているだけだ」


「そう? ならいいけど……」



 愛海が目を細める。抜き身の刃のような視線で、流歌は少し怖くなった。


 そんな話をしつつ、流歌たちは紅月のダンジョンがある市に到着。


 特段焦る必要もないのだが、だらだらする状況でもないので、真っ直ぐに市街地にある紅月のダンジョンへ。


 紅月のダンジョンは、体育館のような建物の中にある。その建物の入口付近に、鬼丸パーティーの一人であるチカラと、探索者協会の職員がいた。他のSランク探索者は未着。三人とも来る予定らしいので、流歌が最初に到着したということだ。



「こんにちは。Bランク探索者のウタです」


「こんにちはー。聖女スキル持ちのヒカリです。ウタ姫の付き添いですが、お手伝いできることがあればしますよ」



 流歌は職員とチカラに挨拶。


 職員は、三十代くらいのメガネをかけた男性。中肉中背で特徴らしい特徴はないが、強いて言えば生真面目そう。


 チカラも三十代だが、身長は高く体もゴツい。筋肉系男子だ。



「ああ、噂のウタさんですね。それと、幻陽のダンジョンの聖女様。わざわざありがとうございます」


「来てくれてありがとう! しかし……さっき色々と説明は聞いたが、Bランクってのはどうなんだ? 本当に大丈夫か? 地下八十八階だぞ?」


「私も未経験の階層です。危険かもしれませんね。なるべく生き残りますが、死んだときには死体の回収をお願いします」


「いや、そんな危険だと思うなら、始めから入らないでほしいんだが……」



 心配するチカラに、愛海が無責任に言い放つ。



「大丈夫ですよ! ウタ姫はとっても強くて、その真の実力は他のSランク探索者さんたちの更に上です! 今日もとびきりの活躍を見せてくれるに違いありません!」


「おいおい、ランクに見合わない実力があるとしても、ゴウケンさんの更に上ってことはないだろ? あのゴウケンさんだぞ?」



 チカラがやや険しい顔をする。そこは、鬼丸パーティーの一員として譲れないようだ。


 そして、ややこしいことに、愛海も譲るつもりがない。



「いえいえ、ウタ姫こそが日本最強……どころか、世界最強の探索者です! ゴウケンさんが弱いなどとは思いませんが、ウタ姫は格が違うのです!」


「ほぉ……そうかい。こんな状況で言うのもなんだが、ウタさんがどんな活躍を見せてくれるか、実に楽しみだ」


「ふふふ? きっと度肝抜かれますよ? ウタ姫は最強ですから!」



 睨み合う二人。流歌と職員男性は蚊帳の外。


 流歌は気まずい思いをしつつ、言い添えておく。



「あの……私は別に最強なんかじゃなくて、ゴウケンさんより上だなんて思ってませんから……」



 愛海とチカラからの反応はない。死体でもないのに死体のようだ。



「まぁいいか……。あの、職員さん」


辻村つじむらと申します」


「辻村さん。全員の集合は何時頃になりますか?」


「ジンさんがもうじき到着予定ですが、ハクアさんとヨルさんは三時間後くらいです」


「そうですか……。二人は遠方に在住ですもんね」


「申し訳ありませんが、もうしばらくお待ち下さい。集合まで、近くのカフェなどで待機されてても構いません。領収証をいただければ、その分は協会から支給しますよ」


「……そうですね。ここで突っ立ってても仕方ありませんし……何やら不穏な感じもしますし……」



 流歌と辻村が話している間にも、愛海とチカラが言い合っている。



「ウタ姫はたった一人で地下七十八階まで到着しているんですよ! すごいでしょう!?」


「ゴウケンさんなんて一人で地下八十階まで攻略してるんだぞ!? 知らないのか!?」


「ああ、知ってます知ってます。ボロッボロになって辛うじて攻略したって感じのあれですよね? ウタ姫はかなり余裕で七十八階を攻略してるんです!」


「なんだと!? ボロボロだろうと、地下八十階を攻略できる人類は日本に一人だけだ!」


「ウタ姫はですねぇ!」


「ゴウケンさんはなぁ!」



 放って置くと、本当にいつまでも不毛な争いが続きそうだ。



「……ヒカリさん。公衆の面前で変な喧嘩しないでください。行きましょう」



 流歌は愛海の腕を引いて、チカラから引き離す。


 このまま喫茶店でも行こうと思ったのだが……。



「あ! ちょっと待ってください! 配信の様子が……」


「配信の?」



 辻村が、スマホに映している鬼丸の配信を流歌たちに見せる。


 ただ死体が映っているだけのはずなのだが、そこに見慣れぬ風貌の魔物が現れた。


 二足歩行だが、人間ではなく、黒い猿のような容姿。身長は三メートルくらいあるだろうか。


 そいつは鬼丸の死体に近づき……腕をむしり取った。そして、それをむしゃむしゃと食べ始める。普通の魔物は骨を残して肉だけ食べるので、残った骨を回収すれば蘇生は可能。しかし、こいつは骨ごと貪り食っているため、死体がその場に残らない。死体が全くないと蘇生も不可能だ。



「……骨まで食うタイプですか。いわゆる食い尽くし系……」


「……そのようですね。このままでは、ゴウケンさんの死体がなくなってしまいます」


「ということは、急ぎ現場に向かわなければならない、ということですか」


「……はい」


「……はぁ。仕方ないですね」



 鬼丸パーティーが敗北した階層に、急ぎ向かわなければならない。


 自ら死にに行くようなもので、さらに、そこには食い尽くし系の魔物までいる。自分も死んだら、丸ごと食われてしまう可能性があり、危険度は高い。



「やっぱり断れば良かった……」



 流歌はうんざりしながら溜息をついた。

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