非礼するもの、比例するもの

 運ばれてきたイントツルスのタパス小皿料理ガスパチョ冷製トマトスープは彼の血の気のような冷たさを保っていた。コトリと置かれたアヒージョの暑さが彼に汗をかかせているようにすら見える。

 内心は完全に冷めきっているリリーナは手紙一つで反応を変えたイントツルスに疑問を感じたものの後で聞けばよいかと追加でやってきたフォアグラをきれいな所作で食べていた。堅苦しいフルコースより好きなものを食べるほうがやはり楽でいいと思いながらもカロリー計算をするリリーナはイントツルスの今後よりも自身の体重のほうが大事であるほどもう見限っていた。


「こちらは……」

「読んでのとおりです」


 貴族的な修飾語は定型文でなにも表すものはない。文面は兄を高く評価してリリーナに下手に出て強く強くお願いをする内容。

 これだけ見ればリリーナ・シュツッテンファンベルクはカール・ベッサ公爵より偉いとすら思えるだろう。

 書いたカールですら無任所大臣の9歳など偉いに決まっているし、将来何されるかわからないと丁重に下手に出ているのだから本人の感覚では先祖のやらかしで未だに干されているのにウェラー公爵とやり合って出世して生きてるめっちゃ優秀な子供じゃないか……であり普通に怖いのだから仕方ない。

 同時に兄貴もこんな派閥に入れば安泰だなとも思ってはいるが。


「深く、深く理解いたしました……」

「ええ、弟の領土の問題汚染土のこと


 少なくとも格付けは終わった。

 元から決まっていたのだがイントツルスが思い出したと言うべきか。少なくとも彼が財閥よりも政治にもっと興味を持っていればもう少し良い着地点があっただろうが彼のその性格とウェラー公爵の能力の高さ、それに乗っかっていれば安泰であるという慢心。間違いなく10年前であればもう少し上手くやれたことを失敗する始末。

 もしも今の彼が10年前からやり直したらお飾りにも選ばれなかっただろう。

 彼は座っているだけで利益が得られる環境に慣れすぎた。いけると売り込みに行く際に絶対に成功する案件、帝国のやらかしで補給問題が置きたこと、ベッサの汚染土輸送問題のような絶対に取れる仕事。北部左遷されるリリーナ閥への馬車の売り込みと問題さえ起こさなければ成功するだけの仕事に慣れすぎた。

 端的に言えば財閥のトップになれると夢想した彼自身の傲慢さが馬脚を現して今がある。


「今後はリリーナ様とベッサ公爵閣下、オリバー様のお支えになれるよう粉骨砕身の努力をさせていただきます……」


 その括りにされるのかと若干嫌そうなリリーナであったがオリバーがいる時点でそのラインは許容範囲だなと諦めていた。


「ええ、頑張ってくださいます。高田財閥は解体されましたからね」

「高田財閥が!?」

「シーッ……。いけませんわね、そのような声で」

「し、失礼いたしました……」


 迂闊ですわね。リリーナはイントツルスの評価をまた一つ下げかけたが普通に考えたらありえない出来事でもあるためまぁ仕方がないと許容した。


「ベルソンヌ財閥がどうなるかまではわかりませんわ、態度次第では解体もあるでしょう。なにせ高田財閥は自主的に総帥が解体しましたからね。株式すべてを手放し売った金額を寄付金強要した会社の補填に回しましたわ。本当に……ご立派ですこと」


 あなたと違って。と含ませていうリリーナはポトフのじゃがいもをパクリと食べていた。


「それでは残りの三財閥は……」

「今後は高田財閥が基準ですわね」


 ご愁傷さまという言葉は口に出さなかった。もはや失敗してもそれでいい、ルブラン商会は残るのだから財閥が消え去ってもいいだろうとリリーナは冷めきっていた。


「我々はどうしたら?」

「高田豪三郎元総帥が基準になるでしょうね。まぁ首をつなげるならそれなりに功績がいるでしょうけども」


 本来は答えてやっても良かったがリリーナの中でのイントツルスは信頼も信用もイマイチな駒にして、使い潰しても良心すら傷まない存在になっている以上はかけてやる情などなかった。


「グレーの取引実績と財閥の帳簿全ての提出でなんとかなりませんか?」

「帝国が把握してるものから漏れてたらなんとかなるでしょうね」

「ベルソンヌ不動産の保持する国外の土地はどうでしょうか?」

「ああ、良いかもしれませんわね。漏れてる可能性もあるでしょうし」

「し、失礼いたします。接触は阻止されていますから私が知る限りの各会社の財政資料は回ってきておりますし、馬車輸出用立地としてベルソンヌ財閥が保持してる国外立地の資料があったはずです。直ちに調べて持ってきます。皆様の支払いはこちらに。それでは非礼ですがここで失礼いたします」


 大慌てでイントツルスは店を飛び出していった。


「別に整然と聞かれたことに答えて自社の財務資料すべて出すだけで温情はもらえたでしょうけどね。まぁそれだけ後ろ暗いことを理解していて結構なことですわね。まぁ今後どういう扱いをすればいいかを見極めるのが目的でしたけど……大分下方修正することになりましたわねぇ」

「申し訳ございません」


 おずおずとやってきたニカラは申し訳なさそうにそういうとリリーナも鷹揚に手を振っていた。


「自分が偉くなったと勘違いしてああなる人間は嫌と言うほど見てきましたでしょう?所詮はあの程度、だからお飾りなんですわ。まぁ10年持っただけいいでしょう、せいぜい駒としてつかうとしましょうか。それにしてもこの程度の金額で代わりに支払うとは片腹痛いですわね。オリバーの料理を見たうえで金額を把握したのは流石ですけども」


 それは3人であれば十分お釣りが来る金額であったが店のの客の金額には大きく不足していた。


「ところであの手紙でどうして態度を変えたのかしら?何の変哲もない内容でしょう?市井ではあなた達兄弟が仲が悪いと思われているんですの?」

「さぁ?我々のことは他人がとやかく言ったところで興味もありませんが。無論迷惑をかけるのであればそれなりに対応しますが。あれは簡単ですよ、平民の目線で手紙を見れば意味は代わります。弟は母や……父のせいもああってか貴族的なことは何もやっておりませんでしたので」

「貴族教育を?」

「貴族教育自体はやるまでもなく終わっていたような気もしますが……。まぁ実際やったとしてもすぐ終わったでしょう。当主になることが決まったのでもう終わってるのではないでしょうか。ですが貴族の教養は一切やっていなかったですね」

「教えませんでしたの?」

「4歳ですよ?5歳になって1ヶ月で例の騒動ですからね。それに私も母のことがあって貴族的教養はさほど……友人に教えてもらって学んだくらいですから」

「それはハリスン侯爵家では学ばなかったんですの?」

「私の母と父が誰であったか思い出してもらえたら幸いです」

「………………非礼な質問を謝罪いたしますわ」


 これでは謝罪されたオリバーのほうが居た堪れない。


「いえ、母と父の存在が無礼なので仕方がありません」


 リリーナもその返しには気まずそうに目を逸らした。


「ええと……それでは皆様、満足できる食事が済んだら出るといたしましょう。私達全員が席を埋めていたら新しいお客様が入れませんからね、お昼時ですし」

「いえ、これほど注文していただけるなら夜までいていただいても結構ですよ」


 丁重にマカロンを持ってきたオーナーの軽口という名の助け舟にリリーナは全力で乗っかった。


「あら?では夜もこちらにしましょうかしら?貸し切れますこと?」

「もちろんです」

「では皆様との食事も楽しむとしましょう。大きなテーブルをお願い致しますわ。フルコースは肩肘張って仲良く出来ませんから雑多な注文になりますが」

「腕の見せ所ですな」

「ええ、この店は私も好きですからね。あら、ここのマカロンは食べてませんでしたが美味しいですわね」


 店員の軽口に軽快に答えたリリーナはマカロンを口に含むとその出来を絶賛した。

 それに気遣いもここまで良いとは思わなかったためイントツルスの評価と比例して店の評価を上げたリリーナは通う日を増やすことを決めていた。

 そして席を埋めている全員、リリーナ派閥の全員は各々の食事を済ませていった。

 不足した支払いはもちろんリリーナである。


「良かったことはマカロンが美味しいことを知れたことでしたわね。ああ、あと……役に立たない人間が最初に選別できたことですわね」

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