第31話 ダンジョン探索をしよう! ⑨

 猛獣キマイラ。 制御を失った怪物は、辛うじてノヴァを敵だと認識したのだろう。


 まっすぐに飛びかかっていく。 巨大な顎が魔族を頭から飲み込むように覆い被さって――――


 だが、それは果たされなかった。


「スキル『会心の一撃』」とノヴァの呟きが俺の耳に届いた。


 ドスドスドス……と鈍い音が連続で幾つか。


 キマイラの背中にナイフが生えていた。    

 

 何が起きた? キマイラが攻撃してくるよりも前にナイフを上に向けて投げ、攻撃に合わせて落下するタイミングを測っていた?


 いやいや、それはない。 離れていた俺の視力を誤魔化すのは無理だ。

 できるとしたら、熟練のマジシャンと同等の腕前が必要ではないだろうか? 


 おそらく、何らかの『スキル』を使用していたのか?


 だが――――


「だが、甘い! 甘いぞ、ノヴァ!」


 ハンニバルの声が響く。


「続けて特殊召喚! キマイラの死体を媒体にして、『獅子頭の剣士』『山羊頭の悪魔』『蛇頭の女』それぞれを同時召喚!」


いや、遊○王かよ。 


魔物使いってそういう職業なのか? 絶対違うと思うぞ、たぶん!


「実験にモンスターを使っていたとは聞いていたが、ここまで精通する知識を有していたが、人間にしておくのはもったいない。 一緒に来るが良い、愚かな人間よ! 共に悠久の時を分かち合わん!」


「フッ」とハンニバルは鼻で笑う。研究者にとって無限に等しい時間は魅力的であるはずだが…… 


「魔族の貴様にはわかるまい。至弱たる人間の強さを! 俺たちはこの一瞬の輝きのために生きているのだ!」


 おい、なんか主人公みたいな事を言い始めたぞ。 


 少なくとも、ハンニバル。お前はそういう善良な人間じゃないはずだっただろ。


 そんな事を考えているとポンポンと肩を叩かれた。 振り返ればアリッサが笑顔を見せていた。


 まるで


「っね? こう周囲が見えなくなるほど熱中した2人の戦いに、入っていくの難しいでしょ?」


 なぜか、そう言ってるように見えた。


「どうするこれ? このまま帰る?」と俺は他の面子に聞いた。


「いやいや」とリリティと受付嬢さんが慌てて止めてきた。 


「忘れているかもしれないけど、私たちの目的は35層で遭難している冒険者の救出だよ」


「あっ! 失念していた。 なんかアホぽいバトルを見ていたら、真剣さが欠けてよくないな」


「そうですね。よくわかります」となぜか同意してくるアリッサだった。


 本当になぜだ? 心当たりはない。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 それから、ハンニバルとノヴァたちに気を使って、感づかれないよう忍び足で35層に到着。


 そのまま、小さな小部屋を安全地帯にして、避難していた冒険者たちを発見。


 その足で34層に戻った。 念のため、機密が多そうなハンニバルVSノヴァの戦いを見ないように救出者たちには目隠しをして貰った。


「さて、君は見学していくかい?」とリリティに言われた。


 ハンニバル対ノヴァの事である。 彼女がそう言うことには意味がある。


 彼女が冒険者ギルドの最高権力者。少なくとも、地方都市ゲルベルクのギルドでは権力者だ。


 彼女の言葉を必要以上に発しないのは、不問にすると言うことだ。


 何やら、ダンジョンに住み着き、『スキル』の実験を行っている魔族 ノヴァ。


 その存在を冒険者ギルド最高権力者が、見て見ぬふりをしようとしている。


 だが、それに――――


 それを俺に聞くことは問うてるのだ。


「おまえはどうしたいのか?」と言外で聞いている

 

「俺は――――」と少し考えて答えを出した。


「俺は、少しだけ遊んでから帰るよ」


 そう言うと、自然と足が2人の戦いに向かっていた。


 俺の目には結界のような物が見える。 もちろん、本物の結界ではなく例え話だ。


 それは戦いの間合いの事だ。 必要以上に踏み込めば、剣や魔法や殺意が向けられる。


 戦いが日常になれば、自然とそう言う物が見えるようになる。


 まるで子供の頃の遠足だ。 あるいは、友達が買って貰ったファミコンのソフトを遊ばせてくれる約束の日。


 戦いは日常? あぁ、俺は矛盾している事を言っているな。


 なぜなら、日常生活にこんな刺激は皆無だからだ。 このご時世、これを言えば批判を浴びる事になるかもしれないが、あえて言おう。


『戦いは、戦闘は楽しい』 


 もしかしたら、それは理解できないかもしれない。 


「相手を殴る事を楽しい」と非人間的な事を言えば、それでも少数ながら納得する人が出てくるかも知れない。


 だが、俺たちは違う。 殴ることも、殴られることも等しく楽しい行為なのだ。


 痛め、痛め付けられる。 痛みを感じる事は生きてる証拠だ。 


 ――――いや、拳で殴られる痛みだけではない。 


 斬る。そして斬られる。


 魔法を放つ。魔法は放たれる。


 それがたまらなく楽しい。 異常者だよ、これは。 そんな変態なんだ俺たちは。


 だから、俺は戦いの場所に向かう足取りは、どこまでも軽いものになるんだろう。


 そして、1歩。


 それ以上は戦闘の距離という場所に踏み込んだ。


 バチバチと音がする。 舞い上げられた砂が周辺に落ちる音によく似ているが、それは砂ではない。


 その音の正体は殺意だ。 暴風のように振り撒かれた殺意がバチバチと音を出しているのだ。


 そして、音は俺に向かって近づいて来た。


「スキル『会心の一撃』――――」

 

  


 

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