第22話 ダンジョン探索の準備

 ギルド裏の修練場。 若い冒険者が鍛錬をしている。


 そんな隅で、モクモクと煙が立っている。


「何をしてるんですか、ユウキさん?」


「ん? あぁ、アリッサか。 これを作ってるのさ」


「牛肉ですか? 前回の商品の」


「あぁ、大量に残ってるからな。煙で燻って、燻製を作ってるのさ」


 牛肉の燻製作り。保存食は冒険にとって必要不可欠な食糧だろう。


「噂じゃ、北のダンジョンで立ち入りが解禁されるらしいからな」


 北のダンジョンは、地方都市ゲルベルクで最も大きなダンジョンだ。


 だが、誰でも簡単に入れるわけではない。 


 ダンジョンで採取できる貴重な資源。 それに比例してモンスターも凶悪だ。


 金銭目的で資源の乱獲する者が現れたり、モンスターの犠牲者を減らすため、ダンジョンへの出入りは制限されている。


 ダンジョン保護の観点ってやつだ。


 自由に入れるのは2級冒険者以上。


 しかし、年に1度だけ全ての冒険者に解放される期間があるのだ。


「ダンジョン探索用の食料を備えるために、あのミノタウロスと素手で戦ったのですか?」


 アリッサは呆れたように言う。


「いやいや、別に素手で戦ったわけじゃないよ。 そういう競技だぞ、これから流行ると思うぜ?」


 アリッサは、ため息をついた。呆れた様子をより強調するつもりなのだろう。


「それで大丈夫なんですか? ギルドの裏で料理なんてしていて、怒られません?」


「大丈夫、大丈夫、受付嬢さんとギルド長にキロ単位で高級牛肉を送っておいたから」


 ぶっちゃけ、賄賂だ。 いつの時代、どの役場だって賄賂は公僕への特攻攻撃――――いや、怒られそうなのでやめておこう。


「さて、そろそろ完成かな?」


 俺は牛肉の燻製の出来上がりを確認するために、ナイフで切り分けていく。


「あれ? ユウキさん、何を作ってるの?」


 修練場で訓練していた若い冒険者。


 確か、名前は――――サトルバシコバ? 違ったけ?


 まぁ、サトルくんが近寄って来た。 


「あぁ、ダンジョン探索用の保存食を作ってた。 しかし、いつもお前は土にまみれて居るな」


 サトルは、汚れていた。


 鍛錬場でボールを奪い合う競技(ラグビーとレスリングを混ぜたような競技だ)をしていたのだろう。

 

「あれ、ユウキさん? サトルと知り合いだったのですか?」


「昇格試験の時に知り合ったんだ。 あの日も今日みたいにドロドロだったから、風呂に叩きこんでやったよな?」


 その瞬間、不思議な出来事が起きた。 他の冒険者たちも鍛錬で声を出していたはずが、その瞬間だけ静まり返ったのだ。


「え? 一緒にお風呂に入ったのですか!? サトルさんと?」


「なんだ、なんだ、その反応は? おかしいな事は何も――――」


 いや、サトルの様子がおかしい。 なぜ、彼は顔を赤らめているのだろうか?


 その反応はまるで――――


「僕、女の子だよ?」とサトルは言った。


「そ、そんな馬鹿な。あの時、確かに――――」と俺はサトルと風呂に入った時の様子を思い出していた。


「お、俺は気づかずに全身をゴシゴシと洗って――――痛っ!」


 痛みが走って、ようやく俺はアリッサから平手打ちを受けた事に気づいた。


「わ、私と言うものがいながら、どういうつもりですか!」


「?」


 いや、何それ? 俺とアリッサっていつからそんな関係になったの?


 冒険者ギルドから組まされたコンビじゃなかったけ?


「私たちは、冒険を通じて何度も肌と肌を触れ合わせ、夜を共にしたではないですか! 言うなれば、これは既成事実――――私たちは夫婦も同然ではありませんか!」


「ちげぇよ! 普通に夜営をした話だろ! 人聞きが悪すぎるぜ」


 その後、騒動を聞きつけた受付嬢さんによって、騒ぎは収拾された。


 ただ、「女性関係は清算しておいてくださいね」とよくわからない言葉と共に睨まれた。


 まだ、何かよくない女難が続きそうな気がしてならない。


 有耶無耶うやむやになってしまったが、


 サトルの性別の話。 アリッサの男女感。


 あの2つは、どこまで本当で、どこまでが冗談だったのだろうか?


 まだ、確かめるのは怖いので、直接聞けずにいる。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 そんなこともありながら、ダンジョン解禁の季節がやってきた。 


「さて――――」と俺は装備の最終検査を行う。


 保存食と夜営用の道具を入れたバック。 


 それに予備の装備を加えると、かなりの重量感がある。


 「自衛隊とかレンジャー部隊が背負う荷物の重さが40キロって聞いた事あるけど……それより重くないか?」


 俺は、魔法で肉体強化ができるから、荷物を背負って戦える。


「他の冒険者はどうしてるんだろ?」


 俺は疑問に思ったが、後から冒険者仲間に聞くと簡単な話だった。


「そりゃ、お前さん。『収集空間アイテムボックス』のスキル持ちを仲間にするか。魔法で軽量化して貰うんだよ」


 ついでに――――


「あとは、お前みたいな『肉体強化』の魔法を持ってる奴を雇うってのもアリだぜ」


 と笑いながら付け加えられた。


 とにかく、初めてのダンジョン挑戦だ。


 作戦は『いのちをだいじに』と言うわけで無理をしない!


 今回、パーティを組むのはアリッサだけではなく、サトルを仲間に加える事にした。


 ダンジョン探索の初心者向け説明会に参加した時、受付嬢さんから3人で組む事を推奨されたのだ。


『ユウキさんもアリッサさんも階級は中堅冒険者ですが、ダンジョン探索は初めてですよね? ここは無理をしないように同じ初心者を仲間に加えて、深い階層を目指さないように心がけていきましょう!』

 

「……あの人、何か企んでいないか?」 


 なんて言うか、男女の恋愛のもつれ……と言うよりもギスギス感を楽しんでいるような気がしてならない。


 さて、準備は終わった。 今日からはダンジョン探索だ。

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