第14話 異能バトル『経験値1000倍の敵 ③
白い老人がいた。
白い服……いや、よく見れば薄汚れたボロの布を纏っている。
太陽を浴びたことがないように透き通った透明感のある皮膚。
白い髪と髭は腰まで伸びている。 それだけなら、人間と認識するだろう。
しかし、そのモンスターは四つん這いで身を低くしている。
「なるほど、薄暗く滑り易い下水道では、四足歩行が有利として進化したのか?」
このモンスター、ホムンクルスが持つスキル『経験値1000倍』の効果で、10日に満たない下水道での生活は、300年分の生活に値する。
もしも、人類が下水道で300年も生活して適応したのならば、こういう体勢が自然になるのかもしれない。
「アリッサ、さっきまでに下水に氷魔法を使用して、ホムンクルスを逃がさないように氷の壁を作れるか?」
「はい、可能です!」
「よし、それじゃ俺が合図を送ったら……」
「ホッホッ……無駄じゃよ」と声を出したのはホムンクルスだった。
「喋れるのか? 逃げ出した10日前までは意思の疎通も難しいと聞いていたが?」
「喋れますとも、長い時間を1人で過ごしましたからのう。人間の言葉を思い出して学習する時間はたくさんありましたとも」
「……」と俺は話すのを止めた。 どうやら、このモンスターが持つ知能は俺よりも上のようだ。
このまま、会話を続けたら、俺の深層心理まで読み取られる。そんな気がしたからだ。
「おやおや、黙りですかな? ワシを連れ戻したいのではないのですか? それとも……」
ホムンクルスが前に飛び出してきた。
その動きは速い。 他の四足獣を比較しても遅くはない。
俺は反射的に剣を抜いた。
「モンスターとは言え、丸腰を相手に剣を抜くのは抵抗があるが……お前、武器を持っているな?」
「ご名答! よく気づかれなさった」
金属音が下水道に響いた。
ホムンクルスの武器。その正体は風魔法による斬撃を自分の爪に集中させている。
まるで獅子や熊の爪のように……十分に人を殺せる威力と切れ味を秘めている。
鍔競り合いというべきだろうか? 相手は爪だ。
「けど、モンスター相手に力勝負をするのは初めてじゃない」
蹴り剥がすために前蹴りを放った。 その瞬間、肉体強化の魔法を使用する。
蹴った感触。それは、まるで柔軟性の高い生物を蹴ったような感覚。
「……猫か、何かから体術を学んだのか?」
ホムンクルスは、立ち上がっている。飄々とした表情からダメージがないのがわかる。
「ほう、これは肉体強化の魔法。初めて見ましたよ」
「おい、まさか……今の一撃で学習したったわけじゃないのよな?」
「さて、どうでしょうか?」
ホムンクルスの体内に魔力が流れていくのがわかる。 なぜなら、俺の魔法……『肉体強化』と同じだからだ。
「っ!? マジかよ。見ただけで俺の魔法を覚えやがった!」
「まぁ、3割くらいの再現度ですかね? あと1日でもあれば完全再現できます」
「コイツは、ここで倒さないと不味い。逃がすと数日で手がつけれなくなるぞ」
最初から、剣による刺突を狙う構え。対するホムンクルスは、どこか余裕のある笑みを浮かべて構える。
だから……
「頼むぞ、アリッサ!」
「はい! 『
下水を凍らせて、ホムンクルスの背後に氷の壁を出現させる。
これで逃げ場はなくなる。 ホムンクルスは前に出る以外の選択肢はなし。
「まだ、まだまだ、だめ押しですよ!」とアリッサは、さらに魔力を込めた。
氷の壁。今度はホムンクルスの左右に出現する。
「これで逃げ場は完全に断たれたぞ。勝負だ!」
「愚かな……」
「なにっ!」
「このワシはホムンクルス。氷属性なんて基本魔法なんぞ、極めて久しいわ。ほれ!」
すでに駆け出していた俺の目前、今度はホムンクルスが放射したらしき氷の壁が出現した。
「なんの! この程度なら!」
俺の渾身の突き技は氷の壁を破壊した。 しかし、その先にいるはずのホムンクルスは消えていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
その後、1日探索にかけてもホムンクルスの痕跡すら発見できずに俺たちは地上に戻った。
異臭が残る装備を衣服を簡単に洗い、着替えて冒険者ギルドに戻ってきた。
「おやおや、ユウキさんでも逃げられましたか。こりゃ捕まえる方法は、もう残っていませんね」
そういうハンニバルの飄々とした態度は、あのホムンクルスを思い出させた。
ペットは飼い主に似るなんて言葉はあるが、ホムンクルスも
後ろに立っているはずのアリッサから「イラっ! イラっ!」と幻聴が聴こえてくるほどにイラついているのがわかった。
まぁ、俺も平常心ではいられないのだが……
「ハンニバル、今回のあれはヤバイ。このまま1年でも放置していたら、何が起きるかわからない。もしかしたら、あの個体1体で下水道から町を滅ぼすかもしれない」
10日であの強さなのだ。 1ヶ月で1000年分の成長として、1年で10000歳以上。 寿命の10年が尽きるまで10万才の成長となる……計算あってる?
そもそも、10万才の生物ってなんだ? 生物の進化を1個体だけで完結させてやがるじゃねぇか!
もう想像もできないぞ!
「……というわけで対策を取る。アレを貸せ」
「あれ? なんの事です?」
「とぼけるなよ。どれだけホムンクルスが成長しても、簡単に捕獲できる手段を持っているから、そんなに慌ててないのだろ?」
「ほう!? そんな手段を私が持っていると! これは驚きですな。後学のために教えてくださいよ。ユウキさんは、私がどのような切り札を持っていると思っているのですか?」
「それは――――だ」
それが下水道に仕掛けられ、ハンニバルからホムンクルス捕獲成功の連絡が来たのは数ヵ月後の事だった。
ユウキは、撮影されていた映像を見た。
―――数ヵ月後―――
ホムンクルスは進化していた。 たった数ヶ月の時間は、数千年の時間に変化される。
それはもう、成長を早めるスキルの効果というよりも、因果律に関与する能力と言えた。
その知能は人間を凌駕しており、魔力に至っては上位種と言われるモンスターと比類することすら難しい。
そんな生物が誰に聞かせることなく呟く。
「そろそろ地上に出るか……」
その瞳には暗い炎が宿っている。 無限に等しい時間の中で芽生えた感情。
体感で数千年も地下が暮らす事になった理不尽さ。 そこから破壊衝動が生まれる。
膨大なる恨みの積み重ね。 そこに精神の均衡など、あろうはずもない。
「生きるものの全てを殺し、全てを破壊しなければならない」
ホムンクルスは怪物となり果てた。 破壊の権化――――
しかし、その時にホムンクルスは何かに触れた。
「これは……箱? どうしてこんな物が、ここに? 昨日までは確かになかった」
箱……ただの箱にしか見えない。 しかし、何者かが……例えば人が置いたのであれば人の匂いが残っているはず。
クンクンと鼻で嗅いでも人の匂いはない。 それは奇妙な事だ。
「人が運んできたのではないようだ。 では、まるで箱自身が歩いて、この場にやって来たとでも……そんな馬鹿な」
好奇心をくすぐられた。
数千年という時間。 とは言え、実際には数か月間だ。
地下には、変化というものが起こらない。 だから――――
「どれどれ」とホムンクルスは箱を開けた。 箱を開いてしまったのだ。
その直後、箱の中に潜む者からの攻撃が開始された。
「なっ! 何が――――」とそれ以上、声を出す事が困難となる。
見えない何かに摑まれたような感覚に襲われる。 それは巨大な手によって、全身が掴まれたようであり、 抗いきれない未知のエネルギーのようなものを感じる。
(未知のエネルギー? いや、違う。これは知っているぞ! 知っているとも!)
ホムンクルスが自身の身に起きた事は理解したのは、遅くはなかった。
(自分を襲っている攻撃。その正体は――――スキルだ。 スキルによる攻撃。それだけはわかる。わかるが……)
だが、そのスキルが発動すれば、全てが手遅れとなる。
スキルの名前は――――『
箱の中にいるモンスター ミミックのスキルであり、それが発動すれば抗う術はない。
だから、どれだけホムンクルスが暴れ、どれだけ魔力を放出しても――――
最後には、箱の中へと収集されていった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「ユウキさんのアドバイスで捕獲することができましたよ。ご覧になられます? 下水道で何千年と生活して進化した生物のなれの果てを?」
「いや、結構だ。とんでもない怪物になっているのだろ?」
「なんだ、残念ですね。しかし、よく思い付きましたね。あのミミックを数ヵ所に設置しておくなんて作戦を」
例のミミック――――特殊なスキル『
本来の『収集空間』では人間やモンスターなどの生物は入れることができない。
しかし、それらはミミックに取っては生物ではなく食料なのだ。 生きた人間やモンスターは食料……だから、『収集空間』に保存できる。
何千年と生き、叡知の集合体となったホムンクルスだろうと、ミミックのスキルによって閉じ込められる。 そこに例外はない。
「よく言うぜ。いざとなったら、自分で言い出すつもりだったのだろう?」
「はっはっは……どうですかね? 私には考えつきませんでしたから、あのミミックを制御する方法なんて」
スキル『収集空間』は、当たり前だがミミックの任意で発動する。
だから、人間がミミックの入った箱を運搬することは困難だ。 触れるだけで収集されてしまう可能性がある。
ならどうする?
ミミックの『収集空間』の発動条件に当てはまらない物で、箱を包めばいい。
では、それは何か――――
「――――まさか、ミミックの生体から布を作るアイディなんて、私は考えた事なんてありませんね。さすがユウキさん」
『収集空間』はミミックが食べ物や道具と認識した物を内部に入れるスキル。
『では、仲間であるミミックを素材として作った道具には適応されないのではないか?』
それが、ユウキとハンニバルがミミックを制御する事ができた理由である。
「……それで、約束は守ってくれるんだろうな?」
「約束? 何の事でしたかね?」とハンニバルはとぼけた。
「お前なぁ……」
「冗談ですよ、ユウキさん。 スキルの実験データを公表する事。これからの実験は公的機関の協力を得て、安全が保障できた時のみ行う事……などなど。はぁ、面倒くさいですね」
「その面倒な分、冒険者ギルドが資金援助を含めた支援が入るんだ。諦めろよ」
「はいはい、でもね……ここだけの話。私と似たような実験をしてる者がいるらしいですよ。それも――――魔族側にね」
「――――ッ!?」と俺は絶句することしかできなかった。
「どうやら、これからも長い付き合いになりそうですね。今後ともよろしく……と言うやつです」
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