第3話 モンスター退治の依頼

 俺の住む場所『地方都市ゲルベルク』


 モンスターが出現する場所に囲まれた土地柄、冒険者たちが多くいる。


 ある意味では王都『シュタット』よりも活気に溢れた町なのかもしれない。


 俺、ユウキ・ライトは川で釣りをしていた。


「釣れないなぁ……ここじゃ、ウナギも釣れるって聞いたけどな」


 鰻……日本じゃ高級食材に分類されている食べ物だろう。


 ちゃんとした専門店なら、2000円から4000円コース。 それがタダで食べれるなら、定期的に釣りに通っても良い。 


 だが、問題は1つ。 例の醤油がない問題だ。


「この世界には、米はあるけど……醤油はないだよな」


 うな重などのタレも普通は醤油から作られる。醤油がないと意外と作れる日本食のハードルが高くなるのだ。 


「なんとか醤油が手に入らないか『情報収集』の魔法で調べた事はあるが……」


 醤油の材料は大豆・小麦・塩・水・種麹……


 待て。種麹って何?  


 どうやって作るのか、よくわからない……


「まぁ、鰻料理は日本の専売特許ってわけでもないからな」


 海外の鰻料理だと、ワインで煮込んだり、ニンニク&オリーブオイルで煮込んだり……


 鰻をゼリーで固めた料理なんてあるらしい。 ちょっと味は想像できなので、試してみた気持ちもある。


「まぁ、釣れなきゃ意味はないけどな!」


 そう言って俺は竿を上げる。エサに何が食い付いた。そんな確かな手応えがあったからだ。


「うなぎ、うなぎ、うなぎ、うなぎ……!」


 そんな願望を込めた祈りは逆効果だったらしい。 水面から浮上したのは……


「亀?」


 普通の亀だった。亀型モンスターの子供……なんてオチでもない。


「さすがに、キャッチ&リリースかな? 亀を調理して食べる気にはならないなぁ」


そんな事を考えながら、まじまじと亀を見つめていると、あることに気が付いた。


「待てよ。これ亀は亀でも……すっぽんじゃねぇか!」


 危ない、危ない。 気づくのが遅れれば、噛み付かれてたかもしれない。なにより、川に投げ返すところだったぜ。


 俺は魚を持ち帰るため用のケースにすっぽんを入れた。


「すっぽんを他の魚と一緒にしておくのは良くないよな? 食い付きそうだし……」


 これが潮時か。釣りは終わりだ。 ただ、俺は釣りに来ただけではない。


 これは冒険者ギルドから正式な依頼。

 

『川の生態調査及び水質調査』

 

「……だから、ここからは本気の仕事モードでいかせてもらうぜ」

 

 私物の釣竿から、依頼用に渡された特別仕様の釣竿に持ち帰る。

 

 そして、投げ入れた針。狙い通りの場所に落ちた。


「わかってるぞ。こっちの様子を窺っているのを……隙を見て、俺を襲うつもりだったのだろうが、バレバレだったぜ」

 

 途端に反応がある。 獲物が引く力は、明らかに異常。 竿の先にいる存在は、モンスターだ。


 出現したのは リザードフォーク――――リザードマンと呼んだ方がしっくり来る人が多いだろう。


 蜥蜴人と書いてリザードマン。 蜥蜴人間と言える外見をしている。


 巨躰とも言える躰は、鎧のように厚い鱗で覆われている。


 生半可な物理攻撃は簡単に弾かれてしまうだろう。


 さらに、狂暴な精神性を表すように鋭い爪と牙を持っていてる。


「おいおい、鋭い爪……それだけで武器として十分だろう」


 リザードマンは、両手に武器を持っていた。 


 手斧の二刀流だ。どう見ても人間が作った手斧だが……モンスターがどうやって手に入れたのか不思議でならない。  


「……」とリザードマンは俺を睨んでいる。 おそらく、人間と言葉でのコミュニケーションはとてないのだろう。


 黄金色に輝く目には、凶暴な闘争心が宿っており、戦いの準備ができていることを示していた。


 いきなり先制攻撃が飛んできた。 二本の斧でもなく、牙でもない。


「尻尾での一撃か。反応が少しでも遅れていたら、食らっていたな」

 

 その尻尾が俺の体に触れるよりも早く、俺は剣を振った。


 切断された尻尾が宙に舞った。


「あー 尻尾にまで神経があるのか? そりゃ悪い。死ぬ前に痛い思いをさせちまった」


 次の攻撃。 きっと、リザードマンは感じる事もできなかかっただろう。


 俺の剣が、その首を切り裂いたのだから。


「さて……」とリザードマンが残した魔石を拾い上げる。


「帰るか。じゃなかった。冒険者ギルドに報告に行くか」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・・


 さて、今回の依頼。 初心者向けの依頼ではなかったようだ。


『川の生態調査及び水質調査』

 

 ギルドから信頼のない冒険者じゃないと受けれない。 誤魔化そうとすれば幾らでも誤魔化しがきく依頼だ。


 適当な川で水を汲んで、適当な魔石を用意すれば終わり。 そんな悪い事を考える奴もいるだろう。


 けど、ギルドは俺を信頼して依頼を回してきた。


 もしかしたら、前回で書いた始末書……じゃなかった。報告書(?)が評価対象になったのかもしれない


 冒険者ギルドに到着して、さらさら……と報告書を書き上げる。


 出来上がった物を受付嬢に渡す。 なんとか及第点はクリアできたのだろう。


 依頼達成として報酬が手渡された。 


(今日の仕事は、これで終わり。すっぽんの料理方法を調べて……)


 俺は、そんな事を考えていたが、そうは問屋が卸さないってやつだ。


 「ごめんなさい。少し待っていてもらえますか?」と受付嬢は奥に消えていった。


 しばらくして、戻って来た彼女の手には紙が握られている。


 おそらくは新しい依頼書だろう。 


「ユウキさんに頼みたい事があるのですが……」


「?」


 妙な言い方だ。依頼の斡旋なら、確認するだけ良い。


 しかし、彼女は頼み事のような言い方をした。


「これを見てください」と彼女は新しい紙を手渡して来た。 やはり、依頼書のようだが……


「えっと……対象のモンスター討伐依頼か。必須項目が複数人対象になっているが?」


「なんでも個人の研究施設から逃げ出したモンスターのようです。依頼者が言うには特殊な能力を持ったモンスターらしく、必ず複数人で受けるようにと」


「個人の研究施設ね……」と俺は呟いた。


 要するに魔物使いティマ―でもないのに個人でモンスターを飼ってた愚者。


 あるいは、本当に研究目的で自宅でモンスターに実験していたマッドサイエンス。


 どちらが依頼主でも、積極的に受けたくはない依頼ではある。


「見ての通り、俺は単独ソロタイプの冒険者だけど?」


「はい、ですから、こちらの方をグループを組んで貰いたいのです」


 受付嬢は、新しい紙を出した。 


「なるほど、訳ありか? この紙プロフィールでは問題がなさそうだが……」


 年齢は17歳 性別は女性 職業は魔法使い。


 何も問題はない。 


 年齢も冒険者として若すぎるわけでもない。

 

 使える魔法も多い。普通、魔法使いは自分が使える魔法を隠したがるが、正直に記載されているようだ。


「問題なさそうですか。それは良かった」


「ん? いや、そういう意味で言ったつもりは……」


 嫌な流れだ。最初から俺と彼女を組ませるのが目的だったのかも知るない。


「それでは本人を呼んで来ますね。アリッサさん! こちらに!」


 近くの椅子に待たされていたらしい。魔法使いの彼女は、驚いたように立ち上がって、こちらに小走りでやってきた。


(なるほど、訳ありか…… 装備が良い。良すぎると言うべきか)


 新品の杖。 白いローブに付いたフードで顔まで隠している。


 靴まで汚れのない新品だった。


(新品の装備。それも高級品……おそらくは家出した貴族の子供だろうな)


「よろしくお願いします」とアリッサと呼ばれた少女は、フードを脱いでペコリと頭を下げた。


 露わになった顔からは、確かに貴族の気風というものを感じる。


 もうこの時点でトラブルが起きそうな予感がした。 

   

・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 依頼があった研究施設。


 どう見ても郊外にある普通の住宅のようにしか見えない。


「呆れたもんだ。こんな場所で隠れてモンスターを飼育していたのか」


「本当に許せませんね」とアリッサは同意してきた。


 彼女から貴族らしい義憤ってやつを感じた。 ……よくない傾向だ。


 義憤ってのは簡単に暴走する。 ほら、三国志とか、そうだろ?


 そんな俺の不安を知るよしもない彼女は「?」と疑問符を浮かべている。


「とりあえず、依頼人に話しを聞こう」と俺たちは研究施設(平凡な一軒家)の住民を呼んだ。


「すいません。冒険者ギルドから来た者です」とアリッサはドアを叩いた。


 しかし、迎えてくれるのは無音のみ。 「……」と何も起こらない。


「どうしたのでしょうか? 約束の時間ですが」


「……いや、人の気配はある」


 やがて、扉が開く重い音がした。 警戒するように男が現れた。


「冒険者ギルドの……モンスター退治に来てくれたのか?」


 なるほど、男は白衣を着て、眼鏡をかけている。 


 確かに、何も知らない状態で「私は研究者です」と言われると納得するだろう。


「あぁ、ここからモンスターが逃げ出したと聞いている。すぐに退治なり、捕獲なり――――」


 だが、俺の声は断ち切られた。


「いや、違う。奴は逃げていない……この家の奥に閉じ込めている」


 俺はアリッサと目配せする。 


「待ってくれ。どうも話が違うぞ。俺たちが聞いたのは逃げたモンスターを探す依頼だったはずだが?」


「あぁ、逃げたはずだった。 だが、奴は戻って来た。私に復讐するためだ!」


 錯乱しているように見える。 アリッサは依頼人を落ち着かせるように――――


「安心してください。モンスターを倒すために私たちは来ました。 あの……廊下の奥の扉。そこにいるのですよね?」


 扉の隙間から見える廊下の奥。 机や椅子、本棚を重ねさせている。


 それらで見えないが、きっとドアがあるのでろう。 そして、ドアの向こう側には……


「わかった。あの奥にいるモンスター……その説明をしよう。ここでは何だから、中に入ってくれ」


 モンスターがいる館。そこに入るのに抵抗はあるが……まぁ、どうせ倒すんだ。構わないだろう。

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