「転生勇者のマイルド冒険者ライフ〜趣味ときどき異能バトル!?~」

チョーカー

第1話 勇者は引退して冒険者になる

  魔王が倒されて10年は経過した。世間はそれなりに平和になりました。


 めでたし! めでたし! ……そうは、そうはならなかったのだよ。


「詐欺みたいなもんだよな。これで終わって、勇者は幸せに暮らせないなんてよぉ」


 俺は、勇者と言われた転生者だ。 名前は――――ユウキ・ライト。


 今は迷宮ダンジョンにいた。


 その理由は――――


「おっ! いたいた。あのライオン顔の魔族が、今日のターゲットな」


 影に隠れながら魔足の様子を窺う。 ライオン顔の魔族――――たしか、名前はレオンヴァンプだったはず。


「周囲に怪しげな魔術師たち。こりゃ、魔王さま復活を企んでるタイプの奴か」


「むっ! さっきから黙って聞いていれば、独り言を堂々と……何者か!」


 レオンヴァンプが叫んだ。


「あっちゃ、バレてたのか。まぁ、早く仕事を終わらすか!」


 言うと同時に俺は飛び出した。 姿を現した彼に攻撃を開始したのは魔術師たちだ。


「漆黒の炎よ――――」


「全てを閉じ込める絶対の氷壁よ――――」


「闇を持って敵を閉ざせ――――」


 魔法詠唱の声が複数。 魔導士たちは様々な魔法を放ち、俺を圧倒しようとしてくる。


 だが、それは届かない。 魔法発動よりも俺の方が速いからだ。


「うわぁ!」とか、


「ぎゃぁ!」とか、


 敵たちは、次々に断末魔を上げて倒れていった。


 俺の剣は、最後の敵であるライオン顔――――レオンヴァンプの目前で止めた。


「……投降しな。魔族とは言え、未遂じゃ処刑まではされないぜ」


「ぬかせ! 貴様さえいなければ!」とレオンヴァンプは戦斧を手にした。


 それから、ライオン頭に相応しい咆哮を上げ、俺を襲う。


 しかし――――


 その程度の腕力なら簡単に弾けるんだよな。


「ほらよっ!」と受けると同時に弾いてみせる。すると、レオンヴァンプはバランスを大きく崩した。


 隙だらけのソイツに俺は剣を振る。


 それだけ、それだけでレオンヴァンプは倒れた。 


「はい。今日の仕事は、これで終了ってな!」


 魔王は倒されて世界は平和になった。だが、悪さをする魔族は、普通に残っている。


 元勇者である俺は、そんな悪党と戦う日々を過ごしていた。 


 ダンジョンを出ると待機していた兵たちに「ご苦労さん」と声をかける。


 それから馬車――――と言うには豪華すぎる乗り物に乗り込んだ。 


 武装と外して、体を清める。そのまま、「疲れた」と馬車内部に設置されているベットに飛び込み寝るだけだ。


 もはや、この馬車は家と言っても過言ではない。 


「魔王を倒して10年間か。転生前の世界に帰るどころか、王都に買った家にも帰ってないなぁ。俺は何のために……」


 この時、頭に浮かんだのは『引退』の2文字だった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「おい、ユウキ! 本当に勇者を引退するつもりか?」


 王都に戻った俺は、引退を宣言した。すると、昔馴染めの連中が立ち替わり説得に訊ねてきた。


 今日来た男は、かつて勇者パーティで戦士だった男で名前はケンシ。


「引退するつもりじゃない。すでに引退したんだ」


 そう言い返すとケンシは、


「お前がいなくなったら、誰が王都の平和を守るんだ? まだ、魔王の復活を企む連中も、新しい魔王に名乗り上げてる連中をどうするんだ?」


「それ、冒険者ギルドの仕事だろ? 不服なら、お前が現場復帰したら良いじゃないか」


「それは……その(ごにょごにょ」とケンシは誤魔化した。


 彼は勇者パーティの戦士として巨大な魔物や魔族と戦っていたのも、今は昔……


 筋骨隆々だった体の面影はなし。


 余程、良い生活を送っているのだろう。太った……いや、恰幅の良い体型になっている。


「俺は暫く顔のバレてない地方都市で暮すよ。隠居生活なんてのは早すぎるが、悠々自適な生活するくらい世界に貢献してきたはずだ」


「だが……お前の弟子はどうする?」


「むっ!」と痛い所を突かれた。 


 俺には3人の弟子がいる。


 魔王が魔族を率いて暴れていた時代。両親を亡くした子供たちが多くいた。


 そんな身寄りのない子友達のため、報酬をつぎ込んで施設を作った。 


 忙しい身でありながらも、暇ができれば施設を訪ねて、生きる技術として、簡単なサバイバル方法や戦闘術を教えていた。


 その中から、特に才能がある3人が『勇者の弟子』を名乗って、魔物退治の仕事をしている。


「つ、月に1度……いや2か月に1度、3日くらいは王都に戻るから、そこら辺はお前から誤魔化しといてくれ」


「誤魔化しといてくれって……いや、待て。その荷物はなんだ? まさか……今日なのか?」


「あぁ、俺は今から手荷物1つで引っ越しだ。 それじゃ、また2か月後に戻って来る」


 そう言い残すと俺は逃げるように窓から飛び降りた。


「お、おい! この家はどうするんだよ!」


「そこのテーブルに鍵は置いてる。管理は頼んだぞ」


「頼んだぞじゃねぇよ!!!」


 その勢いのまま走り出し、王都を後にした。 


 勇者である俺が使える魔法は2つだけだ。 


『肉体強化』


『情報収集』


 勇者である俺が使用すれば、2つは規格外の効果になる。


「ぶっちゃけ、『肉体強化』の魔法だけで魔王を倒したみたいなもんだからな」 


 魔力によって強化された体は、短距離走のメダリスト――――ベン・ジョンソンやカール・ルイスと同じ速度を維持して、数時間走り続ける事ができる。それも息を切らさずに……だ。


「ん~ 時速36キロで100キロ先の目的地に到着。記録は3時間以内と。我ながら化け物過ぎだろ」 


 そんな自画自賛をしながら、ある場所を探した。


「大抵は、大通りの目立つ場所に作られているのだが……あった! 冒険者ギルドだ」


 冒険者ギルド。 意味は冒険者の職業組合になるが、実際は仕事の斡旋所だな。 


 勇者として活躍していた俺の資産は相当な額で、遊んで暮らしても使えきれない。


 別に俺には働く必要はないのだが…… だからと言って遊び惚けて暮すのも元勇者として、 風評が悪い。


 理想なのは、遊んで暮らしながらも冒険という刺激的な仕事というメリハリのある人生。


「何より、異世界転生したら1度はなりたいよな 憧れの冒険者!」


「うんうん」と1人頷きながら、中に入る。


 1歩、2歩と歩いた時点で、中にいた冒険者たちがジロリと視線を向けてきた。


 まるで値踏みしてくる視線だ。 


「そう来なくっちゃ、これが冒険者だ」と笑みを出さないように奥の受付嬢に向かった。


「はい、今日はどうなさりましたか?」


「あの冒険者になりたいのですが」


 俺がそう言うと受付嬢は驚いたようだ。


「30近くのおじさんが冒険者になりたがるのは、やはり珍しいことなんだろうか?」


「い、いえ、そんな事はありませんよ。冒険者ギルドに登録していただければ、どなたでも今日から冒険者です」


 そんなに必死に否定されるとショックだな。自虐ネタのつもりだったのだが……まぁいいや。


「それじゃ登録をお願いする」   


「では、こちらに目を通してください」と紙を渡された。それから、受付嬢は口頭での説明も始めた。


「冒険者ギルドが斡旋する仕事は、魔物討伐が主な仕事になります。でも、それだけではありません。時には薬草探し、商人の護衛、人探しのような仕事も……」


 あとは、依頼人の報酬から何%が冒険者ギルドの手数料として引かれるとか、


 ギルドに冒険者登録した以上、依頼人から直接依頼を受ける事は禁止されるとか、


 ギルドへの貢献度で、ランクが昇格して受けれる依頼が多くなるとか、


 まぁ、そんな感じだ。それは契約書にサインして冒険者になった。


 本名のユウキ・ライトでサインしたが……まぁ、俺が勇者なんてバレないだろう。


「では、こちらが身分証明書になります。再発行は致しませんので紛失には注意してください」


「へぇ~ これで俺も冒険者か。ありがとう」と受け取る。


「依頼書は、あちらの掲示板に張り付けていますので、気になった依頼の内容についてはこちらで説明させていただきます。気軽に質問しに来てくださいね」


 そう言われて俺は掲示板を近寄って来たが……


「おい、お前」と肩を掴まれた。「見かけねぇ面だな」といきなり、他の冒険者に因縁を付けられた。


「その身分証明書……新人か? まずは先輩に挨拶するのが筋ってやつじゃねぇのかよ?」


 その冒険者の風貌は、まさに荒くれ者。 剃り上げた頭に、顔には大きな傷。


 なにより、片手には酒瓶が握られ、正気を失っている様子。


「新人よ、ここじゃ新人が先輩にアドバイス料を払うのが仕来りだ。まずは3万ゴールド払いな」


 おいおい、因縁を吹っかけてくるだけじゃなくて、金をせびって来るのかよ!


 俺は、思わず頬を緩めた。


「良いね。これぞ冒険者って感じで……」


 それを挑発と捉えたのだろう。荒くれ者冒険者は、激高した。


「てめぇ! 何を笑っていやがる!」


 酒で赤くなっていた顔が、さらに赤く染まりながら怒鳴った。


 いや、赤くなったのは顔だけではなく全身が赤く染まっている。


 酒だけが原因ではないようだ。


「……ただの喧嘩にスキルを使うつもりか?」


 『スキル』ってのは、この世界に存在する特別な力であり、魔法と似て非なるものだ。 


 魔法が鍛錬と知識によって培われていくものに対して、『スキル』は才能に依存される。


 魂とか、生命力とか、そういうのを燃料にして使われる特殊能力と思ってくれればいい。


 喧嘩で『スキル』を使用する事は、喧嘩で剣を振り回すのと同じことだ。


 こうなれば、静観していた他の冒険者たちも慌て始める。


「おい、落ち着けよ」と荒くれ者の仲間らしき冒険者が近寄って来たが、完全に逆効果だ。


「うるせぇ! どけ!」と仲間を突き飛ばして、俺に向かって来た。


「スキルの効果は、肉体強化系か。シンプルだが、喧嘩向きの能力だな」


 肉体強化系スキルは単純に強い。 


 人間がオークやトロールと言ったモンスターと力勝負で勝てるくらいだ。


 まぁ、人間がゴリラくらいの腕力になれると言ったらわかりやすいだろうか?


「黙れ、新人がぁ! 俺の能力を語ってるんじゃねぇよ!」


 荒くれの両手が俺を掴みに来る。 だが、俺はそれよりも速く打撃をアゴに叩き込んだ。


 マイク・タイソンをイメージしたフックだ。打たれた荒くれ者は、その場で失神して倒れた。 


「……いや、俺のワードセンスは古すぎるかなぁ?」


 こっちの世界に転生して30年だ。 センスが90年代なのは許してほしい。


 

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