第7話 追放予定者を選定ですわ
ハイン王国の王子の襲撃があった以降は特に大きな出来事もなく、リディアは待ち望んでいた入学式の日が訪れたため、メイとマキアとマキナの3人と一緒に固まって学園の門を潜る。校舎まで行こうとすると、近くにいる先輩達からは最敬礼で迎えられるリディア。既にリンデンとリディアの一騎討ちは有名になっており、リンデンが手も足も出ず、撤退したとなれば力関係に機敏な貴族の息子娘達はリディア側に靡く。
一方で、そういう噂話を聞いても特に行動を起こさない者や、そもそもそういう噂話に興味がない者はリディアに対しへり下るようなことをしない。
更に言えば、田舎から出て来た常識知らずなどは貴族に対して敬語を使うこともしない。
「あんたが首席なんだって?あの的を」
「無礼」
唐突に喋りかけて来た黒髪黒目中肉中背の男に対し、こちらもまた唐突に無礼と言って押し退けるリディア。元々虐めるとターゲティングを行っていた人物であり、クレシアが事前に集めていた、礼儀知らずという情報は実際に正しかった。リディアは記憶を掘り返し、押し退けた人物がユースケという名前ということを思い出す。
リディアが片手で押すと、それだけで後ろに転倒しかけるユースケ。それを見てリディアは、ユースケがあまり体幹を鍛えてないと判断する。もちろんそれだけではなく、リディアはユースケの筋肉がそれほどないことも把握した。
ここで殴り合いの喧嘩になることや、一方的にフルボッコされることを望んでいたリディアだったが、リディアが押し退けたユースケを、リディアのすぐ後ろにいるメイが鋭い眼光で睨み、それによってユースケはひるんでしまう。その光景を見て、リディアはため息をついた。
「はあ。メイに気圧される程度でわたくしによく声をかけようだなんて思いましたわね?目障りなのでさっさと失せなさいな」
ここで反骨精神が旺盛であればもう少し抵抗しただろうが、ユースケは引き、リディアから離れる。メイからの視線が、明らかに人殺しの殺意を含むものだったからだ。
そんなこんなでリディアは校舎の中にある職員室へと行き、今日の入学式で新入生代表として挨拶するための挨拶文を渡される。
「今年度の首席は、ナロローザ家の子だったか。
リディアの教室は1-A。そして私が1-Aの担任のシリル=オクテュリだ。これから3年間、学園での生活が充実するように頑張るんだな」
「もちろんですわ。
……シリル先生は、5年前に魔族領上陸作戦を指揮したオクテュリ将軍で間違いありませんか?」
「そっちは叔父だから違う。私も指揮官として最前線に居たが、偉くはなかったぞ。それよりも私個人としてはこの前のアーセルス王国からの…………」
学園の教師は元軍人が多く、リディアの担任となった教師であるシリルは5年前に決行された、魔族領への侵攻作戦で従軍していた指揮官であり、リディアの目から見ても戦争経験が豊富そうだった。そしてシリルはリディアがアーセルス王国軍の侵攻を撃退したことについて触れ、褒め称えると同時に敵陣への特攻という蛮行へ釘を刺すが、リディアは聞く耳を持たなかった。
シリルから捕虜への拷問話について、リディアは目を輝かせながら聞いた後、一旦教室へと移動すると、既に複数の学生が教室の中で談笑していたが、リディアが入るなり雰囲気が一変して重苦しくなる。良くも悪くも、リディアは目立つ存在だった。
「あれがサームタイン伯爵の息子、魔力0のエイブラハムですわね?」
「そうですね。恐らく剣術はかなり高い技量だと思います。ただ魔力が……」
「完全な0ってわけじゃなさそうだけど、かなり低そう?」
「……お姉ちゃんの10分の1以下」
しかしリディア達が席について、朗らかな雰囲気で談笑を始めると、次第に周囲の面々も喋るようになり元の雰囲気に戻る。一部、いやかなりの割合でその談笑の標的になっているのは、多くの人間が魔力をほとんど感じ取れなかったエイブラハムだ。
サームタイン伯爵は領内に大規模な鉱山を持っていることもあり、帝国内部でも比較的裕福な領主だが、その長男が魔力を持たないことは貴族内で噂となっていた。それがエイブラハムであり、一般的な魔力容量を持つメイが100、リディアが1000とすると、エイブラハムの魔力容量は0.5程度だ。
比較的魔力量が少ないマキアやマキナですら、馬鹿に出来るレベルである。……リディアが指定しなくても、指示しなくても、人は弱者を自然と嘲笑うようになる。
人々のコミュニケーションの大半は、誰かへの賛辞、肯定、称賛と誰かへの妬み、否定、拒絶で占められる。そして妬み、拒絶、否定に関する恰好の的が現れると、虐めは自然と発生する。
魔法学園において、魔力を持たない者はあまりにも少なかった。
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