第七話 車窓

 気付けば僕らは電車の座席に座っていた。

 壁もドアも床も座席も手すりもつり革も中吊り広告も、何もかもが真っ白で、たまに小さい立方体が零れていて、ただ、僕たちと窓から見える景色だけが色をもっていた。

 ガタンゴトンと白々しい音を立て、電車は虚空蔵市内の見慣れた街並みを走る。

 時折り人とすれ違うが、向こうからは見えていないのか、特に反応することもない。

 座席は通路を向いている。

 いつか教科書で見た、ありふれた普通の電車だ。

 通路の反対側にはヒナ、ケンジ、カイトが座り、思い思いの態勢で外を眺めては、楽しそうに何かを話している。アカリはカイトの隣で、反対側の景色をぼんやりと眺めている風だった。

 僕の隣にはスイが座っていた。

 長い座席なのに、すぐそばにおかっぱ頭のスイが座っていた。

 身長は僕と同じくらい。


「何が起こったのかな……」

「分からないわ」

「どうして電車に乗っているんだろう」

「分からないわ」


 反対側の窓の外を眺めながら、二人でそんな会話をする。

 僕たちは、直前まで電車の形をした箱と戦おうとしていたはずだ。


「みんなでコガタのそばまで下がろうとして、そうしたら、目の前に小さな箱がいくつも現れた。そこから後は分からないわ」


 車窓の明るい景色はゆっくりと流れていく。


「つまり、ここは箱兵器の中ってことか」

「そういうことでしょうね」

「僕たちをどこへ運ぼうとしているんだろう」

「分からないわ」


 立ち上がって窓の外を見下ろせば、道路の上をお行儀よく走っていることが分かった。

 ガタンゴトンと音が鳴り、わざとらしい振動が僕を少し揺らす。


「楽しいの?」


 スイが無感情にそんなことを言う。


「どうしていいのか分からないんだ」


 僕は素直にそう返事をした。


「皆でこういう風にお出かけするの、私は楽しいよ?」


 景色は相変わらずゆっくりと流れていた。

 けれど、リーダーとして、皆を死なせるわけにはいかない。僕は楽しむことなんて到底できなかった。

 あのとき何が起こったのか。あそこで何を見たのか。

 整備されたアスファルトの道路と鉄塔、遠くに見えた建物。

 あれはなんだったのだろうか。


「スイ、あのとき何が見えた?」

「あのときって?」

「西のフェンスの向こう側。何か建物が見えたんだ」

「あの建物は、変電所だと思う」

「変電所?」

「そう、変電所。なにか鉄塔と線が沢山見えたから、変電所だと思う」

「その変電所におかしなところはなかった?」

「おかしなところ……変電所には市内からの電線が一つ繋がっているだけで、それ以外は見えなかった。そう考えると、もう使われていないのかも知れないわね」

「よく分かったよ。ありがとう」

「そう。あ、それから、あそこで空を見たんだけど――」


 ――思えば僕らは何も知らなかったんだ。

 どうして孤立しているのに、普通に生活できているのか、疑おうともしていなかった。

 それから僕はみんなに推測を話し、意見を出し合って作戦を練った。

 作戦が固まる頃には外の建物はすっかりと見えなくなって、フェンスも少し前に通り過ぎていた。それは、ここが立ち入り禁止エリアであることを容易にうかがわせる。

 ここなら、問題ないだろう。


「アカリ、シールド散開」


 落ち着いて指示を出す。

 アカリが両の手のひらを組んで前に突き出し、赤みがかった楕円形の球体を顕現させる。

 パッと広げると同時、それは十方向に膨張して、白い電車を内部から破壊した。

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