第29話 偽物

 アタシイルザ・ラグラーは魔法学園の図書館で調べ物をしていた。



「聖神アルカディア……嘗ての古の王国を六つ滅ぼした。人類に牙を剥いて……どれも同じようなことしか書かれてないわね」



 あの遺跡での冒険から数日。アタシは学校の図書館でも聖神のことを調べていた。しかし、あの遺跡以上の手がかりはない。


 聖神は滅んでしまっており、どこにもいない。



 悪役として邪神として世界には事実が残されているだけなのだ。代行者を始めとして世界が大きく動き出しているのがアタシにはわかっている。



 アタシには未来が見える、夢で見れる。だからこそ、アタシがやらなければ誰がやる。


 お兄様を救うのだ。ついでに世界も救う。




「あら、イルザさん。珍しいですね。貴方が図書館に来るなんて」

「キャルね」

「例の代行者関連ですか」

「まぁね。それでなんかよう?」

「貴方、進路相談の用紙出していないでしょう。先生が出してと仰っていたから伝えに来たのです」



 キャル。結婚騒動からあんまり話していなかったけど、元気そうね。それにしても進路相談か。


 アタシも一応、書いておかないとね。




「貴方、第一希望は当主なのですね」

「そうよ。ラグラー家の当主よ」

「アルザさんの方かと思いましたけど」

「お姉さまには継がせないわ。アタシよ」

「……当主になってゼロさんを手に入れたいんですね」

「そうよ。当主になるとラグラー家はアタシのものなんだから。お母様とお父様には世界旅行にでも行ってもらって、お姉さまも一緒に行ってもらい、お兄様はアタシと一緒にいるの。それが法となるの」




 そう、当主は一番偉いんだからお兄様も逆らえない。学園卒業したら自由とか言っちゃってるけど、悪いけどずっと一緒に居てもらうわ



「危険思想すぎませんか? 領民も心配では?」

「うるさいわね。アタシの心配よりアンタはアンタの家のことを心配しなさいよ。貰い手ないくせに」

「う、うるさいですね。貴方だって」

「アタシはお兄様居るし」

「兄妹で結婚とは、子孫とかどうするんですか?」



 

 は? 我が家は優秀だから大丈夫だし。絶対子供も産んで育てるし。お兄様と普通に幸せになるし。


 人の家の事情に茶々入れてくるんじゃないわよ。独身女。



「問題ないわよ。アンタは本当に自分の心配しなさい。最近もお見合いあるんでしょ」

「やりましたけど……実は私、好きな方が……おりまして」

「あぁ、お兄様ね。悪いけど協力しないわよ。アンタ、アタシの【お兄様夫補完計画】の邪魔者だし」

「なんですか!? その計画は!!! 危険思想では?」

「はいはい。お兄様と幸せに子供を育んでお父様とお母様に孫を見せて、お姉様も仕方ないから第二婦人あたりにしてあげようとする計画よ。秘密だからね」



 まぁ、お姉様も好きだしね。あの人、適当にあしらうより手元で第二婦人にしておいた方が安心するのよね。それに強いし。



 何かあったらあの人の力を借りられたら大きいわ。



「あの、同じ家族同士の結婚って推奨されてませんが」

「推奨されてないけど、ダメとは言われてないわ。前例がないわけじゃないしね」

「あの、その、子供とかも色々」

「アンタバカね。そこら辺もちゃんと考えてるわよ。子供がちゃんと健康に産まれるようにできるのよ」

「……子供が健康に出産できる、そう言う類の魔法もあるとは知っていますが。特級魔法レベルで使い手も相当選びますし……あ、ラグラー家の天才!?」





 そう、お父様もお姉さまもアタシも魔法の天才。絶対に不自由させないように健康的で健やかに育てるわ。



 うん、完璧ね。



 問題はこれをお父様とお母様に納得してもらい、お姉さまを第二婦人で納得させられるかと言うことを除けば……本当に完璧!!!




「ふふふ、計画は着々と進行しているわ」

「懸念点とかはあるのですか?」

「えぇ、家族の了承、誘惑メイド、お兄様から時折する色んな女の香りとか、世界滅亡の可能性を回避とか、そもそも家督継げるか、魔法の技術の向上、それさえやれば計画は成功よ」

「大分、進んでなさそうで安心しました」




 くっ、確かに進んでないわ。でも、絶対にできるもん! だってアタシはお父様の娘でお母様の娘で、お姉さまの妹で、お兄様の妹なのだから!!




 見てらっしゃい!!



 さーて、進路相談パパッと書いちゃいましょ!



「第一希望は家督を継ぐ……他はないわ」

「雇われ魔法騎士って選択肢は?」

「あるけどないわね」

「どっちですか?」

「うるさいわね、アタシはこれで行くの!! ついでに世界救うの!」

「今とんでもないこと言いましたか?」




 取り敢えずキャルに紙を渡しておいた。そして、聖神について調べるために本を読み進める。すると関係ないが特殊な魔法の本を見つけた。



 大分古びている、



「猫になれる魔法ね……お兄様を猫にして捕まえておくのもありね」




 その本をアタシは気になったので部屋に持ち帰った。読みながら帰り道の帰路を歩く。




「ねぇねぇ、聞いた?」

「なにが?」

「偽者の話。自分の偽者が現れるって言う話だよ」

「えーなにそれ?」

「本当だって! 実は私、昨日の夜見ちゃったの!! 自分の姿をした私が、窓の外から私を見てて」





 帰り道、すれ違った女の子の生徒が気になる会話をしていたけど。お兄様を猫にして監禁する方が絶対大事だから無視しておきましょう。





「ふむふむ、猫にする魔法は案外簡単なのね……ふーん。ちょっと試しに自分にかけてみようかしら」




 ちょぴよちょぴぴろーん! 




 あら、可愛い猫に大変身。金色の毛に青い目、ふさふさね。うむうむ、これは可愛いわねぇ。



 お兄様もこんな猫になるのかしら?



 さて、もう使用感は把握したら元に戻りましょう。



 ……




 あら? どうやって戻すのかしら? 戻る方法知らないじゃない!



 分からないじゃない!!



 どうすれば良いのじゃない!!!




 た、助けてお兄様!!




 お兄様に助けを求める……あ! お兄様!!!



 丁度、欠伸をしながら帰りを歩いているお兄様を発見したじゃない! 



「にゃー」

「む? 猫か……」

「にゃにゃ!」

「……悪いけど、男子寮猫禁止なんだよね」

「にゃー!!!!!」




 お兄様、白銀の猫を飼ってるくせにアタシはダメだって言うの!? なによ!!




「なんか、イルザに似てるな。ミニシスターが猫になったらこんな感じか」

「にゃー」

「うーむ。放っておくのも気が引けるしなぁ。今日は俺の部屋で寝るか」

「にゃ!」




 うわぁぁぁぁ! お兄様が抱っこしてくれたわ! 小さい時はたくさんしてくれたけど、大きくなったらあんまりしてくれないから嬉しいわ!!



 抱っこしながら部屋に入ると、お兄様の部屋にはあのメイドがいた。



「おや、ゼロ様。猫ですか」

「拾った可愛いからな」

「そうですか? レイにゃの方が可愛いでしょうに」

「あの猫も可愛いけど」

「ふふ、可愛い。レイにゃは可愛い……ふふふ」




 レイナがニヤニヤしているわ。腹立つわね。ふふふ、でも今日はお兄様はアタシに釘付けなんだから!



「はぁ、邪魔ですね。この猫。どっかにやってしまいましょうか。イルザ様に似てますし」

「にゃ!」

「くっ、なんですか! この猫は! なにやら腹立ちますね」




 あぁ、夫の浮気を見た妻はこんな気分なのね。このメイド殺してやろうかしら?



 腹立つわね。アタシの匙加減なんだからね。いずれ当主になるのはアタシなんだから、当主になった瞬間にクビにしてやるわ。


 お母様がお兄様の嫁候補としてちょっと贔屓してるだけだしね。アタシが当主なったら全部いらないわ。



 だって、お兄様はアタシのそばにいることになるからね。



「はぁ、ゼロ様この猫さっさと寝かしつけて、二人でイチャイチャしましょう」

「子供寝かしつける前の夫婦みたいに言うな」

「だって、しょうがないじゃないですか。この猫すごい私に敵意がありますし」




 なにやら嫌なものを見る目でメイドであるレイナはアタシを見ている。そう、絶対にイチャイチャさせないわ。



 猫のアタシはお兄様に寄り添いほおを思わず舐めた。




「うむ、随分と人懐っこい猫だな。誰かに飼われてたのか?」

「いや、なんか……流石に懐きすぎでは? 変じゃないですか?」

「俺は良い男だからな、動物に好かれちまう」

「それはないでしょう」

「おおい、ぶっ飛ばすぞ」






 こ、このメイド、アタシとお兄様両方に喧嘩を売りやがって……ただ、アタシは喧嘩を売るようにもう一度お兄様のほおを舐めた。




「こ、この猫、妻であり神でもある私に喧嘩を売っていますよ」

「妻でも神でもないだろ」

「良いんですか! ゼロ様は頬をぺろぺろ、れろれろされても!! 羨ましい!」

「まぁ、猫だしね」




 ……ちょっと待って。アタシ、お兄様の頬を舐めても怒られていない?



 合法的にお兄様とアタシはイチャイチャできている!? 



 小さい時はいくら甘えても、偶然を装って抱っこして貰っても、大丈夫だった。しかし、年が大きくなるにつれて難しくなった。



 普通に恥ずかしいし、お兄様も流石に大人になっているのだからと……



 だけど、これなら、猫ならばほぼ合法的にいける!!




 将来の夢の第二希望は猫になろうと思っていたら、誰かがお兄様の部屋をノックした。



「あーい」



 お兄様が部屋の扉を開けると──




「──お兄様?」





 そう、そこにはアタシの偽者がいたの……ええ?! あ、アタシの偽者!?




「むむ、ゼロ様。この人」

「お兄様、ちょっと話があるんだけど」

「……ふーん、なに?」

「お父様のことなんだけど」




 あ、あれ。あ、アタシの偽者!??




 そう思ったその時、お兄様がアタシの偽者に腹パンをした。




「んで? 誰、お前」

「け、けほ、がほがほっ!!」

「咳き込んでじゃ分からないでしょ。誰?」

「ば、ばかな!? なんて言う速さの拳……お、落ちこぼれという話では……」




 そう言いながらアタシの偽者は泥になり消えてしまった。び、ビックリしたけど、お兄様の頬を合法的に舐められる方がアタシとしては衝撃だった。




「ゼロ様、最近噂の偽物じゃないですか?」

「ふーん、どこで噂なのか知らないけど変なことする奴がいるなぁ」

「あぁ!! その猫、またゼロ様の頬をぺろぺろしてます!!」

「良いだろ、猫に嫉妬するなよ」

「むむむ、これは嫌ですよ!」

「はいはい」




 元に戻らないといけないけど……うんまぁ、ちょっとだけね? ちょっとだけこのままにしておきましょうか

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