異世界門番オーリオ・アイズ

千八軒@瞑想中(´-ω-`)

1.俺の名前はオーリオ・アイズ

 俺の名前はオーリオ・アイズ。城塞都市国家『リンドブルム』の中央大門を守る騎士の一人だ。いわゆる門番である。


 東西交易の中継地でもあるリンドブルムには、毎日多くの人間が集まってくる。善良でもめ事を起こさない人間であればそれでいいが、中には荒くれや悪意を持った人間も多い。そう言った輩を街に入れないのが、門番の仕事だ。


 大切な仕事なのだ。間違っても、


『門番なんて居ても居なくてもいっしょじゃん??』

『お前ら門の前でぼーっと立ってるだけで仕事してるところ見たことない』

『んだよ、給料泥棒じゃねーか。悔しかったら、ちゃんと仕事してるところ見せてみろよ』


 などと暴言を吐かれるような存在ではないのだ。


 働いていないように見えるのならば、それはお前たちが善良な市民であり、街が平和あり、なおかつ混乱の種を事前に排除できている証拠なのだ。


『そんな事言って、サボってるんじゃねーか?』


 ――いいだろう。

 ならば今日は俺の仕事を見せてやろうではないか。


   ◆◆◆


「いいか。カロル。ここから外を監視しているんだ。外で立っている以外にも、門番はこういう場所でも仕事があるのだ」


 俺は狭く小部屋に居た。中央大門ゲート脇の石の壁に半ば埋め込まれたように存在する小部屋である。俺たちの間では『箱』と呼ばれている。


 ここはひどく暗く、いつも肌寒い。中には燭台しょくだいこそあるものの、火が灯される事は基本的になく、部屋の隅まで見渡せない程度の明るさだ。唯一の光といえば、細かな格子縞の木細工がはめ込まれた小さな覗き窓だけである。


 また箱の中には椅子が一つある。そこに座れば、格子縞ののぞき窓がちょうど目の高さに来る。この部屋に配属されたものは、ここから外を見る。つまりこの部屋は監視所なのだ。そして今日の俺の仕事は監視者なのである。


「なぁおい、オッサン、ここ狭すぎだろ。他に部屋は無いのかよ」


 不機嫌そうに呻く声が聞こえた。


「『箱』はここだけだ。狭いのは我慢しろ。元々一人用だからな。お前がどうしてもというから特別に入れてやっている。普段なら民間人はお断りだ」


「それにしたって、膝の上はねーだろうが……」


 と文句を言いながらもぞもぞと動く。すわり心地が悪いのだろう。暗闇の中だから表情が読み取れない。声色から不満を持っているようだが。


「だから言っただろう。カロル。入っても大して面白いものではないと」


 この『箱』は狭い。大人が一人入るだけのスペースしかとられていない。そこに無理やり二人の人間が入れば、このような態勢にならざるを得ないのだ。


「ううー-、この仕事ってどれくらいここに居るんだよ。すぐ済むのか?」

「その日に許可が出た人間の数によるな。今は――」


 俺は除き窓から外を見る。門番の同僚たちが、入門を許された者たちを誘導していた。


「ざっと五十人ほどか。簡単な聞き取りもするからな。数時間かかるだろう」


 俺の胸元で、「ぐええ」と草蛙グラスフロッグを踏み潰したような声がした。


「オッサン、俺やっぱ帰る。今すぐここから出してくれよ」


「駄目だ。監視所に一度入ったら仕事が終わるまで出られない。ここの出入り口は秘密だからな。出入りしているところを見られれば、『箱』の存在がばれる。そういう規則だ」


「はぁ!? そんなとこ、俺なんか入れんなよ!? なぁ、頼むよ。俺なんか邪魔だろ」


「邪魔だ。邪魔ではあるが。――お前はここに入った。ならば終わるまでは出られない。規則だからだ」


「規則規則って、じゃあその間俺はオッサンの膝の上に座ってなきゃいけないのか」


「そうだ。だから最初に言っただろうが。本当についてくるのかと」


「くっ、――こんな感じになるなら、先に教えとけよ馬鹿門番!」


 俺の返答に、カロルがバシバシと胸を叩く。


     ◆◆◆


 近年、周辺都市国家群で戦争が頻発しており、都市リンドブルムにも安全を求め流民が押し寄せた。都市に入りきらない人々によって壁の外には流民街が広がりつつあった。


 人口の流入は都市の成長に欠かせない事だが、流民を流民のまま放置すれば治安の悪化につながる。その為、リンドブルムは流民街を縮小する政策を行っている。彼らを正式なリンドブルム市民とし、城壁内に住まわせるのだ。


 だが、順調とは言い難い。なにせ流民の数が多い。


 住む場所を奪われた彼らは捨て鉢になっているし、都市に入ったところで仕事が無ければ生活していけない。


 さぁ入っていいぞ、あとは勝手にせよ。ではダメなのだ。丁重に迎えて社会的なサポートをせねば無法者になりかねない。


 商工会、工房組合、冒険者ギルド。それらと連携し仕事の斡旋と格安の住居の案内をする。その為に、週に数十人ずつしか受け入れられない。


「なぁ、俺たちも待ってたら、ああやって街の中に入れてもらえるのか?」


 膝の上でカロルがポツリと呟いた。


「ああ。孤児院やその他もあたっている。もう少しの辛抱だ」


 カロルは、流民街で暮らす戦災孤児の一人だ。一か月前、西から流れてきた。


 戦争難民。とりわけ孤児たちはみな疲れと絶望で塗りつぶされた目をしているものだ。家族や友人、故郷を奪われ流浪の身の上になった子供たち。


 カロルものその例にもれず、酷いありさまだった。


 痩せた身体と、ボロボロの服。髪は伸び放題でくすんでいた。さらには焼け出されたのだろう、ところどころ火傷の跡もあった。


『おっさん、俺にもそれもらえるのか? なんでもいい。くれるならくれよ』


 新たに難民集落に加わった人間には、食事が振舞われる。炊き出しを担当する俺のそばにやって来たカロル。


 身体はボロボロなのに、眼だけがギラギラとしていて、生きようとする力に満ちていた。『死んでたまるか』と全身で叫んでいるようだった。


    ◆◆◆


「くそが、どうして俺がこんな目に……」


 への字にひん曲がった口からは馬鹿だとかウスノロだとか、俺への罵声がとめどもなく溢れる。


「俺の仕事が見たいと言ったからだ。どうだ? ちゃんと仕事をしているだろう。毎日ふらふらしているお前とは違うのだ」


「はぁ? 俺だって遊んでねぇし。やることいっぱいあんだよ」


「そうか。――まぁそうだな。遊んでいると言ったことについては撤回しよう」


 子供と言っても、カロルは親無しである。


 現在は孤児たちとグループを作り、お互い助け合い生きているようだ。そんなカロルは正規の仕事がないだけで働いていないなどと言うのは確かに軽率だった。


「そうそう。そうだぞ、へぼ門番。クサクサ門番。脳筋アホ融通利かない門番。だからだな。俺ををとっととここから出して――」


「それは駄目だ。規則だからな」


 俺はカロルを好ましいと思っている。ギラギラとした目が良い。野性的で美しい目だと思った。であるからいいのだ。俺の仕事を見せてやるに値する人間だ。


 不満そうに口を尖らせているカロルを見降ろす。のぞき窓から差し込むスリット状の光に照らされて、色素の薄いブラウンの髪がキラキラと光った。


「カロル、そろそろ無駄口はやめろ。あれをみろ」


 カロルをうながし、のぞき窓から外を見れば、そこを通過していくのは沢山の荷物を持った集団だった。彼らはおそらく商人だ。逃げる際に売りものも持てるだけ持って逃げた――という所だろう。怪しさはないと思われる。だが。


「――怪しいな」


 俺は、使


 目を細め、意識を目に集める。すると鈍い痛みと共に視界が変わる。

 そこは、あらゆるものが青みを帯びた透けたような世界だ。


「ああ、駄目だな。違法なものを持っている」


 それによって、彼らの背負う荷の中が見える。布。いくつかの食物。巻物。束ねられているのは証文の類だろう。箱の中に入っているのは短剣などの武器。だが、その下に見過ごせないものを見た。


 いびつな形のツボだ。厳重に梱包されているが、その禍々しいフォルムは見間違えようもない。俺は『箱』の裏手にある扉をノックし、控えていた同僚に手短に伝えた。


「『邪教の壺』だ。禁忌魔法アイテムが市内に持ち込まれた。すぐに検めてくれ」


 俺の指示を受けた門番が駆けていく。すぐさま商人たちは同僚たちに拘束されるだろう。あの危険な壺を持ち込んだのだ、知らなかったでは済まされない。だが、どうか寛大な処置をと願わざるを得ない。彼らもまた騙されたという可能性があるのだから。


 数分後、同僚から件の壺をたしかに発見したと報告があった。


「――すげぇ。おっさん、それってあれだろ『鑑定眼かんていがん』ってやつだろ? 」


「おっさんじゃない。オーリオだ。これでもまだ若いんだ。そらどんどん来るぞ」


 驚くカロルを膝の上に乗せ、俺は次々と持ち込まれるものを『眼』で検めていった。俺の目からは何人も逃れられない。どんな品物をどんな方法で市内に持ち込まれようと、俺は見逃さない。

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