第10話
『実翔くんへ
突然の手紙にビックリしたかと思います。
実はこれ、君の家から出てからすぐ、私の家に帰ったタイミングで書いています。
あの時は一言もかけずに姿を消してしまって、本当にごめんなさい。その理由も含め、気持ちを告げようと思ったのですが、直接話すと上手くまとまらないだろうと、こうして筆をとっています。紙類とペン類には触れる体で本当に良かった。
家族のいる家に帰ったんだけど、家は家でずっと葬式なようでね。
本当はもっと早く帰るべきで、家族の顔を見ておけと言われると思うんだけれど、それでも大切な人を思い浮かべる時の、最後の記憶になる顔は、笑顔が良かった。だから避けていた。
本当に、生きていた時も死んだ後も我儘で自分が嫌いになりそうです。
家族に会わなかったのは家族の顔を見ると泣きたくなるだろうと自覚していたから。現実を突きつけられて怖かったから。死んでしまった己の不甲斐なさに、罪悪感で気が狂いそうになってしまうかもしれない。
だからこそ、こうして手紙を書いて気を紛らわせている、というのもあったり。
まあその話は置いておいて、本題に入ろうかと思います。
さて、突然姿を消した理由ですが、鋭い実翔くんなら察しているかもしれませんが、真緒くんが私の姿を可視できていると知ったからです。それも、私が君の隣にいた時から。
私はそれが酷く、怖かったのです。
えー、改めて言うと恥ずかしく照れてしまうのですが、私は生前から真緒くんのことが好きでした。
好きだな、と自覚したのは一年生の時。今だから言えるし、もしかしたら君達は怒るかもしれないけれど、一目惚れでした。
一年生の時、幸運にも真緒くんと同じクラスになった私は、実翔くんと接していた時の彼の横顔に一目惚れしたのです。
君達兄弟が他人と一線を引いているのは、一目見た時から察しました。
その当時の私は、きっと双子だから、二人独特の空気感があるのだろうとか、信頼できるから傍に居るのだろうとか、安直な考えの元にいたのです。
君達は自覚無いかもしれないけれど、君達はお互いを見る時、それぞれ独自の目をしていた。
実翔くんはよく真緒くんへ懺悔に似たような、少し苦しそうな瞳をしてお兄さんを見ていたよね。その理由は最後まで分からなかったけど、きっと君のことだから、案外真緒くんが気にしてないようなものを気にしているのだと思います。勝手な憶測ですが。
そして真緒くん。彼の横顔は、いつだって寂しそうなものでした。私達より大人びているように見えて、それでいてどこか幼い子のようにも見える。不思議な人だな、という気持ちから確実な恋に発展していきました。
弟である実翔くんを何より大切に思っているところとか。誰にも分け隔てなく接しているけれど、実は少し辛そうにしていることとか。困った時に眉を下げて笑うところとか。何事にも必死に頑張るところとか。他にも沢山あるの。真緒くんのそういうところが、全部好きなんだと思います。
直接言えよって思いましたよね。けれど、今の私にはその資格がないと思い、こうして君に懺悔させてもらっている。
実翔くん。いつもいつも、こうして私の罪を気にしてくれて、話を聞いてくれて本当にありがとう。勝手な奴でごめん。甘えてごめん。
それでも、碧木くん達は懐に入れた人を大切にする人達だから。私もその懐に入れて貰えたことが、本当に嬉しくて。
けれど、それはたまたま私が君達を個として見ていたからで、雛鳥が初めて見たものを親として愛するように、本当は私じゃなくても、誰でもよかったのかもしれない。
世界は私達が想像しているよりも広くて、沢山の人がいる。きっとこの先、君達を個別視する人は、今までが馬鹿らしくなるほど簡単に現れると思います。けれど今の私達は、高校生という狭い空間の中に閉じ込められていて、そんな中で運良く出会えただけ。
その箱庭のような中で出会った私のような珍しい存在に、興味を示し、親しい感情を抱くのはどれほど容易い?
ごめんなさい、説教とかそうした意味はなかったです。私も、こんなことは考えない方がいいと分かっています。そんなこと気にせず、甘い蜜だけすすって、かこつけて甘えて、笑って楽しく過ごせばよかった。
もしかしたら、君は勘違いしていたかもしれないけど、私はずっとずっと最低な人間だったよ。
ねえ、私が真緒くんと本当は付き合ったりしたかったとか、恋人になってみたかったとか言ったら引く? 恋人として色々なことを経験してみたかったって言ったら、気持ち悪いって思う?
所詮私も、そこら辺の人間と変わらないんだって気づいたら、自分でも自分の想いが気持ち悪くなっちゃった。
それでも、思ったより人間って便利なようで、君達に最後まで隠せてよかったとすら思うんです。
でもね、こうやって言葉にしても、やっぱり願ってしまったりする。
私がこの世から消えたら、どれくらい君達の中に残るんだろうって。それがどうか、少しでも残っていてくれたらうれしいのに。って浅ましく考えてしまう。
なーんて、長くなってきたしそろそろ終わるつもりだったんだけど、もう少しだけ続いちゃいます。まあ蛇足みたいなものなので、読まなくても大丈夫。
ニーチェの話を例えでした時のことを覚えていますか?『怪物と戦う者は、自分もそのため怪物とならないように用心するがよい』という言葉の話です。
やっぱり幽霊という身である私は、この現世では存在してはいけないもの。悪影響を及ぼす可能性のある存在です。地縛霊とかそういった存在は聞いたことありますか? 知っているとしたら、つまるところ、そういうことです。
今は害がないようだけれど、そのうち私は怨霊になる可能性だってある。そうなればもう、私は怪物になってしまう。
そして、そんな私と接していた、未練の対象である、大切な存在な君達はどうなってしまうだろう?
そう考える度に、いつだって怖かった。だけど、私は最後の最後まで諦めきれなかった。これだけで、充分我儘で自分勝手な化け物ですよね。
化け物や幽霊って、その実、ものすごい怖がりな存在ばかりなのかも。
だから、私はすごく感謝しているんです。
生前の時と同じように接してくれた実翔くんと共に最後の時間を過ごせて、君のおかげでクラスの子が私を忘れないでくれて、友達は私のことを覚えつつも前向きに生きようとしてくれて、自宅でこうして手紙を書けて。
そして、好きだった真緒くんの姿を見続けることを許してくれた。
これがどれだけ恵まれていて、幸せなことか伝わってくれると嬉しいです。
人間とは面倒くさい生き物です。それは、君も同じことを思うのではないでしょうか。
だから、これは私個人として最後のお願いです。私のことも、面倒くさい奴だと思ってもらってもかまいません。切り捨ててもかまいません。
もし、もうひと踏ん張り頑張れる勇気があれば、同封させてもらった折り紙を、あの人に渡してくれると嬉しいです。これが、お願いごと。
それだけが、彼を傷つけてしまった私の、最後の弁解になるだろうから。
話が長くなりました。実翔くん。この手紙を見ている時には、君達の兄弟仲が良くなっているかもしれない。というか、そう願っています。
そして、私はもうこの世から消えているかもしれない。
私は、それが実は少し嬉しい。大切な人達を傷つける怪物にならずに済んで、君達の心に残れるのだから。
きっとそれだけが、こうして生きてきた、卑怯な女の、たったひとつの答えだと思うのです。
ここまで読んでくれて、本当にありがとう。お疲れ様。
空閑明衣より。』
そう締められて、その手紙は終わった。実翔の目は開かれていて、手も幽かに震えている。
確かに、実翔の知りたいこと、明衣が目の前から消えてしまった理由等は書かれてあった。彼女の想いも記されていた。
だが、これで彼女との関りは終わりだなんて、あんまりだろう。
事実を述べられて、はいおしまい。
今までの自分達はそんな軽い関係だっただろうか。この悔しい思いをどうすればいいのだ。
くしゃり、と手に力がこもって、手紙に皺が寄った。実翔は、今すぐこの手紙の差出人に、この手紙を突っ返して、どういうつもりだと問い詰めてやりたくて仕方なかった。
急に手紙で素直になって、そして急に姿を消すだなんて、どういうつもりだと。そう問い詰めてやりたい。
けれど、出来ないのだろう。彼女の最後の勇気を無碍にすることを、己には許されていないのだろう。突っ返すのは許されない。
手紙を呆けるように眺めてから、ふと、手紙をシールで留めた場所が、うっすらと紙の繊維が荒れていることに気付く。まるで、一度閉じたものを再度開いて、別のシールを使ったような。
明衣の友人が開いたのか、と思ったが、彼女の友人はそうしたマネをしないだろう。この手紙を渡された時のやり取りを思い出しても、そうした人物には思えなかった。
つまり、明衣が慌てて一度封を開けて、もう一度封を閉じたということになる。
その理由は何だ。
手紙を取り出した封筒の中には、折り紙が一つ入っている。これが、明衣の手紙に記されていた、真緒に渡してほしい折り紙なのだろう。
そして、よく見ると、封筒の奥に、雑に折りたたまれていた四つ折りの小さな紙が入っていることに気付いた。
それを取り出して、ゆっくりと開いてみた。
明衣からの、もう一つの手紙だった。
『追伸
まさか実翔くんから手紙を貰える日が来るとは思っていませんでした。とても嬉しかったです。
勝手に家に上がったのはごめん。本当は最後にもっとちゃんとした手紙を置いていきたかったけど、時間も無いのでこうした形になってしまってごめんなさい。
私が君にお願いをしたのだから、実翔くんのお願いを了承しないわけにはいきませんよね。
君との最後の約束、守らせてください。それが、ずっとお世話になった君へのお礼となると思うから。
それじゃあ今度こそ、ここまで読んでくれてありがとう。
君の友人、空閑明衣より』
実翔は目を開く。
朝、登校する寸前に乱雑に書いた明衣への手紙。読まれないとも思っていた。運に任せる、賭けのようなものだった。
だが、彼女は最後にその手紙を読んだのだ。だから、一度封筒を開き、この手紙を入れて修正した。
目頭が熱くなった気がする。彼女は怪物ではない、なることは一生無いと実翔は断言する。
彼女は最後まで、ただの恋する女の子だったのだ。
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