箱庭〜そのままのあなたで、いいんだよ。〜

タカナシ トーヤ

セッション1 〜出会い〜

春の日差しが眩しい桜舞う日の午後、教室をノックする音がした。


「はーい」

穏やかな笑みをたたえながら、真帆はドアを開けた。

「真司くん、こんにちは。私はこころの教室の先生をしている、白波真帆といいます。どうぞ中に入って、椅子におかけになって。」


真司くんは、俯いたまま動こうとしない。

今、学校は5時間目の真っ最中だ。廊下の奥から、楽しそうな子ども達の声が聞こえる。


この時間に合わせて自宅から連れられて来た真司くんは、母親に背中を押されながら、なにやら小言を言われている。


真帆は、この小学校で週に1回、産休代替のカウンセラーとして勤務している。このカウンセリングルームは、学校では「こころの教室」と呼ばれていて、悩みを持っている児童があらかじめ予約して訪れてくる。


中川真司くん、小学3年生。

3月のはじめ頃から、急に喋らなくなり、家族とも目を合わせなくなったようで、心配した母親から相談を受けた。


真帆は、自分は産休代替で、あと残り1か月、回数で言うと4回しかこの学校に来られないこと、また、カウンセリングが中途半端な状態で交代となってしまうかもしれないことを伝えたが、母親は、それでもいいから、とにかく早く見てやってほしいと懇願した。



ドアの前で突っ立っている真司くんに、真帆は声をかけた。



「真司くん、見て、この窓際から、とても綺麗に校庭の桜の木が見えるのよ。こっちにきて、見てごらんなさい。」


真司くんは、一瞬顔をあげ、またすぐに俯いたが、静かにドアを閉めて教室に入ってきてくれた。


「真司くん、よかったらお茶でもどう?」

さっき作った麦茶をコップにそそぐと、真司くんはゴクゴクと一気に麦茶を飲み干した。


「あら、まだいっぱいあるわよ。」

そういって麦茶を継ぎ足すと、真司くんはまたも麦茶を一気飲みした。

よほど緊張していたんだろうか。


「真司くん、今日これから30分、ここは、あなたの教室よ。ぜひ、作ってほしいものがあるの。」

そういって真帆は砂の入った大きな木箱を持ってきた。

箱の内側は水色に塗られており、その水色が見えなくなるほどに、さらさらとした綺麗な砂で箱の中は満たされていた。


「これはね、箱庭っていうの。この砂の入った箱と、右側の棚にたくさんのミニチュアが並べてあるでしょう。それを、自由に使って、あなたの世界を表現して欲しいの。」


真司くんは棚の方に目をやった。

草や木、動物、山やトンネル、色々な国籍の人や神々のミニチュアが所狭しと並べられている。


棚から目を逸らして下を向く前、真司くんの目が、一瞬輝いたのを、真帆は見逃さなかった。



「どう?楽しそうでしょう。」



「‥‥俺は、もう3年生だ!砂遊びなんかしない。」

眉間に皺を寄せ、そう小さな声で言った真司くんは教室から出て行ってしまった。


「こら!真司!!!」

廊下の外で、母親の怒る声が聞こえてきて、真司くんはすぐに教室に連れ戻された。

「先生、真司が本当に、すみません。ほら、真司も先生に謝りなさい!」

「やだっ!!!!」


真司くんは、ひとりで玄関の方へ走っていってしまった。

「こら!待ちなさい!!あっ、先生ほんとに真司がご迷惑おかけして申し訳ない。またご連絡します。すみません。」

母親はぺこぺこと頭を下げた。



「中川さん、いいんですよ。真司くん、さっき自分の想いを言葉にできましたよね、きっとまた、遊びに来てくれます。真司くんが来たいって言ったら、またぜひいらしてください。」



「そんなんでいいんですか、ほんとなんか、すみません。。。あっ、こら!真司!1人で行くんでない!!」

母親は慌てて真司を追いかけた。




真司くんは、きっとまた来てくれる。


真帆は箱庭の砂を手に取り、パラパラと砂の上に落としながら、残りの1ヶ月で、真司くんを笑顔にしてみせると心に誓った。


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