第22話 一人っ子政策が残した不幸と幸福。

 それから職安に連絡し「来月1日からボルゾンナ遺跡の調査に行く為、調査が終わるまでは仕事が出来ないので緊急の依頼を受けたい」と連絡すると、直ぐに連絡をくれた。

 一つは『魔素詰まりと魔素循環を見て欲しい』と言う依頼で、カーネル爺さんからの依頼だった。

 カーネル爺さんは鶏を売ってくれた人で、妻人形と介助人形の二つを見て欲しいと言う依頼だった。


 この国では人形と人間が結婚する事は、書類が面倒だが認められている。

 余り多くはないが女性でも人形と結婚する者も少なくはない。

 ハルバルディス王国では多くなりすぎた人間を少しでも減らすためにそういう政策を立てているのだ。

 無論妻となった人形や夫となった人形を人形師に返すことも無い。

 20年ごとに新しいパートナーの身体を作り替え、魂の抜けた亡骸は家に飾ると言う風習もある。

 悪趣味と思われそうだが、それが人形と結婚した人間の一つの特権でもあった。



「取り敢えずは一つ目から行きましょう」



 そう言ってマリシアを連れてカーネルお爺さんの家に向かう。

 鶏舎は町の離れにある為、一日二か所は辛いと判断したのだ。

 家に到着し、ノックをする事三回。介助人形がドアを開けた。



「人形の魔素詰まりと魔素循環の依頼を受けたトーマです。カーネル爺さんはいますか?」

「しばらくおまちください」



 そう言うと奥に戻って行った介護人形に俺達が数分待っていると、入っていいとの事で部屋に入らせて貰う。

 介助人形に案内されるがまま鶏舎に向かうと、老いた人形とカーネル爺さんが鶏から卵を取っていた。



「おお、来てくれたか」

「お久し振りですカーネル爺さん」

「すまんな、急ぎで妻のエリーゼと介助人形のエリーナをみてくれ」

「分かりました。まずはエリーゼさんから見ましょう。椅子はありますか?」

「そこの椅子でも使ってくれ」



 そう言われエリーゼと呼ばれた老婆の人形にこちらに座るように言うと、ニコニコしながら座りハッチの部分に手を当てて魔素詰まりがないか、魔素の循環が上手くいっているかをチェックする。

 魔素詰まりは小さいものが二つあったので取り除き、魔素の循環も整えると「魔素の残量も申し分ないですね」と伝えて次はエリーナさんをみていく。

 介助人形のエリーナさんは魔素詰まりはないものの、魔素の循環が上手くいってなかったようで、そこを整えてやると機械音がスムーズになり動きだした。



「二人共そう酷い症状はありませんでしたよ」

「そいつは良かった。腕のいい人を探しててね。まさか君が来るとは思わなかったよ」

「ははは」

「まぁあの爺様婆様の孫ならさもありなん。卵貰ってくか?」

「ありがとうございます」

「俺も妻を貰いたかったがこの見た目だと来てがなくてな。そういう奴は多いんだ」

「見た目ですか?」

「そ、女だって見目の良い奴と結婚したいだろうよ。だが俺は生憎そういうのが無かったから、人形を嫁さんにしたんだ」



 そう語るカーネル爺さんは見た目こそ強面だが優しい人だ。

 そこを理解する女性はいなかったのだろう……。



「どこもかしこも女不足だ。跡取りなら男がいいってんで俺たちの世代までは女よりも男が優先された。結果、結婚出来ない男が増えたって訳だ」

「なるほど」

「心配せずとも徐々に人間なんて減って衰退していくってのに、何時まで一人っ子政策を進めるつもりかねぇ」

「どこまででしょうねぇ。小さい町や村では随分と人口は減ったと思いますが、王都はそうではないのでしょう」

「王都ねぇ……王都の人間は町や村育ちを直ぐに奴隷のように扱う。ああいう所では生活なんてしたくもないねぇ」

「なるほど」



 王都ではそういう部分もあるのか。気を付けましょう。

 そんな事を胸に刻みつつも、人形二人は頭を下げてから作業に戻って行った。

 定期的にメンテナンスもされているようだし安心ですね。

 人形の妻や夫を貰った人は、その人形をとても大事にすると聞きます。

 こういうのを見るとホッとしますね。



「では仕事は以上ですので」

「あいよ、ありがとよ。また機会があれば頼むわ」

「ご利用ありがとうご居ました」



 そう言うと山盛りの卵をアイテムボックスに入れ込み家の外に出る。

 ここからまた歩いて帰るのが大変だけれど、たまには考え事をしながら帰るのもいいでしょう。

 王都の事は良く分かりませんが、一人っ子政策で女性が少なく結婚出来ない男性がとても多いのは問題視されていました。

 そのお陰で女性が生まれて大事にするようになったのですが、それまでは色々と大変だったと祖父母も話していましたね。

 女性を巡っての奪い合いも苛烈だったと聞いていますし、祖母は豪快な性格なので男が寄り付かず、反対に祖父にのめり込んだとも聞いています。



『全く、この人はアタシがいないと何時か死んでたね』

『それは言いすぎですよ』



 そう語っていた祖父母。

 俺はいい意味でも悪い意味でも二人に似たんでしょう。

 そんな事を思いつつ色々買い物をしてシャーロック町にある家から我が家へと戻ると、荷物を冷蔵庫に入れつつ残り時間をどう過ごそうかと思いながら他の緊急案件を見ていると、ドアをノックする音が聞こえてマリシアが出ると――。



「毎度すまない。トーマはいるか」

「いますが暫く忙しいと伝えた筈ですよ」

「うむ、そうなのだがやはり気になってな」

「モリシュはどうしたんです」

「モリシュなら買い出しだ。それより聞きたい事がある。この町でもそうだが人間の数が少なくないか?」

「村はもっと悲惨ですよ。一人っ子政策で男児を優先した時代があったでしょう?」

「ああ」

「その弊害が今出ているんです。結婚出来ない男性は人形を娶り、祖父母世代や両親世代の男性は今後一気に減るでしょうね。そうなった時も一人っ子政策をしていれば、消える村、消える町があっても可笑しくはないでしょう」

「やはりそうか。王都でもその話題は出た事があるのだが、皆余り危機感を持っていなかった。人口衰退期が来たら古代文明の時の様な高度な専用人形を作れないと、とてもじゃないが生活は出来まい。もうその入り口に立っているのだと感じたぞ」

「それを幾ら苦言した所で、事が起こらねば動かないのが上でしょう? そして慌てて政策を練ってどや顔するのが上の仕事でしょう?」

「君は中々に辛辣だが、確かにその通りだ」

「下々の声なんて上が聞く筈がない。そういう時代が延々と続いていたからこそ王都に行きたがる町の人間も村の人間もいない。だから王都は王都で成り立ってしまっている。違いますか?」

「……」



 そう伝えると流石に言葉が無かったのかモリミアは黙り込んでしまった。

 その様子に溜息を吐きつつ先に紅茶を出すと、夜に茶菓子用に作っておいたクッキーを出してお茶請けとする。



「美味いな。マリシアが作ったのか?」

「私は菓子なんて繊細なもん作れないよ」

「すみませんね、男の俺が作った料理で」

「君は何でもできるんだな」

「妻も不器用な人なので料理関係が駄目でしてね。一緒にいない時はお弁当も作ってますよ」

「ほお……」

「今国が人形師を管理して、量産型の人形を作り社会を回しているでしょうが、それはいずれ限界が来ます。介護、介助人形の多さがそれを物語っている」

「確かにそうだな。人口減少の前触れだとも言われている」

「俺が上の人間なら、まず一人っ子政策を取りやめにして次の世代に繋ぐ為に子供を増やす方向で動きますがね。もしくは農村地区では子供を増やす特例をだすとか。子供一人でアレコレしようとすれば食料事情にも大きく関わってくる」

「確かに……」

「もし仮に、各地の領主がそれを訴えても動かない国王がいるとしたら、この国はお終いですね」

「流石にその言い方は侮辱罪になるぞ」

「皆口にしてますよ? 国王は阿保なのかとか、現実が見えてない夢美ちゃんとか」

「むう」

「町でコレですから、村では相当罵倒されてるでしょうね」



 そう言えばモリミアは眉を寄せて溜息を吐き、「確かにそう言われても仕方ないか」と呟いた。

 そして父親から「ローダン侯爵家が苦言をしているのは人形の事だけではなく人間の事もあったから確認してこい」と言われてきたのだと教えてくれた。

 まさかそう言われていたとは知らずズバズバと言ってしまいましたが、まぁ事実ですし問題はないでしょう。



「ハルバルディス王国が抱える問題は根深いのだな」

「貴族のガチガチの頭が問題なだけであって、周囲の村や町の方が柔軟ですよ」

「むう」

「国のトップが国民の首を絞めて殺している。そう取られても仕方ないですね。何れそのまま言った通りの事が起きますよ」

「君はどうする」

「どうもしません。いざと言う時はこの国を捨てるだけです」

「捨て……」

「国は此処だけではありませんからね」



 そうサラッと言うとショックを受けた顔をしたモリミアだったが、暫くしてフルフルと頭を振ると「少々やるべき事が出来たので失礼する」と言って帰って行った。

 一体何がしたかったんでしょうねぇ。



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