第301話 チャンス

◇シアナside◇

 ────数分前。

 シアナは、万が一にもルクスの身に危険が迫っていると思ったら居ても立っても居られず。

 ルクスのことを、屋敷中探し回っていた、が。

 ルクスの姿は、屋敷内のどこにも無かった。


「ということは……ルクスくんが、私に黙って外出をしたというの?」


 そう呟いたシアナだったが、すぐにその発言を自らの思考で否定する。

 ルクスが、シアナに黙って出かけて無用にシアナに心配をかけるようなことをするはずが無い。

 となると。


「……誰かによって、攫われた?」


 ずっと、頭の片隅にあった考えを思わず呟いてしまう。

 この屋敷に潜入し、腕利きであるルクスのことを攫うことの出来る者が居るとすれば。

 その人物も相当腕利きであることは間違いないが、つい先程までシアナとバイオレットは二人で話をしていたためその可能性もゼロではない。


「いえ、落ち着きなさい……まだ、ルクスくんが庭に居るという可能性もあるわ」


 そう考えたシアナは、最後の希望に縋り付くように自らの足を屋敷の外にある庭へと運ぶ。

 ここにもルクスが居なかったら、本当に────と考えかけた時。


「っ……!」


 シアナは、屋敷にある椅子に座っているルクスの背中を発見する。

 その瞬間、早まっていた心臓の鼓動を整え、自らの胸を撫で下ろす。

 ────勉強とか何かの合間に、庭に出ていただけだったのね……いつもだったらもう少し遅い時間に休憩していたと思うけれど、今日は昨日のこともあって集中が続かなかったのかしら。


「バイオレットにも度々言われるけれど、ルクスくんのことになると考えが甘くなるのは私の悪い癖ね」


 そう呟きながらも、何はともあれルクスの無事を確認できて安心したシアナは。

 ルクスに話しかけに行こうと足を進めた、ところで。


「っ!?」


 つい先程までは死角となっていて見えなかった、ルクスの対面にある椅子に。

 シアナの姉でもある、エリザリーナの姿を発見する。


「どうして、エリザリーナ姉様がここに……?」


 シアナが、まさか昨日に続いて今日もエリザリーナがルクスに接触してくるとは考えても居なかったため。

 驚いてその場に立ち尽くしていると、二人の話し声が耳に入ってきた。


「え!?そ────」

「私のこと可愛いと思うか、可愛いと思わないかの二択で答えて!」

「っ……!」


 そのエリザリーナの発言を聞いたシアナは、見開いた目を瞬時に虚ろにする。


「ルクスくんに、何を……」


 シアナがそう呟いた直後。


「僕は……エリザリーナ様のことを、可愛────」


 ルクスは、エリザリーナに問われたことを答えようと口を開いていた、が。

 シアナは、ルクスがそれを言い切るよりも早く。

 地を蹴って、ルクスの隣に移動する。


「っ!?」


 ルクスがそんなシアナに驚いた反応を見せたのを横目に、シアナはエリザリーナに向けて暗い声色で言った。


「どなたか存じ上げませんが、ご主人様に何を仰らせようとしているのですか?」


 もし、メイドであるシアナが第二王女に対してこのようなことを言ったとなれば大問題になるところ。

 だが、シアナとしてはエリザリーナと初対面であるため、今ならルクスの目の前でも思っていることをそのままぶつけることができ。

 実際、エリザリーナはシアナ相手にこんなことを問題にはしない可能性の方が高く。

 問題にされたとしても、その程度の問題であれば第三王女であるシアナに対処できないわけがないため何も問題は無い。

 それらのことから、チャンスだと思い。

 第二王女であるエリザリーナを相手に、メイドの身でありながら思いのままを放ったシアナの発言を聞いて、最初に反応したのはエリザリーナ。

 ではなく、ルクスだった。


「シ、シアナ!その人は────」


 ルクスは、当然エリザリーナが第二王女だと知っているため、すぐに自らのメイドであるシアナのことを制止しようとする。

 が、そんなルクスのことを、エリザリーナは手のひらを押し出す形で制止してシアナに向けて言った。


「何って、ルクスに私が可愛いかどうかを聞いてたんだよ」

「ご主人様は、誰彼構わず可愛いなどという言葉を口にしたりはしません」

「もちろんそうだけど、だからこそ私に可愛いって言ってくれるんだよ」

「いいえ、ご主人様はあなたのことを可愛いなどとは仰りません」

「え……えっと、二人とも、少し落ち着い────」

「じゃあ、どっちの方が可愛いか、ルクスに聞いてみる?」

「……え?」

「それで構いません」

「え!?」


 シアナとエリザリーナは、一斉に今の話の流れに驚きの声を上げたルクスの方を向いて。

 同時に口を開いて言った。


「ご主人様、私とこの方、どちらの方が可愛いと感じられますか!?」

「ルクス!このメイドちゃんと私、どっちの方が可愛いと思う!?」

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