第82話 突然

◇エリザリーナside◇

「エリザリーナ様!この間は我が家の問題を解決してくださりありがとうございました!」

「あのぐらい気にしなくていいよ」

「エリザリーナ様!他貴族との交渉を進める助力をしてくださりありがとうございました!」

「それも簡単だったから気にしなくていいよ」


 エリザリーナに感謝の声が次々と注がれる。

 今までのエリザリーナであれば、この感謝の声というのも自らの仕事のやりがいというものの一つであり、今もそれがやりがいの一つになっていることは間違いない────が、それ以上に今はルクスのことしか頭に無く、できることなら今すぐにでもルクスの元へ行きたかった。

 そして────十分ほど経過すると、ようやくエリザリーナへの感謝の声が鳴り止み、エリザリーナは一度その場を離れてルクスのことを探すことにした。


「どこに居るのかな〜」


 エリザリーナは、たくさんの人の中からルクスのことだけを探し歩き回った────が、ルクスの姿が見当たらない。


「……」


 ────ルクスと会えないかもしれないという考えが、エリザリーナに焦燥感を感じさせた。

 焦燥感など感じたことのないエリザリーナが焦燥感を感じるほどに、エリザリーナにとってルクスは、必要不可欠な存在となっている。

 その後、エリザリーナは第三者から見て不自然にならないように見せながらルクスのことを探すことにした。



◇バイオレットside◇

 とても質が良く、色合いも綺麗で少し胸元が開けているドレスに、程良く香る程度にかかっている香水。

 ドレスとは、バイオレットにとって王族や貴族、もしくは綺麗な女性が着るイメージだった。

 自らのことを綺麗だと思ったことがない、さらに言えば自らのことを女性だという意識もほとんどしたことが無かったバイオレットは、今までにドレスを着たことがなかったため、今日このドレスを着る時も、少し不安だった。

 このドレスは本当に自分のような存在が着ても良いものなのか、自分の仕えるフェリシアーナのような華やかさや女性らしさも無い自分が着ても良いものなのか……だが、そんなバイオレットのドレス姿のことを、ルクスは────


「とっても綺麗です!」


 と言ってくれた……嘘偽りの無い、とても真っ直ぐな瞳で。

 ────ロッドエル様……あなたはどこまでも、私の暗き心を照らしてくださいます……ほんの少し過ごせれば幸せだと考えていましたが、私はどうやらあなたに求められたいと思ってしまっているようです────あなたに求められたいと思ってしまうこの気持ちは、いけないものなのでしょうか?

 バイオレットは、ルクスと話しながらも頭の片隅でそんなことを考えていた。



◇ルクスside◇

「────バイオレットさんの淹れて下さった紅茶は本当に美味しいですね」

「お褒めいただき光栄です、ロッドエル様」


 話し始めた最初の方に、バイオレットさんが紅茶を淹れてくれて、二人でその紅茶を楽しみながらしばらくの間話していたけど、やっぱりバイオレットさんの淹れてくれた紅茶は本当に美味しい。


「シアナやフローレンスさんの紅茶も本当にとても美味しいですけど……僕、バイオレットさんの淹れて下さった紅茶が一番好きです!」

「っ……!」


 僕がそう伝えると、バイオレットさんは手に持っていたティーカップを少し揺らして驚いた様子だった。

 そして、そのティーカップをテーブルに置くと僕に聞いてきた。


「す、すみません、ロッドエル様……もう一度お聞きしてもよろしいですか?」

「バイオレットさんの淹れて下さった紅茶が一番好きです!」


 僕が再度そう伝えると、バイオレットさんはティーカップを持ち直し、紅茶を喉に通してから呟き始めた。


「わ、私が、ではなく、私の紅茶が、ということですよね……ですが、私の名前が含まれた一文に好き、などと含まれていては……」

「……バイオレットさん?」


 バイオレットさんが小さな声で呟いていたので、様子を確認するべくバイオレットさんの名前を呼ぶと、バイオレットさんは珍しく少しだけ慌てた様子で言った。


「も、申し訳ありません、なんでもございませんのでどうかお気になさらないでください、私はただ自らのことを恥じるばかりです……」


 一体どうしてバイオレットさんが自らのことを恥じるのかはわからないけど、バイオレットさんの様子を見るにこれ以上このことについて言及するのはあまり良くなさそうだ。

 僕がそう思っていると、バイオレットさんが落ち着いた様子で言った。


「……ロッドエル様は、どなたかのことを異性として想われたことはあるのですか?」

「え、え!?」


 い、異性として想うって……女性として好きになるってこと、かな。


「ぼ、僕はまだそういったことは無いです……!」


 僕が、少し照れながらそう答えると、バイオレットさんが少し間を空けてから口を開いた。


「……では、もし────」


 そして、口を開いた直後、その言葉の続きを言うのをやめた────かと思うと、バイオレットさんは僕の後ろに回って来て、そのとても良い香水の匂いが香ってくると同時に僕に言った。


「ロッドエル様、私がここに居たことはどうかご内密に」

「え……?」


 そう言われた僕が後ろを振り返ると……そこには、もうバイオレットさんの姿は無かった。

 ど、どうなってるんだろう……というか、ご内密にってどういう────僕が色々と疑問を感じていると、突然ドアが開かれた。


「……え?」


 困惑が止まらない僕が、思わずそのドアの方に目を向けると────そのドアの先から、明るいピンク色の髪を二つ括りにした赤のドレスを来た綺麗な人物、エリザリーナ様が姿を見せた。

 ……僕は、何がどうなっているのかわからず、その刹那の間思考を完全に停止させた。

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