第44話 心情
◇ルクスside◇
フェリシアーナ様の王城で行く日の当日になると、僕は朝から馬車に乗って王城へと向かっていた。
今日は、シアナに用事があるということで朝は珍しくシアナの見送りが無かったけど、シアナとは昨日の夜たくさん話したから寂しさは無い。
それに、昨日シアナとたくさん話したことによって今日王城に行くことに対する緊張感とかもほとんど無くなっていて、今は王城でフェリシアーナ様と過ごすことがとても楽しみだった。
王城に行くとなったら、仮に自分じゃない身近な人だったとしても普通は少し緊張感を感じそうなものだけど、シアナは僕が王城に行くと言っても全く緊張するところを見せないから、そんなシアナと過ごしていると緊張感も無くなるのかな。
そんなことを思いながら馬車で王城に向かっていると────数十分後、馬車は王城前に到着したので、僕は馬車から降りる。
「こ、ここが王城……」
何階あるのかわからないほどに高く、窓の数も数えきれないほどで、塔のような形になっているところもいくつかある。
遠くからは何度も見たことがあるけど、実際にこんなにも近くで、それも王城に招かれる形で見ることになるなんて、少し前までは思いもしなかった。
「い、今から、僕がここに……」
完全に場違い────だと思って萎縮してしまいそうになった僕だったけど、首を横に振って強く思う。
シアナの主人として、僕はそう簡単に情けないことを考えたらいけないんだ……!
そうだ……そして────
「シアナだけじゃなくて、フェリシアーナ様も僕のことを素晴らしい領主になるって仰って下さった……!」
フローレンスさんも、婚約の話はまだ僕には早いから置いておくとしても、僕が将来良い当主になりそうだと言ってくれた!
その人たちの期待に応えるためにも、情けなく俯いたりせずに堂々としよう!
そう決めた僕は、さっきよりも顔を上げて足を進めた。
そして、王城の門の前に到着すると、その人は話しかけてきた。
「ルクスくん、よく来てくれたわね」
「フェリシアーナ様!おはようございます!」
そう言いながら、僕は一度頭を下げる。
「おはよう、ルクスくん……それから、頭なんて下げなくて良いのよ?私は今王女としてルクスくんと関わっているのではなくて、あくまでも個人的に関わっているだけなのだから」
「す、すみません」
つい頭を下げてしまったことに謝りながら、僕は顔を上げる。
すると、フェリシアーナ様は言った。
「バイオレット、挨拶しなさい」
そう言うと、フェリシアーナ様の隣に居る黒のメイド服を着た紫髪のバイオレットさんが僕に頭を下げて言った。
「こんにちは、ロッドエル様!本日ロッドエル様とお会いできることを、とても楽しみにしていました!」
「僕もです!バイオレットさん!」
僕がそう返事をすると、バイオレットさんは顔を上げて僕と目を合わせた。
「……」
……どうしてだろう。
バイオレットさんはとても明るい雰囲気だけど……僕のことを見る目が、なんだか苦しそうな────
「それじゃあルクスくん、客室に案内するわね」
「は、はい!」
バイオレットさんの様子は気になったけど、体調不良という様子でも無いみたいだったから、今はとりあえず気にしないことにして僕たちは三人で一緒に王城の中へと入った。
王城に入ると、すぐにエントランスがあって、その真ん中には二階に続くと思われる階段と左右に続く赤いカーペットを敷かれた廊下があった。
「このまま階段を登って三階まで行くわ」
どうやら、客室というのは三階にあるようで、僕たちはそのまま階段で三階まで登り、客室へ向かうこととなった。
◇バイオレットside◇
階段を登っている最中、バイオレットは考え事をしていた。
────ロッドエル様のあの綺麗で明るく純粋な目で見つめられると、まるで自分の暗さが浮き彫りになるようですね……ロッドエル様の前では、例え任務だとしても自分のことを偽ることがとても苦しく感じてしまいます。
今までバイオレットは、容易か容易で無いかなどの基準で与えられた任務を判別したことはあったが、苦しいか苦しく無いかということを感じるのは、これが初めてのことだった。
────ロッドエル様からお洋服の嗜好を聞き出す……今まで、お嬢様には数々の命を与えられ、それらを全て完遂してきましたが、今回の任務は本当に私に可能なのでしょうか?ロッドエル様の前で、本当の自分とは真反対の人格を演じ続ける……そのような苦しいこと、本当に私に可能なのでしょうか、お嬢様……
そんなことを考えながら二階から三階へと続く階段を登っている途中────バイオレットは、階段を踏み外してしまった。
「っ……!」
階段を踏み外したことによりバランスが崩れるが、バイオレットならここからその崩れたバランスを利用して体を捻り、綺麗に着地することが可能……だが。
────このような、醜態を……いけません、任務に集中しなくては。
バイオレットは、集中が途切れてしまっていたことを瞬時に反省し、体を捻ろうとした────その時、ある声が聞こえてきた。
「バイオレットさん!!」
それは、バイオレットの前を歩いていたルクスの声で、ルクスは咄嗟にバイオレットの腕を取って、背中に手を回すことでバイオレットがバランスを崩すのを防いだ。
「大丈夫ですか!?バイオレットさん!」
慌てた表情で、ルクスはバイオレットにそう呼びかける。
ルクスに腕を取られ、背中に手を回され、とても至近距離で心配をされる……全ての能力が優秀なバイオレットだが、特に身体能力はずば抜けて良かったので、このような心配をされたことは今までの人生で無かった────そして、ルクスの真っ直ぐな瞳がバイオレットを見ている。
「……どうして、そのようにご心配なされているのですか?仮にここから落ちてしまったとしても、それは三階に登っている途中のこの高さから二階に落ちてしまうだけであり、大した怪我にはならないと思われます」
もはや偽ることを忘れて咄嗟に出た疑問をルクスにぶつけたバイオレットだったが、ルクスは大きな声で言った。
「何言ってるんですか!例えどんなに軽いものだったとしてもバイオレットさんに怪我なんて負ってほしく無いからに決まってるからじゃ無いですか!」
「っ……!?」
バイオレットは、今まで向けられたことのない感情を向けられ、困惑、混乱、驚愕、とにかく現状に頭が追いつかなかった。
そして、バイオレットは咄嗟に顔を俯けた。
「……バイオレットさん?」
その突然のバイオレットの行動に疑問を感じたルクスだったが、バイオレットは小さな声で言った。
「ロッドエル様……そろそろ、客室へ向かいましょう」
「あぁ……そうですね」
バイオレットにそう言われて頷いたルクスは、バイオレットのことを離した。
そして、一連のやり取りを静かに見ていたシアナが言う。
「もう大丈夫なのかしら?」
シアナにそう聞かれ、ルクスとバイオレットは返事をする。
「はい、大丈夫です!」
「……問題、ありません」
それを聞いたシアナは、顔を前に向けて言った。
「それなら、改めて客室へ向かいましょうか」
そして、三人は再度客室へと足を進め始めた。
その時には普段通りの顔色になっていたバイオレットだったが────先ほど顔を俯けた時は、少しだけ頬を赤く染めていた。
「私……私は……」
バイオレットは自分の心情を理解することができなかったが、さっきと同じことを繰り返すわけにもいかないため、今は任務に意識を戻し、二人と一緒に客室の中へと入って行った。
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